第16話 “聖女、宇宙へ進出!”──無重力でもパンはふくらみますの?
妙な顔をします。
「聖女様、万一の時は“夢界コール”を……」
「ええ、眠ればよろしいのですね?」
「で、できればまず装置テストから!」
私はヘルメットを抱えて空を見上げました。
朝の青が、少しずつ深くなっていきます。
「マリア、お留守番をお願いね。畑のにんじん、寂しがらないように」
「はい……殿下には“宇宙対応の胃薬”を届けておきます」
「殿下の胃痛、宇宙規模ですの?」
「ええ、恒星クラスです」
カウントダウン。
地面が震え、空が近づきます。
パンがオーブンで膨らむ瞬間と、どこか似ていますわ。
「――行ってまいります」
――――――
宇宙船“アウロラ号”。
窓の外では、地球が丸い。
畑が、パンのようにふっくら見えました。
「聖女様、無重力環境、問題なし。……“ゼロ・ブレッド”起動を」
小型オーブンが低く唸り、生地が静かに回転します。
まるで銀河のよう。
「まぁ、かわいらしいですわね」
「表面張力と気泡圧の均衡が――」
「つまり、“丁寧に待てば、ちゃんと膨らむ”ということですわね?」
「……たぶん、そうです」
――香りが、漂いました。
ふわりと甘く、柔らかく、空調ダクトへ吸い込まれていきます。
「……あら、逃げましたわ」
「香り分子を回線ユニットへ送信中。……待ってください、反応が!」
「反応?」
「宙域B9方向から、未知の同調波! “パン香”に応答しています!」
船内がざわめきました。
『……あたたかい……ふくらむ匂い……あなたは、どこ?』
私は思わず窓の外を見ました。
星が瞬き、返事をするように光ります。
「今の……ことば、でしたわよね?」
「異星起源の通信波です。“平和同調”――!」
『あなたの“ふくらむ技術”を教えてほしい。
怒りが萎ませる私たちの心に、ふくらむ方法を。』
胸がじんと熱くなりました。
「発酵は……待つことですわ。
あたためて、待って、信じること。
急かすと、しぼみますの」
通信が震えました。
『……あたためて、待って、信じる……記録します……』
灯が、銀河のように広がりました。
マリアの声が遠くから届いた気がしました。
「……お嬢様、今、宇宙にパンの香りが流れています!」
「まぁ。いい香りですわね。
地球も星も、きっとお腹が空いているのですわ」
――――――
その夜、地球ではパン屋がいつもより多く灯りをともしました。
王都でも、田舎でも、みんなが同じ香りを嗅いで笑っていました。
アルノルト殿下は新聞を見てため息をつきます。
【聖女リリアナ、宇宙平和の香りを発信】
“パンで交信、異星種族が和解宣言”。
「……もう、胃薬じゃ追いつかん……」
セレスティーナが微笑みます。
「殿下。これで、本当に“平和”ですわね」
「いや……次はどの星まで膨らむんだよ……!」
――――――
私は船窓の向こうに光る青い星を見つめました。
地球――私のオーブン。
「……焼きすぎませんように」
パンの香りが漂い、銀河がやわらかく揺れました。




