第3話 “外交の巫女”って呼ばれても困るんですけど!?
朝の陽が差し込む台所。
パンの香りがふんわり広がって、私は今日も気分上々です。
「お嬢様、昨夜の外交団は、結局お帰りになりませんでした」
「まぁ。じゃあ朝ごはん、人数分増やしましょうね。パンは多めに焼いてありますし」
「……そういう問題ではないかと存じます」
マリアが目の下にくまを作っています。
夜通し対応したらしい。働き者ですわね。
「それで、その……お嬢様に“新しいお役目”が与えられたそうで」
「新しいお役目? ええと……草取り担当とか?」
「“外交の巫女”だそうです」
「は?」
私は耳を疑いました。
なにかの料理の名前ですか、それ。
「“外交の巫女”とは、“国と国を結ぶ聖なる媒介者”とのことです」
マリアが巻物を差し出しました。王宮からの正式通達らしい。
そこにはご丁寧に、私の似顔絵入りの印章が押されていました。
なぜか後光が差しています。まぶしい。
「……誰がこんなものを?」
「陛下です。殿下が“リリアナ嬢は平和を愛する方だ”と進言されたそうで」
「まぁ、殿下ったら。そんな大げさな……パン好きなだけですのに」
「その“パン”が外交問題を解決しかけているのです!」
マリアがテーブルをドンと叩きました。
――――――
王都では、王太子アルノルトが胃薬を手放せずにいました。
「なぜだ……! なぜ彼女の行動がこうも称賛される……!」
「殿下、国民の間では“パンの奇跡”と呼ばれております」
側近が報告書を差し出します。
『リリアナ嬢がパンを焼いた直後、使節団の争いが収束した』と。
「偶然だろう!」
「いえ、“巫女の祝福”として信仰が生まれております」
アルノルトは頭を抱えました。
その横でセレスティーナが囁きます。
「殿下……リリアナは、殿下の婚約者としてではなく、“聖女”として歴史に残るかもしれませんわね」
「ぐっ……!」
殿下の心がポキッと音を立てました。
――――――
エルフォード領では。
「皆さま、どうぞお座りになって。パンは焼き立てですのよ」
外交官たちが整列し、神官が祈りを唱え、兵士までが涙ぐんでいました。
どうしてこうなったのでしょう。
「リリアナ様、その香草はどのように選ばれたのですか?」
「え? 庭に生えてたのを摘んだだけですわ」
「……庭に、生えて……」
メモを取る音が止まりました。
「庭に生えていた」=「自然とともにある平和の象徴」
……らしいです。
「巫女様! ぜひこの地に神殿を――!」
「畑が潰れますから、神殿は遠慮いたしますわ」
外交官たちが感涙して拍手。
(……いまの、断っただけなんですけど)
マリアが耳打ちします。
「お嬢様、どうやら“謙虚さも神聖”と受け取られたようです」
「まぁ。人間、謙虚で損はいたしませんわね」
そう言ってお茶を注ぐと、また拍手が起きました。
どうやらこの国の平和は、カップ一杯のお茶で保たれているらしいです。
――――――
その夜、私は日記を開きました。
――本日、外交の巫女に任命される。
――夕方、パンを十五個焼く。
――隣国の使者が泣いた。理由は不明。
――畑のにんじん、豊作。
「……まぁ、いい一日でしたわね」
マリアが肩を落としつつも微笑みました。
「お嬢様、本当に世界が平和になりそうです」
「ええ。でもまずは、パンが冷めないうちに」
私は湯気立つ丸パンを半分に割りました。
香るハーブの匂いに包まれながら、“外交の巫女”という呼び名の現実味のなさに、思わずくすりと笑いました。
――明日こそ畑に出よう。
きっと、にんじんも笑っている。




