第7話 伝説の巫女、まさかの“観光地化”──お土産が“ご利益パン”になってます!?
いつも通り畑に出てみると、なにやら人が多い。
……いや、多すぎる。
「お嬢様っ! 領地の入口に行列ができております!」
ベルナーが息を切らして報告します。
「“聖地巡礼”だそうです!」
「えっ、畑見に来たんですの?」
「はい! “聖なる土”を一目見たいと!」
「……ただの畑ですわよ?」
マリアが遠い目をしました。
「お嬢様、いまや“ただの畑”こそ尊いのです……」
どうやら時代が、私の理解を追い越してしまったようです。
――――――
領地の村は、すっかりお祭り騒ぎでした。
屋台が立ち並び、商人がパンを売り、旅人たちが鐘を鳴らしています。
「“ご利益パン”はいかがですかー!
食べれば恋も成就、胃も快調!」
「え、それ、私が焼いたやつに似てません?」
「お嬢様監修って書いてあります!」
「監修してませんわ!」
マリアが慌ててパン屋を止めようとしますが、
すでに“奇跡のフランスパン”が爆売れ中。
「お嬢様、“巫女認定マーク”を勝手に使われております!」
「マーク? そんなの作ってませんのに!」
「はい。“お嬢様がパンを持つ姿”をシルエットにして……」
「肖像権の侵害ですわねぇ……」
「……でも売上の一部が孤児院に寄付されております」
「まぁ、それなら……いいですわ」
「寛容すぎます! それがまた信仰を広めるのです!」
マリアの悲鳴が、今日も空に吸い込まれました。
――――――
王都。
アルノルト殿下の執務室には、パンとにんじんの香りが充満していました。
机の上には“ご利益パン”の山。
「なぜだ……なぜどこへ行っても彼女のパンが……!」
側近が申し訳なさそうに報告します。
「殿下、王立郵便局が“平和の配送便”として販売を始めました。
パンを贈ると友情が深まるそうです」
「パンで友情が!?」
「しかも、外交書簡より速達で届くとか……」
「負けてるのか!? 郵便制度に!?」
セレスティーナが紅茶を飲みながら言いました。
「殿下。もはや“パン教”が国教化するのも時間の問題ですわね」
「頼む、やめてくれ……」
殿下の心は、もはやバターのように柔らかく溶けていました。
――――――
私は庭先でお茶を飲みながら、のんびり光景を眺めていました。
畑の横では、商人が“聖なる土入り壺”を売っています。
「一匙で心もふかふか!」だそうです。
まあ、土ですけど。
「お嬢様、どうなさいますか? 取り締まりますか?」
「いえ。皆さんが笑顔なら、それで十分ですわ」
「……お嬢様、ほんとうに何もしないで世界を回しておられますね」
「ええ、放っておいてもパンは膨らみますから」
「……パンだけではなく、信仰もです」
マリアが半分あきれたように笑いました。
私もつられて笑ってしまいます。
平和って、案外こういうことなのかもしれませんわね。
――――――
夕方。
夕陽に照らされた畑の端で、風に乗って子どもの声が届きました。
「リリアナ様ー! パンありがとー!」
「……ふふ。どういたしましてですわ」
私は帽子を少し下げ、
手にしていたクワを肩に担ぎました。
パンの香りと、焼き立てのような空気。
畑の風景が、まるで世界の縮図のように思えます。
「お嬢様、今日も伝説が一つ増えましたね」
「そうですの? ……まあ、いいですわ。
明日はトマトを植えますもの」
マリアが空を見上げて笑いました。
「……そのトマトが、次の奇跡を起こさないといいのですが」
「まぁ、どうでしょうねぇ」
穏やかな夕暮れに、笑い声が溶けていきました。




