第8話 “トマトが赤くなると戦が止む”──新たな神話が芽を出しましたわ!?
朝の畑は静かで、風が気持ちいい。
私は腰を下ろして、苗箱を並べました。
「お嬢様、今日は何をお植えになるのですか?」
「トマトですわ。可愛らしく赤くなりますの。
“にんじん条約”に続く、“彩り外交”ですわね」
マリアが即座に顔を覆いました。
「……お嬢様、それを口にしただけで、また新しい条約が生まれます」
「えっ?」
「“彩り外交宣言”として王都の新聞に載ります!」
「……えぇぇっ!? ただの野菜ですわよ!?」
「“平和の三原色”だそうです。パンの小麦色、にんじんの橙、トマトの赤!」
「なんだかサラダみたいですわね……」
――――――
午後。
汗を拭いながらトマトの苗を植えていると、また旗が近づきました。
「巫女様ぁ! 新たな神託をお受けに参りました!」
「神託……? 今日は土いじりしかしてませんけど」
「“トマトが赤くなると戦が止む”というお言葉を、
各国の将軍方が深く感銘を受けております!」
「言ってませんわよ!? 一言も!!」
「ですが記者の筆がそう記しておりました!」
「……記者の創作力が豊かすぎますわね……」
マリアがひそひそ。
「お嬢様、戦地でもトマトを植える運動が始まっております。
“血ではなく赤き果実を”と……」
「まぁ、詩的ですわねぇ。……でもトマトは日照が命ですのよ?」
「問題はそこではありません!」
――――――
王都・謁見の間。
アルノルト殿下は机に額を押しつけていました。
「……また彼女か」
側近が静かに頷きます。
「はい。“リリアナ教 第二章《赤き奇跡》”が編纂されました」
「何章まで行くつもりなんだ……!」
「国民の間では“トマトが赤くなると戦が止む”がことわざに。
外交文書にも引用され始めております」
「文書に!?」
セレスティーナが神妙に。
「殿下、私……トマトを食べるたびに涙が出ますの……」
「それは味が濃いだけだろ!」
「いえ、“平和の味”ですわ!!」
――――――
エルフォード領。
「平和の畑」と書かれた立札が立ち、村人たちが拍手しています。
「お嬢様、このトマトは世界へ献上するそうです」
「まぁ、うまく育つといいですわね。――水のあげすぎには注意ですのよ」
「“過ぎた水は争いを招く”……! 名言ですな!」
「ち、違いますの!!」
記録係が走り書き。
“聖女、過ぎたる水を戒める”――明日の見出しが決まった瞬間でした。
マリアがため息をひとつ。
「お嬢様……このままでは宗教改革が起きます」
「まぁ、それなら教義の一つに“ちゃんと食べて寝る”を入れましょう。
健康は平和の第一歩ですもの」
「……あぁ、それがまた人々を救ってしまう」
夕陽に染まる畑。小さな赤い実がひとつ、光りました。
「お嬢様……トマト、もう色づきましたね」
「まぁ、早いですわね。お日様も、きっと頑張ったんですのね」
そして翌朝、各国で奇妙な報告が相次ぎました。
――前線の戦が、同時に停戦。
――兵士がトマトを掲げて行進。
――「赤き果実の日」を年中行事に制定。
本人が寝坊している間に、歴史がまた一ページ。
――――――
夜。私は日記を開きます。
――今日はトマトが赤くなった。
――マリアが泣いていた。理由は不明。
――スープが美味しくできた。
「……平和って、案外トマトみたいなものかもしれませんわね」
「どういう意味ですか?」とマリア。
「手をかけすぎても枯れますし、放っておいても実りますのよ」
マリアは笑って肩をすくめました。
「――お嬢様。ほんとに、神様より手が早いです」
「まぁ、それはトマトのおかげですわ」
窓の外、世界が今日も赤く、穏やかに暮れていきました。




