進路と音楽の狭間
春の終わり。
桜の花びらが、まだ校庭の隅にうっすらと残っているころだった。
佐々木航は、橋から、
ぼんやり川を見下ろしていた。
川面に反射する光が眩しくて向こうの橋や浮島のように堤防に囲まれた神社は影のようにしか見えていなかった。当然もっと先なんて全然見えない。
その神社は約四百年ぐらいそこにどっしりとしたまま。河川改修工事でもその位置に歴史的価値があるとかで結局周りを堤防で囲んで川の中に建っている。周りがどう変わろうと。
小さな地方都市。中学3年
進路のことが、心に重くのしかかっていた。
吹奏楽部では、航だけではなかった。
三年生になった仲間たちは、誰もがそれぞれの進路に悩んでいた。---
「俺さ、やっぱり音楽やめるわ。」
橋から向こうをみていたトランペット担当の親友が、ふと漏らした。
「やりたい気持ちはあるんだけどな。
でも、ここじゃ続けたても先が見えないしなあ…趣味程度にはつづけるけど…。」
苦笑しながら言う彼の顔を、航はまともに見られなかった。
高校に進学しても学校間でもいろんな差がある。
吹奏楽の環境の良し悪しが歴然とあるのは仕方のないことだった
おまけに自分の学力という問題も絡んでくる…
比較的環境の整った学校でもそこに行ける学力がなければどうにもならない。
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「私、強豪校受ける!」
勢いよくそう宣言したのは、クラリネットの女子だった。
彼女は都会の強豪吹奏楽高校を受験するという。
だが、成績はそこまで伴っていなかった。
「……受かるといいな。」
航が声をかけると、
「奇跡でも起こらなきゃね!」と笑っていた。
その笑顔の裏に、焦りと不安がにじんでいた。--
「都会はすごいよなぁ。有名な強豪校たくさんあるからなあ…オーケストラまであるからなあ…
音楽専門のコースもあって、楽器も新品で揃っててたりさ。
ここじゃ、学校の楽器もなかなか新品とはいかないしなあ…」
サックスの男子が、低い音を出しながらやってきた新幹線を眺めながらポツリと言った。きっと新幹線の行き先が東京だからなのか。
地方と都会の環境の差。
小さな町の学校では、予算も指導も限界があった。
(俺は、どうするんだろう。)
航自身もまた、答えを出せずにいた。
吹奏楽が好きだ。
ホルンを吹くことが、心から好きだった。
子供の頃から音楽が周りにあった
自然と馴染んでいた
ホルンも子供の頃のおもちゃから始まっていた
自然で当たり前で空気
そんな環境
けれど、音楽の道に進むには、
家の経済的な事情、地方にいるというハンデ、
そして何より、才能と努力だけではどうにもならない現実があった。
そういうことはなんとなく感じてきた
でも他の部員に比べるとそこまで考えることもないのが航だった。
3人の上を羽田からの便が滑走路に向かって降下していく。3人とも車輪の格納庫までみえる低空で飛ぶ飛行機を見えなくなるまで追っていた。夕日の中にそれは消えていった。
練習後の音楽室で、一人ホルンを手入れしていた航に、顧問の先生が声をかけた。
「航、お前は続けるのか?」
航は答えられなかった。
「続けるって、簡単なことじゃない。
でもな、どんな形でも続けることはできる。趣味でとかなら。でも覚悟をもった奴だけが音楽をやってますっていって生活してけるんだ。続けたやつだけが、最後に生き残る。当たり前だがな…」
先生の言葉の意味はわかったがまだ実感が航にはわかなかった
その言葉の意味がやんわり胸に突き刺さるのには航にはもう少し時間がかかった
夜、家に帰る途中。
航は見上げた空に、ぽつりぽつりと星が瞬いているのを見た。
(続けるって、どれだけの覚悟がいるんだろう。)
その問いに、答えはなかった。
けれど、胸の奥には航が自分でも知らない小さな火種が灯り続けていた。
たとえ小さくても。
消えない音が、確かにそこにあった。
春が終わり、夏が近づく。
それぞれの選択を胸に抱えながら、航たちは少しずつ、
それぞれの道へと歩き始めていった―




