第11話 “王太子の胃痛と聖女の昼寝”──国政そっちのけで平和が進行中!
王都・議事堂。
机の上には、山のような報告書。
そしてその中心で――アルノルト王太子は胃を押さえていました。
「……痛い……」
「殿下、また胃が……?」
「“リリアナ関係報告書”のせいだ……毎日厚くなっていく……」
側近が苦笑します。
「最新号では、“寝顔で国民を癒やす”と評判です」
「寝顔で国が動くなぁぁぁ!!」
セレスティーナが優雅に扇を仰ぎながら微笑みます。
「でも殿下、ご覧ください。暴動は一つもありません。
物価も安定、農業生産も過去最高。
つまり――“リリアナ様が眠っている間”が一番平和なのですわ」
「どうして!?」
「“聖女の安眠を妨げてはならぬ”と、民が全員静かにしているからです」
「……それ、もはや睡眠政治では!?」
――――――
そのころ、エルフォード領。
私は縁側でお茶を飲みながら、大きなあくびをしました。
「マリア、今週は何度目の昼寝ですか?」
「三度目ですわ。体が休まると、パンの発酵も良くなりますの」
マリアが小声でぼやきました。
「(……世界の発酵も進んでいる気がしますけど)」
「何か言いました?」
「いえ、なんでもございません!」
私はクッションに顔を埋め、風の音を聞きながら目を閉じました。
うとうと……。
その瞬間。
外で、鐘の音が鳴り響きました。
「……マリア、また何かありましたの?」
「はい! “聖女の眠りに合わせた黙祷タイム”が始まったようです!」
「黙祷……?」
「はい、各国で同時に! “リリアナ安眠協定”が結ばれたとか!」
「……それ、何条あるんですの?」
「第一条:聖女の睡眠を妨げない。
第二条:静寂の時は争いを控える。
第三条:寝起きにパンを捧げる。」
「……第三条はおいしいですわね」
マリアが遠い目をしました。
「……お嬢様、国際関係が夢の中で調整されております」
――――――
王都では、街全体が奇妙な静けさに包まれていました。
子どもたちは小声で遊び、兵士も剣を置き、
パン屋の釜だけが“こつん、ぱちぱち”と音を立てています。
アルノルト殿下は窓辺で呟きました。
「……本当に、誰も騒がないんだな」
「はい。世界が寝息を合わせております」
「……俺たちは何をしているんだろうな」
セレスティーナが柔らかく笑います。
「殿下、“聖女が眠っているときこそ、国が働く”。
これぞ“安眠統治”の真髄ですわ」
「そんな統治法聞いたことない!!」
「では殿下も、お休みになっては?
“共眠外交”として話題になりますわよ」
「寝ない! 絶対に寝ない!!」
――――――
夕方。
私は目を覚ましました。
マリアが毛布を整えながら微笑みます。
「お目覚めでございますか。……世界、平和です」
「そうですの? よかったですわね」
「ええ。殿下の胃痛を除けば完璧です」
「まぁ、胃にもハーブが効きますのよ。送って差し上げましょうか」
「それがまた“奇跡の薬草”として高騰します」
「……経済も元気ですわねぇ」
マリアが肩をすくめました。
「お嬢様、“世界睡眠記念日”が制定されるそうです」
「ふふ、なんだか嬉しいですわね。
“みんなで昼寝して平和”なんて、可愛いじゃありませんの」
私はまたあくびをして、もう一度まぶたを閉じました。
外の鐘が、ゆっくりと鳴っています。
きっと、世界も今ごろお昼寝中ですわね。
――――――
翌日の新聞見出し:
【“眠れる聖女”の奇跡、続く】
世界、八時間の完全停戦。
王太子、胃薬を一日三回に増量。
マリアが新聞を読みながら呟きました。
「……お嬢様、ほんとうに寝るだけで世界が静まるなんて」
「ええ、でも起きてるときも大事ですわよ。
パン、焦げますもの。」
笑い声が、午後の日差しの中に溶けていきました。




