傷だらけの先輩
大会が終わり、
吹奏楽部の空気は、微妙に変わり始めていた。
そして、ある日。あの事件は起こった。
──遥先輩の、あの日のことだ。
その日の朝。
教室に入ってきた遥先輩を、クラス全員が息を呑んで見たという。
この状態で通学してきた…
目の周りは大きく腫れ、
唇の端から血が滲んでいた。
痛々しい、見るからに異常な顔。
なのに、
遥先輩は何事もなかったかのように机に向かい、静かに座った。
クラスメイトたちは、
ただ沈黙するしかなかった。
その空気を切り裂くように、
教室のドアが勢いよく開いた。
──幼馴染だった野球部の男子だ。
彼は迷うことなく、遥先輩に近づいた。
「……なんでだよ。誰にやられた!」
低い声。
だが、怒りに震えていた。
「なんで何も言わないんだよ、遥!」
遥先輩は無言だった。
目を伏せ、ただ机を見つめていた。
「言えよ! 俺にだけは言っていいだろ!」
野球部の彼は、さらに詰め寄った。
座っている遥先輩の前に立ち、机に拳を叩きつける。
「逃げるなよ! ちゃんと話せよ!」
「今朝またケンカした…じいちゃんと…」
腫れ上がった口でなんとか話したせいで、遥先輩の顔が小さく歪んだ。
痛みが走ったのだろう。
切れた唇から、また赤い血がにじんだ。
クラス中が、ただ静まり返った。
「……放っといてよ。」
遥先輩が、かすれた声で言った。
その瞬間、
放送が流れた。
『3年C組、遠山遥さん。保健室まで来てください。』
幼馴染の男子は、
何か言いかけたが、ぐっと拳を握りしめて飲み込んだ。
そして、悔しげに──
遥先輩の机を、思い切り蹴飛ばして去った。
ガタリ、と机が揺れた。
遥先輩は、
顔を伏せたまま、しばらく
そのまま動かなかった。
小さく震える肩だけが、誰の目にも痛々しかったという。




