第9話 “リリアナ博物館”開館!?──展示物:クワ、パン、そして伝説の日記
ある朝。
門の向こうが人でいっぱい。立て札が見えました。
【エルフォード領・聖女リリアナ記念館 開館式典】
……え?
「マリア。これ、何かしら?」
「はい……“お嬢様の偉業を後世に伝えるため”だそうです」
「偉業? パン焼いただけですわよ?」
「それが“世界を救った朝食”として登録されました」
「登録!? どこに!?」
「国際文化遺産協会です!」
「文化遺産って、畑が!?」
「ええ、“平和の大地”として!」
ベルナーが誇らしげに。
「お嬢様のクワも展示されておりますぞ! “奇跡を耕した神器”として!」
「……錆びてますわよ?」
「それがまた“時の風格”だそうで!」
――――――
案内された“記念館”の中には、見覚えのあるものばかり。
割れかけのティーカップ、焦げたパンの皿、泥のついた長靴。
どれも、私の生活道具です。
「お嬢様。こちらが“リリアナ日記の原本”です」
小さな展示ケースには、私の日記帳。
“パンとにんじんとトマトの記録”
“ベルナーがまた大げさに泣いた日”
“今日はよく眠れた”
ぜんぶ、ただの生活メモ。
「こんなの展示して大丈夫? 字が丸っこくて恥ずかしいですわ」
「いいえ、“無垢なる記録”として称賛されております」
来場者たちは感極まって涙ぐみました。
「この“今日は眠れた”という一文……なんて深い哲学だ!」
「争いに疲れた心を救う言葉だ……!」
……寝ただけなんですけど。
マリアが囁きます。
「言葉の力は受け取り手が決めるものです」
「なるほど……でも、せめて“パンのレシピ”のほうを展示したほうがいいと思いますのよ」
――――――
王都。
アルノルト殿下の執務室にもニュースが届きました。
「殿下、“リリアナ記念館”が開館しました」
「……ついに博物館か……」
側近が続けます。
「国内観光収入が二倍に。王立大学では“リリアナ哲学学科”が新設」
「学問にまで! 何を学ぶんだ!?」
「“パンの共有による社会統合論”だそうです」
「やめてくれぇぇ!」
セレスティーナが紅茶を傾け微笑。
「殿下……愛も信仰も、発酵すると膨らむものですわ」
「その発酵を止めてくれ!!」
――――――
夕方、記念館の裏庭で。
私は展示されている“自分のクワ”をじっと見つめました。
「……これ、触っちゃダメなんですの?」
「はい、重要文化財指定ですので!」
「まぁ……じゃあ新しいクワを買わないと」
マリアが苦笑。
「お嬢様が動けば、今度は“第二の神器”としてまた展示されますよ」
「……畑仕事がしづらくなりましたわねぇ」
その時、小鳥が降り、小さなパンくずをついばみました。
「お嬢様。平和って、どう感じますか?」
「そうですわね……パンくずが残るくらい、ゆっくりした時間ですのね」
「……名言です」
「ただの感想ですわよ」
マリアの笑い声が風に混じります。
夕焼けの屋根が、焼きたてのパンの色でした。
――――――
翌朝。
門の前に、また新しい立て札。
【次回展示予告:“友情ブリオッシュ”のすべて】
「……予告が速いですわね」
「はい。世界が、お嬢様の焼き上がりを待っています」
「焦らせないでくださいませ。
あたためて、待って、信じる――のが一番ですもの」
オーブンの火が、ぱちり、と優しく鳴りました。




