第14話 “夢界崩壊!? 聖女が寝不足で世界が揺れる!”
夜明け前。
私はオーブンの前でため息をついていました。
「……うう、失敗ですわ……」
焼き上がったパンは、ちょっぴり焦げています。
外はカリカリ、中はふわふわ――のはずだったのに。
今日はどうにも上手くいかない。
「お嬢様、もうお休みくださいませ。徹夜で焼かなくても……」
「新しいレシピを試してたんですの。寝不足ですわねぇ……」
マリアが眉をひそめました。
「お嬢様、それは本当に……危険です!」
「え?」
「“聖女が寝不足になると世界が乱れる”という言い伝えがございます!!」
「初耳ですわ!?」
「三時間以内にお休みにならないと、“夢界サミット”が開催されません!」
「そんなにシステム化されてるんですの!?」
でも、眠気よりも焦げパンの焼き加減が気になってしまいます。
……これ、水分が足りなかったかしら?
――――――
王都・議事堂。
「殿下! 世界各国で“夢界サーバー”が停止しております!」
「夢界……サーバー?」
アルノルトが額を押さえます。
「つまり、リリアナ様が眠っておられないのです!」
「まさか、それだけで各国の会議が止まるのか!?」
「はい! 議題が進行できず、決済も止まり、貿易もストップしております!」
「経済まで!? どうなってるんだこの世界は!!」
セレスティーナが真剣な顔で報告しました。
「殿下、民衆は“聖女が焦げパンを焼いた”との報を聞き、
“終末の黒い兆し”と怯えております!」
「焦げただけだよ!?!?」
「しかし、“黒こげは怒りの象徴”とされております!」
「俺の胃も黒こげだよ!!」
――――――
エルフォード領。
外では風が強く、空気がざわざわしています。
「お嬢様、外で“眠りの行列”ができております!」
ベルナーが飛び込んできました。
「行列?」
「“聖女様を眠らせるための子守唄合唱会”です!」
「そんなの開かなくてもいいですわよ!?」
「いえ、世界安定のために必要だそうで……!」
マリアが真顔で囁きます。
「お嬢様、一刻も早くお休みください……でないと――」
その瞬間、空が光りました。
雷のような閃光。
空中に浮かぶ幻の円卓――夢界の象徴が、ひび割れ始めています。
「リリアナ様が……目を閉じられない限り、世界の秩序が……!」
「そんな大げさな!」
マリアが涙目で訴えました。
「お嬢様、どうか今すぐお休みを! パンは後で!!」
「うう……でも焦げたままじゃ納得できませんの!」
「世界とパン、どちらが大切ですか!?」
「む、難しい質問ですわねぇ!!」
――――――
王都・緊急会議室。
「殿下! 通貨スリープルの価値が暴落しています!」
「寝不足が原因で!?」
「睡眠時間の減少により、世界の平均所得が低下しています!」
「経済が寝不足なんだよぉぉ!!」
「夢界評議会も崩壊寸前です!」
「寝なきゃ安定しないのに眠れない!? 悪循環だ!!」
アルノルトは机に突っ伏しました。
「リリアナ、お願いだ、寝てくれ……」
――――――
私はオーブンを見つめました。
焦げパンを見て、ふと呟きます。
「……少し苦いパンも、悪くないかもしれませんわね」
そう思った瞬間、肩の力が抜けました。
眠気がゆるやかに戻ってきます。
「お嬢様……?」
「……おやすみなさい、マリア」
その一言と同時に、風がぴたりと止まりました。
空のひびが消え、光が戻ります。
夢界が、ゆっくりと再構築されていきました。
――――――
翌朝。
新聞の見出しが世界を駆け巡ります。
【聖女、ついに眠る。夢界、再起動】
世界同時安眠。焦げパン、奇跡の象徴に。
新たな流行語:「寝るが勝ち」。
アルノルトは記事を見て頭を抱えました。
「……世界が……この一人の睡眠で……」
セレスティーナが紅茶を傾けながら微笑みます。
「殿下、今日も平和でございますわね」
「俺の胃だけ戦場だよ!!」
――――――
夕方。
私は日記を開きました。
――今日はパンを焦がした。
――みんなが騒いでいたけど、結果オーライ。
――焦げても、美味しいところはあるものですわね。
「お嬢様、今日も世界が救われました」
「いいえ、パンが救われましたのよ」
マリアが笑いながら紅茶を差し出します。
「……お嬢様、本当に眠るだけで伝説を増やす方です」
「まぁ、寝てる間に増えるなんて、楽でいいですわねぇ」
そう言って、私はまたあくびをしました。
今日も、世界が静かにまぶたを閉じます。




