紗良の選択
高三
夏休みの、蒸し暑い夜。
地元の小さなカラオケボックスに、
航たち中学吹奏楽部の仲間が集まった。
「あー懐かしいな、この部屋!」
「まだ変わってないんだな!」
はしゃぎながら、順番にマイクを回していく。
部屋の隅には、久しぶりに帰省してきた紗良もいた。
──都会の吹奏楽強豪校に進学した紗良。
航は、どこか期待する気持ちで彼女を見ていた。
きっと今でも、すごい奏者になってるんだろうな、と。
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「なあ、せっかくだから、近況報告しようぜ。」
誰かの言葉に、皆が笑いながらうなずいた。
順番に話していく中で、
最後に視線が集まったのは、紗良だった。
彼女は少し笑って、
けれど目元には微かな影を落としながら口を開いた。
「……私さ、音楽コース、やめたんだ。」
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一瞬、空気が凍った。
「え?」
誰かが小さな声を漏らす。
航も、息を飲んだ。
「うん、本当。
高2の冬に、普通科に変わったの。」
紗良は、静かに、淡々と語り始めた。
都会の強豪校に進学した時、
胸いっぱいの期待を抱いていたこと。
だけど、
現実は甘くなかった。
「小学校の時から、プロ目指して英才教育受けてきた子たちばかりだった。」
「……最初は、私も負けたくなくて必死に練習した。
でもね……何回吹いても、何千回やっても、追いつけなかった。結局3年間1回もオーディションに受かったことない…」
「気づいたら、楽器を触るのも、怖くなってた。」
声が、少しだけ震えた。
「紗良なら、どこへ行っても通用するよ」
そう言われて、彼女は吹奏楽の名門校への進学を決めた。全国大会の常連校で、プロの演奏家を輩出している憧れの舞台。そこで演奏できる——そう思うだけで、胸が高鳴った。
しかし、彼女は甘くみていた。よくあることだった。地方でトップでも上には上がいることは。たしかに入学はできた。しかし、そこからは別の世界が待っていた。そこで待ってたのは、ただの「努力すればかなうという世界」ではなく、努力しても実力が伴わなければという、実力主義の世界であることを——。
入学直後、新入生の実力を測るオーディションが行われた。




