第五話 記憶の断片
エリアスは、Rustyの中に眠るクララの記憶を、さらに深く探ろうとした。
タブレットのデータログを解析したり、クララが残した日記やメモをRustyと共に読み返したりするうちに、断片的な記憶が少しずつ蘇ってきた。
ある時、Rustyは突然、古い歌を口ずさみ始めた。
それは、エリアスも聞いたことのない、懐かしいメロディーだった。
「この歌は、クララ様がよく歌ってくださった子守唄です。彼女が子供の頃に、母親から教わったと仰っていました」
その歌声は、エリアスの心に優しく響き、遠い記憶の断片を呼び覚ますようだった。
また、クララが若い頃に住んでいた家の写真を見た時、Rustyは細部まで鮮明に記憶していた。
「この窓辺には、いつも花が飾られていました。特に、赤いバラが好きでしたね」
「庭には大きな桜の木があって、春になると見事な花を咲かせていました」
Rustyの語る風景は、まるでエリアスがその場に立っているかのように、ありありと目に浮かんだ。
しかし、すべての記憶が鮮明というわけではなかった。
特に、クララが誰かを深く愛し、そして別れたと思われる時期の記憶は、曖昧で断片的なものが多かった。
エリアスが例の肖像画について尋ねると、Rustyは苦しそうな表情を浮かべた。
「その……人物については、クララ様はほとんど語りませんでした。時折、悲しそうな表情でその空白を見つめていたのを覚えています」
ある日、エリアスはクララの部屋で見つけた古いオルゴールを修理してみた。
蓋を開けると、優しい音色が流れ出した。
その瞬間、Rustyは強い反応を示した。
「この音色……! ああ、そうだ……クララ様は、このオルゴールの音色が好きで、よく私に聞かせてくださいました。特に、雨の日の午後に……」
Rustyは、涙が滲んでいるかのように、目を潤ませた。
エリアスは、アンドロイドが涙を流せる機能を持っていることに驚きつつ、Rustyの感情の深さに改めて心を揺さぶられた。
オルゴールの音色をきっかけに、Rustyは少しだけ、肖像画の空白の人物について語り始めた。
「その方は……クララ様の幼馴染で、とても大切な人だったと……。でも、二人は……ある理由で、離れ離れになってしまったそうです」
Rustyの言葉は途切れ途切れで、詳細はわからなかった。
しかし、その語り口からは、クララの深い悲しみが伝わってきた。
エリアスは、クララの残した絵、日記、そしてRustyの記憶を通して、祖母の人生の様々な側面を知り始めた。
しかし、まだ多くの謎が残されている。
特に、空白の肖像画の人物、そしてクララの過去の恋愛については、依然として深い霧に包まれていた。
エリアスは、Rustyと共に、これからも祖母の記憶の断片を繋ぎ合わせていくことを決意した。
それは、彼にとって祖母を知るための旅であり、同時に、自分自身のルーツを探る旅でもあった。