第10話 “聖女、国葬されかける”──本人、生存確認のため走る!
朝。
空気が少し冷たく、良い畑日和ですわ。
今日は秋の植え替え。
私はクワを担ぎ、いつものように庭を抜けて――門を開けた、その瞬間。
……静か。
あれ?
いつも人で賑わっていたはずの参拝道が、がらんとしています。
「マリア、今日はみなさんお休みかしら?」
「いえ……むしろ、王都に向かわれております!」
「王都へ? 収穫祭ですの?」
「いえ――“お嬢様の国葬”だそうです!!」
「……………………は?」
私の手から、クワが落ちました。
カラン、と乾いた音がして、心臓が止まりそうになりました。
「こ、国葬って……どなたの!?」
「リリアナ・エルフォード様――つまりお嬢様の、です!」
「生きてますわよ!?!?」
マリアは半泣きで両手を振ります。
「わかっております! ですが、“畑で静かに祈りを捧げる聖女”と伝わり……
“昇天された”と勘違いされたらしくて!」
「祈ってませんわ! 雑草抜いてただけですわ!!」
「それが“神への奉仕”に見えたそうです!!」
……なんという誤訳社会。
――――――
王都では――。
荘厳な音楽、整列する兵士、そして花の山。
巨大な白い布に、私の肖像画が描かれています。
(しかも微妙に美化されている。別人ですわ!)
「ここに眠るは、“平和の聖女リリアナ”――」
神官が朗々と読み上げます。
「世界を導き、争いを終わらせ、赤き果実に祝福を与えし者なり――」
王太子アルノルトは、顔面蒼白で立ち尽くしていました。
「……誰がこんなことを……!」
「民が自発的に……」と側近。
「いや、まだ生きてるだろ!? 誰か確認したのか!?」
「“畑に光が射した”という報告を最後に……」
「ただの朝日だよ!!」
セレスティーナが涙ぐみながら祈っています。
「殿下……わたくし、やっと許せましたわ。
あの方の愛は、パンとともに永遠に……」
「まだパン焼いてるよあの人!!」
アルノルトの悲鳴が、鐘の音にかき消されました。
――――――
そのころエルフォード領。
「マリア!! 馬車の用意を!!」
「は、はい! 急ぎます!」
「急ぎますじゃありませんわ! 走りますのよ!!」
「え、走る!? 王都まで!? 五十キロありますよ!?」
「走って生存報告いたしますの!!」
私たちは本気で走りました。
風を切り、土を蹴り、泣きながら叫ぶ村人たちを追い越し、
途中の伝令馬を奪い――(合法ですわ!)
道の途中で人々が叫びます。
「聖女様の幻影が走っておられる!」
「光の化身だ!!」
「幻影じゃありませんの! 本物ですの!!」
「ありがたや……幻影まで見えるとは……!」
「ちがっ、ちがいますのにぃぃ!!」
マリアが息を切らしながら叫びました。
「お嬢様、信仰の力、恐るべしです……!」
――――――
王都・中央広場。
国葬のクライマックス。
白い花に囲まれた棺の前で、神官が声を張り上げます。
「これより、“リリアナ永眠の鐘”を――」
「ちょっとお待ちなさああああああい!!」
階段を駆け上がり、壇上に飛び込みました。
ドレスの裾がふわりと舞い、群衆がどよめきます。
「……せ、聖女様の御霊が……!」
「違います! 生きてますわよ!!!」
沈黙。
そして、次の瞬間――。
「復活だ!!!」
「奇跡の蘇りだ!!!」
「聖女様が再臨された!!!!!」
「ちがっ……違いますのにぃぃぃ!!!」
アルノルトが駆け寄り、涙目で叫びました。
「……本当に、生きていたのか!」
「ええ、畑にいましたのに! どうして勝手にお葬式を!」
「民が……民が止まらなかったんだ……!」
「まったく、手のかかる国ですわね!」
王都中に笑いと涙が広がりました。
そして翌日、新聞の見出しはこうです。
【奇跡の復活! 聖女リリアナ、命より速く走る】
“畑から蘇った天使”に世界が喝采!
――――――
その夜。
私は王城の客間で、温かいスープを飲みながら深呼吸をしました。
「……ようやく落ち着きましたわね」
マリアが微笑みながら肩を落とします。
「ええ。でも、王都はまだ混乱中です。
“復活の地”を巡る巡礼ツアーが始まっております」
「巡礼ツアー……観光業の立ち上がりが早いですわねぇ」
その時、扉が開きました。
アルノルト殿下が現れ、少し情けない笑みを浮かべています。
「……悪かった。本当に、生きていてくれてよかった」
「殿下、私を殺したのは国民ですのに?」
「俺は止めたんだが、もう“国葬のノリ”が止まらなくてな……」
セレスティーナが後ろから小走りに来て、ぺこりと頭を下げました。
「リリアナ様……どうかお許しくださいませ。
あの時の嫉妬深い自分を、ようやく葬れましたの……」
「まぁ、葬式ついでに心まで清められましたのね」
三人の間に、妙に穏やかな笑いが広がります。
長い混乱の果てに、やっと“人として”話せた気がしました。
――――――
その夜、私は城のテラスで日記を開きました。
――今日は国葬されかけた。
――走った。疲れた。
――でもスープは美味しかった。
「……これで、また一日平和ですわね」
マリアが窓辺で笑います。
「お嬢様、それを平和とは言わないと思います」
「そうですの? まぁ、今日も無事でしたもの」
そして私は、満天の星を見上げました。
鐘の音が遠くから聞こえ、風が頬を撫でます。
――焦げても膨らむのがパン。
――誤解されても笑えるのが人生。
――そして、生きていれば焼き直せるのですわ。
世界が笑って、夜が更けていきました。




