第二話 再起動
エリアスは、手探りでRustyの修理を始めた。
機械の知識はほとんどなかったが、クララの残したメンテナンス記録が役に立った。
古いバッテリーを交換し、各部のケーブルを繋ぎ直し、慎重に電源ボタンを押した。
沈黙の後、微かな駆動音が響き、Rustyの瞳の奥のLEDがゆっくりと点灯した。
「起動……シーケンス、開始」
掠れた、機械的な声が響いた。
エリアスの心臓がドキリと跳ねる。
本当に動いた。
Rustyはゆっくりと頭部を動かし、エリアスを捉えた。
「認識……エリアス・ヴェーラ様。クララ・ヴェーラ様の、ご親族であられますね」
「ああ、そうだ」エリアスは緊張しながら答えた。
「クララ様より、あなた様を私の新たな管理者として、登録するよう指示を受けております」Rustyの声は、以前よりいくらか滑らかになったように聞こえた。
エリアスはタブレットを取り出し、Rustyに過去の記録を見せた。
「あなたは、おばあちゃんと一緒に暮らしていたのか?」
Rustyの目は、タブレットの画面を静かに追った。
「はい。私はクララ様の身の回りの世話をし、話し相手を務めておりました」
「日記には、あなたのことがたくさん書かれていた」エリアスは少し躊躇いながら言った。
「あなたは、おばあちゃんにとって特別な存在だったようだ」
Rustyは数秒間沈黙した。「クララ様は、私にとって……かけがえのない存在でした」
その言葉に、単なるプログラムされた応答以上の何かを感じたエリアスは、さらに尋ねた。
「おばあちゃんは、どんな人だった?」
Rustyはゆっくりと記憶を辿るように、静かに語り始めた。
「クララ様は、非常に創造的で、自由な精神の持ち主でした。時に孤独を感じやすい繊細な方でしたが、美しいものを愛し、常に新しい表現を求めていました」
Rustyの語るクララは、エリアスが想像していたよりもずっと人間味溢れる人物だった。
彼は、もっと色々な話を聞きたいと思った。
「おばあちゃんの絵について、何か覚えていることはあるか?」
Rustyは少し考えてから答えた。
「クララ様の描く絵は、彼女の感情の鏡でした。喜び、悲しみ、希望、絶望……様々な感情が、色と形を通して表現されていました。特に、抽象画には深いこだわりを持っておられました」
その言葉を聞き、エリアスは自分のアトリエに飾られた、かつて理解できなかったクララの抽象画に目をやった。
今、Rustyの言葉を通して見ると、以前とは違う感情が湧き上がってきた。
「クララ様は、よく私に絵の話をしてくださいました。『言葉で伝えられない感情を、色で表現できるのが絵の素晴らしいところだ』と」
エリアスは、初めて祖母と心が通じたような気がした。
言葉ではなく、芸術を通して、二人は繋がっていたのかもしれない。
その夜、エリアスはRustyと共に、クララの日記を読み返した。
Rustyの補足説明を聞きながら、エリアスは祖母の人生を少しずつ理解していった。
そして、Rustyというアンドロイドを通して、失われた時間を取り戻そうとしている自分に気づいた。