第1話 婚約破棄されましたけど、今晩の夕飯どうしよう
「リリアナ・エルフォード! 君との婚約を、ここに破棄する!」
――それが、私の卒業パーティの幕開けでした。
ええ、言葉のチョイスからしてもう、最悪のスタートですわね。
煌びやかなシャンデリアの下、ざわつく会場。
私は手にしていたグラスを静かに置きました。
いや、別に慌てる理由もありませんの。
だって三日前から、この展開を予感していましたから。
王太子殿下――彼が最近、やけに浮かれていたのです。
隣には“真実の愛(笑)”こと、侯爵令嬢セレスティーナ様。
どう見ても「やらかす気満々」でしたので、
私は今朝、荷造りを半分終えてきたところですわ。
「……そうですか。わかりました」
「わ、わかりましただと!? 何か言い訳のひとつくらい……!」
「いいえ。もう荷物はまとめてありますし」
「……は?」
殿下の眉がひくりと跳ねました。
周囲の貴族たちも「お荷物……?」とざわつきます。
ええ、だって無駄に執念深いと思われても困りますもの。
私は潔い女です。あと、荷造りが趣味ですの。
「そ、そんなに簡単に諦めるのか!? 君は名誉を失うんだぞ!」
「名誉より、お皿の梱包が心配ですわ。あれ、割れやすいんですよ」
「…………」
空気が変になりました。
セレスティーナ様が、隣で胸を張って言います。
「殿下! こんな打算的な方より、私の方が純粋な愛を――!」
「はいはい。おめでとうございます。末永くお幸せに」
私はパチパチと拍手をしました。
拍手をしたのは、たぶん私だけです。
周囲が凍っているのは気にしません。
だって、みんなまだ現実を受け止めきれていないんですもの。
それよりも私は、今晩の夕食をどうするか考えていました。
卒業パーティの料理は、もう食べる気がしませんわ。
実家に戻ったら、久しぶりに母のシチューでもいただこうかしら。
……そんな平和な思考をしていたのが、
後に国家的混乱の引き金になるなんて、
その時の私は知る由もありませんでした。
――――――
数時間後。
「リリアナ嬢が国外逃亡したらしい!」
「なんですって!? 王太子の婚約破棄に怒って、隣国へ!?」
「エルフォード家は農業地帯の要だぞ! もし隣国に味方したら――!」
……と、学園中がパニックに陥っていたそうです。
私はというと、馬車の中でのんびりハンカチを畳んでおりました。
「ふう……やっぱり片づけって、気持ちがすっきりしますわね」
「お嬢様……まさか本当に、ご実家へ戻られるとは……」
「ええ。家の猫の世話を頼まれましたから」
侍女のマリアは涙目でうなずきました。
……いや、なんで泣くの。別に死にに行くわけじゃありませんのに。
馬車が王都を離れるころ、遠くで鐘が鳴りました。
あれは――多分、婚約破棄の公式発表でしょう。
大袈裟ですわねぇ、と思いながら、私は窓の外の空を見上げました。
――――――
その頃、王宮では。
「リリアナ・エルフォードが国外逃亡!? どうしてもっと早く止めなかった!」
「も、申し訳ございません! 王太子殿下があまりにも急に……!」
「隣国の大臣から“彼女を保護する”との書状が……!」
「……え、ええっ!? まさか本当に戦争の火種に……!?」
――そのニュースが、私の耳に届くのはもう少し先のこと。
「まあ、家に帰ったら母に花でも贈ろうっと」
呑気にそう呟いて、私は馬車の中で軽くあくびをしました。




