第17話 “星々の晩餐”──パンで銀河がひとつに!
宇宙から帰ってきた翌朝。
まだ、夢の続きの中にいるような気分でした。
空を見上げると、夜の名残が淡く光り、
小麦畑の露が星みたいにきらめいています。
「お嬢様、おはようございます。
……世界中の通信局が、何かを受信しているそうです」
マリアが湯気の立つポットを持ってきました。
紅茶の香りが立ち上る。
「まぁ、宇宙の皆さんからのお便りかしら?」
「はい。“パン香波通信”とのことです。
各国が同時に、“おかわり要請”を受けております」
「おかわり……あら、律儀ですわねぇ」
ベルナーが駆け込んできました。
「お嬢様! 王都の上空に“光の列”が現れました!
どうやら異星の方々が“晩餐会”を希望しておられます!」
「まぁ……パンを囲むなら歓迎いたしますわ」
「お嬢様、相手は宇宙生命体です!!」
「パンは、どんな方でも召し上がれますのよ?」
マリアが遠い目をしました。
「……地球外外交が、畑単位で進んでおります……」
――――――
数日後。
エルフォード領の夜空に、無数の光球が降りてきました。
蛍の群れのように静かで、柔らかく輝く。
それが“雲のような身体を持つ星間種族”たちでした。
『はじめまして、ふくらむ者よ』
(翻訳:香り通信)
「ようこそいらっしゃいました。パンはお好き?」
『……ふくらむもの、たのしみ』
私は焼き立てのパンをオーブンから取り出し、そっと並べました。
香りが風に乗り、光の粒がゆらゆらと震えます。
それが“喜び”の反応らしい。
「殿下、各国代表、そして星々の皆さま。
本日の晩餐は――“惑星パン会議”です!」
ベルナーの宣言に、王太子アルノルトが頭を抱えました。
「……俺の人生で、一番混乱してる会議だ……」
セレスティーナがワインを注ぎながら微笑みます。
「殿下、これが“真実の平和ディナー”ですわ」
「もはや哲学だな……」
――――――
光の種族たちは、パンをそっと吸い込み、
色を変えていきました。赤、黄、青、虹色。
『……あたたかい……くるしいほど、うれしい……』
「それは発酵ですわ。生地が膨らむとき、そう感じますの」
『わたしたちも、ふくらみたい』
「なら、心をあたためて、待って、信じてくださいませ」
『まつ……しんじる……あなたの言葉、よく焼ける』
マリアが感動の涙を拭きながら、こっそり囁きました。
「……お嬢様、“よく焼ける”が外交用語になりました」
「まぁ、分かりやすくてよろしいですわね」
――――――
王都・中央広場。
夜空の上に巨大な“パンの輪”が浮かびました。
光る雲が星々のあいだをつなぎ、
ひとつの銀河のように膨らんでいきます。
アルノルトはため息をつきました。
「……星がパンの形をしている……」
「殿下、これが“ブレッド・ユニバース構想”ですわ!」と側近。
「名前のセンスがゆるすぎる!!」
セレスティーナが神妙に言いました。
「殿下、各惑星の代表から“パン条約”の署名要請が来ています。
正式名称は“銀河統一ブレッド・アコード”です!」
「もうパンが国連だよぉ!!」
――――――
晩餐が終わる頃、空が柔らかく染まりました。
光の種族たちは言いました。
『あなたたちの“焼く”という行為、学びたい。
熱して、ふくらませ、分けあう。それが命の理。』
私は笑いました。
「命も、パンも、冷めないうちに分け合うのが大事ですわ」
『……わけあう。わかる。あなた、ふくらむ。』
「まぁ……照れますわね」
マリアが小声で言いました。
「お嬢様……もはや、宇宙があなたに恋をしています」
「困りましたわねぇ。殿下がまた胃を痛めますわ」
――――――
その夜、私は日記を開きました。
――今日は星の客をもてなした。
――パンはよく焼けた。
――銀河の空気は少し塩っぽい。
――トマトスープを作りたくなった。
「……さて、明日は赤い食材ですわね」
マリアが苦笑します。
「お嬢様、まさか“トマト外交”を銀河にも?」
「ええ、宇宙にも野菜が必要ですもの」
空の星々が、パンの香りのように輝いていました。




