4か月目~第4週~合宿、真帆の気遣い
カップを渡す手と手が触れあった。
雄太とキキョウ。
胸が高鳴るのを感じるキキョウ。
今までになかった感覚だ。
その一部始終を真帆が見ていた。
真帆は、雄太がキキョウに好意を持っていることにはすぐに気付いた。
この家に来て、すぐにキキョウを探していた、キキョウが同じ空間にいるときは常に視線がキキョウを追っている。
それも、悟られないようにするためか、伏目がちにしながら。
「まるで課題図書じゃない」
と真帆が一人つぶやく。
今回の課題図書、叶わぬ恋の物語だ。
「この合宿の目的は、そういうことね」
と一人つぶやく真穂。
感想文は皆それなりに書きあがっているようだ。
キキョウの、叶わぬ恋でもあきらめない、その一文を読んだ真帆。
思わず微笑んでしまった、少しだけ切ない笑顔だったが
感想文にめどが立ってくると、昼食後の満腹も手伝っていささか皆だれ気味だ。
睡魔が押し寄せているのか、岳ときたら半分居眠りをしている有様だ。
玲奈とキキョウも何やらおしゃべりに夢中、雄太はスマホで何やら調べものの最中だ。
几帳面な真帆は作成したスケジュール通りに、予定を進めようとしたのだがそうはいかない。
それに、雄太とキキョウを見てしまったからにはなおさらだ。
この「合宿」が課題やら宿題やらをするために計画されてたものではないことが明確となった今、
真帆も一緒になってキキョウたちのおしゃべりに加わっていた。
「さあ、忘れられない夏ってやつを満喫しなさいよ」
思い思いにくつろぐ4人を見ながら真穂が心の中で言った。
やがて日は傾いてゆき、空には夕焼けが広がっていた。
だんだんと暗くなり始めている。
「夕飯は庭で食べよ」
と真帆。
岳の家の庭にはベンチとテーブルが置いてあり、時々家族でバーベキューなどをやる。
この合宿でもと提案したが、両親の不在により却下された。
夕食はまたもデリバリーで、お弁当を頼んだ。
「食べ終わるころには真っ暗になるだろうから、花火やろうね」
と真帆。
「花火?」
キキョウはまた慌てて解析をする。
花火と言う言葉は知っている。
夜空を彩る打ち上げ花火、これは見たこともある。
しかし、こんな一般家庭でできる花火って何だろう。
「ほら、この前浅草に行って買ってきたんだよ」
と真帆が家庭用花火セットを抱えてやって来た。
「ふうん、これが花火か」
それをみながらキキョウが言う。
頭の中にイメージがよぎる、小さな花火がパチパチと音を立てきらめく様子が浮かんできた。
「わあ」
歓声が上がる。
庭の真ん中で、小さな花火大会が始まった。
手持ちの花火に火をつけると、色とりどりの火花と煙、音もすごい。
皆それぞれ、好きな花火に火をつけていく。
「あ、終わったのはここにいれてね」
と真帆が水の張ったバケツを指さした。
「きれいだね」
とキキョウが言う。
「うん、そうだね」
と答えるのは雄太。
「それ、何?」
とキキョウが雄太が手に持っている、カラフルな和紙にくるまれた花火を見ながら言う。
「これ?線香花火だよ、知らないの?」
と雄太。
「えっと」
口ごもるキキョウ。
解析が追い付かない。
「海外生活、長いからね。これぞ日本の花火だよ」
と雄太が言い、1本の線香花火をキキョウに持たせた。
雄太がその線香花火に静かに火をつけたが、キキョウは訳も分からず動いてしまった。
パチッ、パチッと音を立てて、小さな火の玉が出来上がったが、キキョウの起こした振動で、
それはすぐにポタリと地面に落ちてしまった。
「あー、消えちゃった。」
とキキョウが驚いたように言う。
「そんなに動かすから、火玉が落ちないように静かに持たないと」
と雄太。
「風に吹かれても落ちちゃうんだよ」
二人がいた庭の真ん中は、遮る者もなく夜風がすり抜けていた。
いつの間にか、庭木の傍でしゃがみこむ二人、
そして、キキョウの持つ線香花火に火がつけられた。
「今度こそ」
そう言いながら、そっと花火を手に持つキキョウ。
すぐに、火球から、シュン、シュンと言う音と共に、火花が散り始めた。
最初は小さく、そしてどんどんと大きくなっていく。
「すごい、変わっていくのね」
と驚き言うキキョウ。
そう言いながら雄太の顔を見るキキョウ、その時また手が動いてしまった。
火球がぐらぐらと揺れる。
「あ、落ちないで」
とキキョウ。
その時雄太の手がキキョウの手を包み込んだ。
二人で線香花火を持ちながら、じっと火花を見つめる。
知らない間に、身体が密着するほど近くにある。
キキョウがふと雄太を見ると、その目がすぐ前にある。
こんなに近づいたのは、はじめてだ。雄太の顔、きれいな整った顔、そして知的だ。
キキョウはまた心をドキンとさせていた。
すると、雄太は静かに笑った。
「楽しいね」
そう言いながら。
そういう雄太の言葉と共に、吐息がかかる。
自分息も雄太の顔に届いているのだろう、そうキキョウが思うとほぼ同時に、
キキョウの唇に温かいものが触れていた。
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