2か月目~第3週~キキョウの力と使い魔
キキョウの体調は?
「私、どうしちゃったんだろう」
その場にしゃがみこんだキキョウ。
周りが白くぼやけて見えなくなっていた。
「キキョウちゃん?」
呼ばれているのはわかるが、その声がどこから聞こえてくるのかわからない。
「ここへ」
「ゆっくり」
そう言う声をかけられながら、誰かに身体を支えられて椅子に座ったのがわかった。
「お水だよ」
と差し出されたコップから冷たい水を飲む。
するとだんだん、視界が開けて行く。
キキョウの両脇には朝陽と萌、そして亮と雄太も側にいた
「あの、救急車を呼びましょうか」
と先ほどの警備員が言った。
「救急車?」
キキョウが必死で解読をする。
救急車で運ばれる先は病院らしい。
病院、まずい。そんなところに行ってしまったら、自分がこの世の人間ではないことがバレてしまう。
そこまで判断できるまで、すでに既にキキョウは回復していた。
「あ、しばらく休めば大丈夫です。ちょっと貧血。いつものことなので」
と警備員に言うキキョウ。
「そうですか?では何かあったらすぐにお伝えください。
スリの件はまた後日、お話を」
警備員はそう言うと、その場を離れて行った。
萌がその警備員に、学校名と連絡先を知らせてくれたおかげで、警備員はそのまま引き下がってくれたのだ。
そして、キキョウも少しだけ、力を込めた。
「私をほっておいて」
と。
するとまた、目の前が白くチカチカし始めた。
水を飲み、深呼吸をするキキョウ。
「これくらいで、なんで」
とつぶやくキキョウ。
「キキョウちゃん、家に帰る?」
と朝陽。
キキョウの家はここから近い。
「でも今は家の人誰もいなくて。私今日は鍵を持ってくるの忘れちゃって、
家に入れないわ」
とキキョウ。
「じゃあ、僕の家で休みますか?」
そう言ったのは雄太だった。
「僕の家も、ここから近いんです」
幸い、雷雨ももう止んでいるようだ。
キキョウたちはゆっくりと歩きながら雄太の家に向かった。
雄太の家はショッピングモールを抜けたすぐのところにあった。
先ほど、森が出現していた少し手前だ。
雄太の家は大きく古い日本家屋だった。
風情のある門をくぐると、玄関まできれいに手入れをされた庭木が並んでいる。
皆が玄関に到着すると、待ち構えていたかのように扉が開いた。
「雄太さん、お帰りなさい」
そう言って高齢の女性が出て来た。
「ばあちゃん、クラスメイトが具合が悪くなって少し休ませて」
と女性に告げる雄太。
この女性は雄太の祖母なのだそうだ。
雄太の祖母が、キキョウたちを家の中に招き入れてくれた。
広い玄関から、応接間に通された。
応接セットと重厚な背の低い家具。
普段は使われていない部屋らしく、入った瞬間、湿気と消臭剤のにおいが立ち込めていた。
「さ、キキョウさんはこちらに」
雄太が大きな一人掛け用の椅子をキキョウに薦めた。
キキョウがふかふかの椅子に座ると身体が沈み込んだ。
「さあさ、お茶をどうぞ」
しばらくして、祖母が大きなお盆をもって入って来た。
祖母はローテーブルに、お茶やお菓子、フルーツなどを並べた。
「これは貧血に効くようよ」
そう言うと、鉄分の多い果汁のジュースをキキョウに手渡した。
「学校には連絡を入れたわ。少し帰りが遅れるって」
と朝陽。
課外学習の時間は限られており、学校に戻る時間が決められていたのだ。
「お前の班は病人が多いなって言われちゃったわ」
そう言って笑う朝陽。
岳も仮病を使い、保健室で待っている。
それに加え、キキョウの体調不良となればそう言われてもおかしくはない。
「少し休めばもう大丈夫よ」
とキキョウ。
「じゃ、ここで休ませてもらって、ぼちぼちと学校へ戻ろ」
萌がお菓子を頬張りながら言った。
「そういえばさ、お前んち、女神の何んとかがあるとか言ってなかったっけ」
と亮が思い出したように言った。
「ああ、女神の首飾りね。あるよ」
と雄太。
「え、見せてよ。せっかく雄太の家に来てるんだから」
朝陽が言う。
雄太は一瞬、顔をひきつらせた。
「雄太」そう呼ばれたからだ。
今まで、あまり打ち解けられる友達もおらず、一人でいることが多かった。
特に女子とはどう接していいかわからないからほとんど会話もしない。
だから、自分の事を名前で呼ぶ女子がいるなんて。
「いいよ、床の間にあるから和室に行こう」
と焦りを隠し雄太が言い、立ち上がった。
他の皆も、和室に向かうため立ち上がったが、キキョウだけはそのままで、
「私はまだここで休んでるわ」
と言い、皆も納得した。
雄太に連れられて、皆が応接間を出て行くと、キキョウは自分の通学バッグを手に取った。
そして、中を開ける。
その中には、
文房具のほかに、バッグの片隅には何かある。
黒い、ぶつぶつがたくさんある球体だ。
「ねえ、なんで逃げようとしたの」
キキョウはその球体に話しかけた。
「私のいう事、聞かないとだめだよね。罰は受けてもらうよ」
と続けるキキョウ。
「お前の服従の力が弱っていたからだ」
と、その球体が答えた。
「弱っていた?私の?」
とキキョウ。
「じゃなきゃ、お前は少しくらい力を使ってもこんなになるわけないじゃないか」
球体は言う。
キキョウは先ほどから、何度も自分の持つ魔力を使った。
森が出現したときの雷雨、スリをおとなしくさせ、警備員が自分たちから離れるように、
魔法の力でそうさせた。
それは特に大きな力でもなく、キキョウからすれば「片手間」くらいで出来ることだ。
それが、倒れる寸前になっていしまった。
あの、「貧血」はもちろん貧血ではなく、大きな魔力を使った後に起きるダメージだ。
「なんでよ」
とキキョウ。
自分の「力」はかなり強力で、それくらいの事で身体的には何も影響はないはずなのに。
「ねえ、イレジウム、あなたも私の力が弱いと感じてるのよね?」
キキョウはイレジウムと呼んだ、その黒い球体に聞いた。
「そうだね、我はキキョウの使い魔、通常なら100パーセントあんたに服従だけど、今は60パーセントってとこかな」
とイレジウムと言う球体が言った。
「で、逃げ出す計画でも立ててんの?」
キキョウが言うと、
「まあ、そうだな。この際、自由の身ってのもいいものだ」
とイレジウムが答えた。
「でもさ、ここはあっちの世界じゃないのよ、あんた一人ぼっちでどうやって暮らしていくの?
私が調達してあげないと、ここにはあなたの食料もない。私から離れないのが得策よ」
キキョウにそう言われ、
「なんだ、おまえズルいぞ」
とイレジウムが声を荒げた。
「まあ、そのうちあっちの世界に戻してあげるから。それまでは私の側で私に従っていなさい」
そう言うとキキョウはイレジウムに力を込めた。
「うわっ、服従の力が戻った、キキョウお前」
イレジウムは不満を言ったが、キキョウはそれを無視し通学バッグをチャックを閉めてしまった。
そうしている間に、
「わーほんとにあるのね、首飾り」
そう言いながら皆が戻って来た。
「まあ、本物かどうかは怪しい感じだけど、古い品ってことはよくわかったわ」
と朝陽が言う。
「じゃ、そろそろ戻ろうか」
亮の言葉で、皆荷物を持ち雄太の家の玄関に向かった。
「まあまあ、またいらしてくださいね」
と雄太の祖母が見送ってくれた。
そして、最後に玄関を出ようとしていたキキョウに、
「お帰りなさい。アトロ・キキョウ」
と雄太の祖母はそうキキョウの耳元でつぶやいた。
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