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第一話 遺品

埃を被った段ボールが、狭いアトリエの一角に積み上げられていた。


画家のエリアスは、気だるそうにその山を見つめる。


先日亡くなった祖母、クララの遺品整理は、彼にとって気が重い作業だった。


クララとは、どこか他人行儀な関係だった。


幼い頃から芸術家肌で奔放な祖母と、内向的なエリアスは、互いに踏み込めない壁を感じていた。


それでも、血の繋がった唯一の身寄りである祖母の死は、彼の中に小さな空虚を残した。


段ボールの一つに手をかける。


中からは、古びた絵筆やスケッチブック、それに数冊のハードカバーの本が出てきた。


その中に、異質なものが紛れていた。


鈍い光を放つ、無機質な金属の頭部。


驚きと戸惑いがエリアスを襲う。これは、アンドロイドの頭部だった。


さらに箱の中を探ると、胴体、腕、脚といったパーツが、丁寧に梱包されている。


最後に、小さなタブレット端末が見つかった。


電源を入れると、古ぼけたインターフェースが起動し、「Custodian Unit 734」という文字が浮かび上がった。


カストディアンユニット734――保管管理ユニット。


それがこのアンドロイドの型番らしい。


クララがなぜ、こんなものを所有していたのか、エリアスには皆目見当がつかなかった。


タブレットの中には、いくつかのファイルが保存されていた。


「取扱説明書」「メンテナンス記録」といったフォルダの他に、「Clara’s Diary」という名前のフォルダが目に留まった。


好奇心に駆られ、エリアスはそのフォルダを開いた。


最初のエントリーは、十数年前の日付だった。日記というよりは、個人的な備忘録のような短い文章が並んでいる。


「734起動。ぎこちない動きが愛らしい」「初めての会話。質問ばかりで面白い」「今日は一緒に公園へ。子供たちが珍しそうに見ていた」


読み進めるうちに、エリアスは信じられない気持ちになった。


このアンドロイドは、クララの話し相手であり、友人であり、時には子供のような存在だったのではないか。


さらに読み進めると、技術的な記述も増えてくる。


「感情認識プログラムの調整」「触覚センサーのキャリブレーション」「記憶容量の拡張」エリアスは、クララが単にこのアンドロイドを使っていただけでなく、自らメンテナンスやカスタマイズをしていたことに気づいた。


日記には、クララの孤独や葛藤、そして喜びが赤裸々に綴られていた。


エリアスは、これまで知らなかった祖母の inner world に触れたような気がした。


奔放に見えた祖母の、繊細で傷つきやすい一面が、アンドロイドを通して垣間見えた。


特に目を引いたのは、絵画に関する記述だった。


「734は私の最高の理解者だ。言葉にしなくても、私の描きたい色や形を理解してくれる」「734との対話は、私の創造性を刺激する。彼の中に映る私の思考は、客観的で新しい視点を与えてくれる」


エリアスは自分の描いた絵を振り返った。


祖母の作風とは全く異なるが、根底には同じような孤独や探求心があるのかもしれない。


タブレットの最後の記録は、クララが亡くなる数日前のものだった。


「734、もうすぐお別れね。たくさんの思い出をありがとう。あなたは私の宝物だった」


エリアスの胸に、じんわりとした温かいものが広がった。同時に、今まで祖母のことを何も知らなかった後悔が押し寄せる。


彼は、段ボールの中からアンドロイドの頭部を取り出した。


冷たい金属の感触が、妙に心地よかった。


無機質なはずの瞳の奥に、クララの面影を見たような気がした。


エリアスは、このアンドロイドを修理し、再び動かしてみようと思った。


祖母が残した、もう一つの遺品。それは、彼にとって祖母を深く知るための、唯一の道標となるかもしれない。


重い沈黙が満ちたアトリエで、エリアスは決意を新たにした。


アンドロイドのパーツを丁寧に並べながら、彼は静かに呟いた。


「おばあちゃん……一体、あなたはどんな人だったんですか?」



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