2日目~疑問
2日目にはどんな「玲奈」が現れるのか。
家に帰り、無言で部屋に行くと制服を着替える岳。
「お弁当箱、ちゃんと出しなさいよ」
と階下から母の声がする。
夕食までのひととき、いつもならリビングでソファに転がりながらスマホをいじったり、
テレビを見たりしているのだが、今日はベッドに倒れこんだ。
「疲れた」
なんという日だったのだろう。
今日のこの状況がにわかに理解できない、いやしたくない。
それでも、電車の窓越しに見たあの姿がありありと目に浮かぶ。
「俺、もしかしたら実は昏睡状態とかになってじゃね?」
と一人つぶやく岳。
それほどに信じられない。
まるでアニメ?ゲーム?
これで一晩寝たら、元に戻ってる、とか?
もう思考がパンクしそうだ。
「それにしても、アルテミス、きれいだったな」
と岳。
あの女神のなかのアルテミス、まるでAIで作られた人形のようだった。
アルテミスだけでなく、アテナとビーナスも街を歩けば誰もが振り返るだろう。
そんなことを考えている間に、キッチンの母から呼ばれ食卓に着く岳。
今夜は母と二人だけだ。
父は仕事でまだ帰宅しておらず、姉の真帆もアルバイトだとか。
真帆は大学2年生。小さなころからいつも岳の事を必要以上に世話してくれる、おせっかいな姉だ。
まあ、頼りにはなるのだが。
「GWはどうするの?」
と母が聞く、
今は4月、月末からは大型連休だ。
岳はもちろん、カレンダー通りに登校するが、それでも3連休と4連休がある。
「べつに、友達と遊ぶくらいかな」
ぶっきらぼうに答える岳。
そうだ、連休。
毎日、玲奈に会えるのか?
さっさと食事を終え、部屋に戻った岳。
これから毎日、玲奈に会わなければいけないってこと、だよな?
可能なんだろうか。
この状況を受け入れないでいる反面、なんとか女神のだした「課題」をクリアできることを模索する岳。
玲奈にメールをしてみた。
「俺、どうすればいいんだろう?」
と。
すぐに返信があった。
「君はとてもいいやつなんだね。今日だけしか会えないなんて残念だよ。
岳なら大丈夫。その日の玲奈のいいところ、見つけてあげて。
じゃ、さようなら」
と。
ちょうど時刻が午前0時になったところだった。
岳はあの電車の窓ガラスに映った姿を思い出していた。
「そよなら、か」
翌朝、いつものようにのんびりと朝の支度をして、駅に向かった。
改札口付近で、
「おはよー」
と駆け寄ってくる人影。
玲奈だ。
少し緊張しながら玲奈と電車に乗る岳。
窓ガラスには何が映るんだろうか、いつも玲奈なのだろうかそれとも。
「現実か」
岳が呆然とつぶやいた。
二人、電車に乗り、吊革につかまる。
地下にもぐったその時、窓に映ったのは、玲奈ではなく
アルテミスに似た美しい女の子だった。
思わず窓ガラスのその姿に見とれる岳。
となりの玲奈の咳払いでようやく我に返るほどだ。
「今日は私よ」
とその玲奈が言う。
髪をそっと耳にかける仕草が、なんというか、そう、色っぽい。
電車を降り、高校までの道で、
「今日の玲奈、好きだわ」
と軽い気持ちで言ってみた。
言えた。
「今日もクリア?」
と岳。
「そうみたいね」
と今日の玲奈が言う。
「私のどこが良かったの?」
と玲奈が聞く。
「いや、かわいいところ」
電車の姿、仕草を思い出しながら岳がそう答えた。
「それもありってことね」
と玲奈。
「あの、きみ」
と玲奈に話しかける岳。
「なによ、あらたまって。そんな風に呼ぶことなんかないでしょ」
玲奈が笑っている。
「あの聞いていい?
僕は、どの玲奈の事が好きならいいの?」
疑問だった、乗り移っている「玲奈」の正体を好きにならなければいけないのか、
その乗り移った玲奈の中に、本物の玲奈をみつけるのか。
「うーんとね、そのあたりは、まあ、なんとなくでいいみたいよ。
要はどっちでもいいってことかな」
と玲奈が答える。
「そうなの?結構いい加減じゃない?」
「そうだよ、だいだいこんなことになるはずじゃなかったんだから。
私が今日、ここに来るってのだって、昨日聞いたばかりよ。
ほんと、女神たちって行き当たりばったり」
今日の玲奈は陽気なタイプだ。そしてよくしゃべる。
「じゃ、今日はもう気が楽だね。私、放課後は部活だから一緒に帰れない、
早めにクリアしといてよかったね」
そう言うと玲奈は自分の教室に向かって駆け出して行った。
その日は、前日に比べると、心穏やかで授業にも集中できた。
放課後、この日は一人で下校だ。
岳はそのまま帰宅せずに、日曜日に玲奈と行った、あの廃墟と化した教会へ向かった。
そこは、高校のある駅と自宅最寄り駅の中間地点にある。
駅前には大きなショッピングモールがあり、週末にはかなりの人でにぎわっている。
そのショッピングモールを抜けて少し行ったところ、だったはずだ。
そのあたりに、怪しげな森林があったんだ。
外はまだ明るかったが、西の空に夕焼けが出始めていた。
もうすぐ暗くなる。
「あんなとこ、暗い中行ったら、ホラーだ」
そう言いながら岳は急ぎ足になっていた。
「なにか、わかるかもしれない」
それだけの想いで、岳は急いで歩く。
しかし、いくら行ってもあの「森のような場所」は見当たらない。
方角は間違いない、ショッピングモールを出て、ドラッグストアの前をまっすぐ行き、それから
2つ目の信号をわたったところ、だったはず。
しかし、岳がいくら歩き回っても、そこには住宅街が広がっているだけだった。
そろそろ辺りが暗くなり始めた。
「仕方ない、出直すか」
そうつぶやき、引き返そうとする岳。
その時、ちょうど曲がり角に当たる小さな民家の前に立っている掲示板が目に入った。
ここは、普通の家ではなくこの地域の集会室のようだ。
掲示板には、いろいろな「お知らせ」が貼られていた、
「俳句教室生徒募集」とか、「演歌を歌おう」とか、
その中に、
「白崎町の歴史を学びましょう」
いうものがあった、白崎町はこのあたりの地名だ。
チラシも横に置いてあった。
それを何気なく手に取る岳。
そこには
「白崎町には女神がいた!?」
そんな見出しが書かれていた。
「女神?」
思わず声に出す岳。
「おや、学生さん、興味があるのかい?」
ちょうどその集会室から出て来た老人が岳に声をかけた。
「この町には女神伝説ってのがあるんだよ。どうだい?日曜日に講演会があるから聞きにこないか?」
その老人が言う。
見ると、黒いマントのような服を着ている。
教会にいる牧師か神父のようだ。
岳は、思い切って、
「あの、このあたりに古い教会はないですか?ほとんど廃墟のような」
と聞いてみた。
「おい、君、見たのか?」
とその老人が声を荒げて岳に言う。
「どこに?」
そう言いながら強い口調で岳に詰め寄る。
「いや、あの」
あまりの迫力に恐ろしくなり、岳はそのまま逃げるように立ち去った。
「おい、きみ」
とその老人の声を背中に聴きながら。
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