音楽室での出会い(綾瀬琴音)
トイレを探しに、音楽室を後にした航だったが、
ふと、耳に違和感を覚えた。
誰もいないはずの音楽室から、ホルンの音が響いている。
それは、航がさっきまで吹いていた曲ではなかった。
聴いたことのない旋律。
それでいて、胸の奥に優しくしみ込む、不思議な音色。
(誰かいる……?)
航は戸惑いながらも、静かにドアに近づいた。
引き寄せられるように、そっと開ける。
そこには、一人の少女がいた。
小柄で、栗色の髪を揺らしながら、
夢中でホルンを吹いている。
(……すごい音だ。)
航は立ち尽くした。
ただ、少女の奏でる旋律に引き込まれていた。
だが、ふと現実に戻り、目を凝らして見た瞬間、
航は驚いた。
(あれ……俺のホルンだ!)
少女が抱えているのは、航がさっきまで吹いていた大切なホルンだった。
「おい、それ俺のだろ!返せよ!」
思わず声を荒げる。
少女はピタリと音を止めた。
驚いたように航を見つめる。
しかし、次の瞬間――
「いやだ! これはママだから!!」
少女はホルンをぎゅうっと抱きしめ、航から離れようとした。
「は? 返せって! 俺のだって!」
「ママだから、だめえぇ!!」
必死でホルンを抱きしめる少女。
それを取り返そうとする航。
二人の間でホルンが左右に揺れる。
「うわっ、やめろってば!」
「ママぁぁぁぁ!!」
音楽室に二人の声が響き渡った。
その大騒ぎに、廊下を通りかかった先生が驚いて飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと、何してるの二人とも!?」
先生はすぐに少女――綾瀬琴音を抱きとめ、落ち着かせようとした。
「ごめんね、航くん。琴音ちゃんはこの学校の特別支援学級の生徒なの。悪気はないのよ。」
琴音は先生に抱きしめられながらも、
まだ航を見て「ママなのに」と小さく呟いていた。
航は、ただ呆然とその光景を見つめていた。
怒りや困惑、そして――
言葉にできない、不思議な感情が胸の中に渦巻いていた。
だが一つだけ、航ははっきりとわかっていた。
この少女が、あれほど美しい音を、確かにこの音楽室で奏でていたことを。




