第6話 パンとにんじんの奇跡──なぜか世界会議が開かれるらしい!
午前十時。
私は縁側で日向ぼっこをしていました。
太陽の光と風の音。完璧な昼寝日和ですわ。
「お嬢様! お嬢様ぁぁああ!!」
……完璧ではなかったようです。
マリアが庭を駆け抜けてきました。
息を切らせて、手には分厚い封筒。
「これをご覧くださいませ! “世界平和会議”への招待状です!」
「まぁ、平和な響きですわね。どなたが開くの?」
「ええと……王国、隣国ガルダ、北方連邦、砂漠の商人同盟……
つまり“世界”です!」
「まぁまぁ、にぎやかになりそうですわね」
「お嬢様、喜んでいる場合ではありません!
議題が“リリアナ条約の正式化”になっております!」
「……リリアナ条約?」
「お嬢様がにんじんを配ったことが、
各国で“食料共有による永続平和の象徴”として……!」
「え? ただ余ったからおすそ分けしただけですのに」
「それが今、世界秩序の根幹になりかけています!」
……なんだか大げさになってきましたわね。
――――――
同じ頃、王都の議事堂。
「これが“リリアナ条約”の草案か……」
アルノルト殿下は書類を見つめ、深くため息をつきました。
第一条:怒らず、食べて、寝ること。
第二条:にんじんを嫌わないこと。
第三条:争いが起きたらパンを分け合うこと。
「……なんだこれは」
側近が真面目な顔で答えます。
「民が望んでおります。“リリアナ三か条”として」
「ふざけているのか!? ……いや、ふざけてないのか……?」
殿下は額を押さえました。
隣でセレスティーナが微笑みます。
「殿下、これこそ“真実の愛”では?
パンとにんじんが人を結ぶ……」
「やかましい!!」
――――――
私は縁側でハーブティーを飲みながら、会議の準備をしていました。
「お嬢様、世界会議の衣装は……やはり巫女服でしょうか?」
「動きづらいので、作業着で構いませんわ」
「さすがでございます……! 聖女の質素なお姿がまた信仰を――」
「畑に寄ってから行きますから。土汚れますわよ?」
「……ああ、もう止まらない」
マリアは頭を抱えました。
その後ろでベルナーが小声で囁きます。
「お嬢様の畑、すでに“聖地”扱いになっておりますぞ」
「え、雑草だらけですのに?」
「それが“自然のままの神域”として高く評価され……」
「人間の想像力って、すごいですわねぇ」
――――――
数日後。
世界平和会議――通称「パンとにんじん会議」開催。
各国の代表たちが一堂に会します。
豪奢なホールに、香ばしいパンの香り。
私は中央席で、こっそりあくびをしました。
昨夜、パンの発酵具合が気になって寝不足だったのです。
「リリアナ・エルフォード様、あなたの理念に敬意を表します!」
「我が国も“リリアナ農法”を導入したい!」
「あなたのにんじんが、我らを導いたのです!」
……にんじんが導いたんですの?
ちょっと想定外ですわ。
「ええと、ありがとうございます。
でも畑仕事は地道ですのよ。腰にきますから、気をつけてくださいませ」
なぜか拍手喝采。外交官たちが涙を拭っています。
“リリアナの労働哲学”として新たな議事録に追加されたらしいです。
アルノルト殿下は遠くの席で、額を押さえていました。
その横でセレスティーナが、なぜか信徒用のローブを着ています。
「殿下、私も改心いたしましたわ。今は“パン修道会”の一員です!」
「……どこまで広がるんだ、この宗教……!」
――――――
会議の最後、各国代表が一斉に立ち上がりました。
「本日より、“リリアナ条約”を批准する!」
「争いなき時代の幕開けだ!」
――その瞬間。
私は机の下で、こっそりくしゃみをしました。
「くしゅん……あら、粉が鼻に入りましたわ」
そのくしゃみが合図と誤解され、
歴史書にはこう記されることになります。
『聖女リリアナ、くしゃみにて世界を平定す。』
……ちょっと待って、それは誤字ですわよ?
――――――
その夜。
私は日記を開いて、こう書きました。
――パンとにんじんで平和になった。
――ちょっと不思議。
――でも、おかわりのパンはちゃんと焼けた。
マリアが紅茶を淹れながら言いました。
「お嬢様、もはや伝説の人になっております」
「まぁ……でも、明日は畑に出ますわ。
伝説は、草を抜いてはくれませんもの」
湯気の向こうで、パンの香りが優しく漂いました。
平和の匂いって、きっとこんな感じですわね。




