2か月目~第3週~出現した森
岳とキキョウが揃っていないのに、なぜか森がでてきちゃった。
「え~ あれれ? こんなところに公園なんかあったっけ?」
萌が言う。
女神伝説の調査のため、
「白崎の森」と呼ばれる女神伝承の地にやってきた、
朝陽、亮、萌、雄太、そしてキキョウ。
岳とキキョウ揃わなければ、女神の森は現れない、はず。
だから、岳は仮病を使って、この校外学習をサボっているというのに。
皆の前に広がる、うっそうとした木々。
これは女神の森、その奥にあの教会がある。
「新しくできた公園なのかな?そう言えば広報誌に書いてあったような気もするんだけど」
と朝陽。
こんなところに新しい公園など出来てはいない。その予定もない。
しかし、今は朝陽の曖昧な記憶に感謝だ。
「そうなんだ、公園か。じゃあ、引き返そうよ」
とキキョウが皆をなんとか森から離れるように仕向けた。
「公園かあ、遊ぶものあるかな」
それでも亮は興味があるようだ。
「そうだよね、入ってみようか」
と朝陽も乗り気だ。
まずい、
中に入ると、自然と足は奥に進んでしまう。
そうすれば、教会にたどり着く。
「公園」いや森の入り口に向かい、歩き出した皆の背後で、キキョウが力を込めた。
すると。
空がみるみる暗くなり始めた。
あっという間に、真っ暗い雲が頭上を覆っていた。
「なに?雨でも降るの?すごい黒雲」
と萌。
他の皆も空を見上げる。
その時、稲光が光ると、
「ドドーーン」
と大きな雷の音がした。
また空がピカッとひかり、「バリバリ ドーン」とものすごい音。
「うわあ、雷だ」
と頭を押さえる朝陽。
急に冷たい風が吹き始めた。
今にも雨が降りそうだ。
「ザーッと来そうですね。屋根のある所に行った方がいいよ」
と雄太。
皆は急いで今来た道を戻り、ショッピングモールへと向かった。
ショッピングモールの建物の中に入ると、すぐ空からポツポツと雨粒が落ちて来た。
そして、あっという間に、外が霧でかすむ程の雨が降り始めた。
「あーぎりセーフ。よかった」
と亮が言う。
5人はショッピングモールのフードコートまで戻り、
その一角のテーブルに座ってしばらく雨宿りを始めた。
「なんとか森からは遠ざけられた。よかった」
とキキョウ。
急な雷雨のため、ショッピングモールに雨を避けようと逃げ込んできたのは、
キキョウたちだけではないようだ。
フードコートはみるみる人が増え、席もほぼ埋まっていた。
「何か、買わないと居づらいよね」
と萌と朝陽が口をそろえて言う。
「じゃ、ポテトとコーラでも買ってくるか」
と亮。
「私はたこ焼きがいい」
朝陽はそう言うと、たこ焼きのお店に向かって行った。
「じゃあ、私はドーナツ。ねえキキョウちゃんはどうする?」
と萌が尋ねた。
「私も、ドーナツにする。みんなが戻ったら一緒に買いに行こう。
席、誰もいなくなっちゃうから」
そう言うキキョウと萌が、5,6人は座れる大きなテーブル席に残った。
その間にも、フードコートはどんどん混みあっていった。
まるで休日の昼間のようだ。
「混んでるね」
と萌。
席を取れない人たちが、キキョウたちの様子を伺うように通り過ぎる。
大きなテーブルに二人だけ。しかも机の上には何も乗っていない。
かなり気が引ける状況だ。
「お待たせ。交代しよ」
たこ焼きの乗ったトレイを持った朝陽が戻って来た。
ポテトとコーラ、そしてハンバーガーを持った亮と雄太も席に戻る。
「じゃ、行ってくるね」
と学生カバンを抱えたキキョウと萌がドーナツコーナーに向かって歩き出した。
フードコートの狭い通路は、行きかう人であふれていた。
席を探している人、食べ物を運ぶ人。
キキョウと萌が人とぶつからないように歩いていると、
数人の男たちが静かに、二人に近寄ってきた。
そしてキキョウたちを取り囲む男たち。
いつの間にか、男たちの歩調に合わせざるを得ない。
速度はどんどん遅くなっていた。
肩にかけていたキキョウの学生カバンが引っ張られるような感覚があった。
「え?」
とカバンを手で押さえるキキョウ。
しかし、男たちによって隠されながら、カバンは既に一人の男によって中を物色されていた。
ものすごい早業だ。
カバンのチャックを開け、中に手を入れる男。
キキョウはその男の顔を凝視した。
男もキキョウを見た、そして意外そうな表情を浮かべる。
「気付いたのか」
とポツリと言う男。
次の瞬間、
「うわああー」
その男が悲鳴を上げ、手をカバンから引き抜いた。
そしてその右手を振りながら、驚いたように叫び続ける。
一瞬見えた男の右手、それは何か黒い物体で覆われていた。
騒然となる周囲。
騒ぐ男を遠巻きに、人だかりができていた。
「どうしました」
と駆け付けたのは警備員だった。
「俺の手が」
男はそう叫びながら、右手を振り回す。
「右手がどうしました?」
と冷静に聞く警備員。
「あいつのカバンにいた何かに」
と右手を差し出しながら男は言う。
しかし、その右手にはもうさっきの「黒い物体」はなくなっていた。
「あのお嬢さんのカバンだって?」
と警備員。
キキョウの通学バッグは、チャックが開けられて中がむき出しになっていた。
しかも、きちんと整理して入れていた文房具が散乱している。
「あ、私の通学バッグ、何で開いてるの?中もめちゃくちゃ」
とキキョウが驚いた様子で言う。
少しわざとらしいが、誰にもわからないだろう。
「お前たちは、このあたりに出没しているスリグループだな」
既に数名の応援警備員も駆け付けていた。
「事務所まできてもらおう」
そう言う警備員。
「いや、手はもう何ともない。
あの子のバッグ?俺は知らない。何かの勘違いだ」
と男がシラを切るが、
「お前たちの情報は事前に把握済みだ。さあ、事務所へ」
と問答無用で、男たちを連れて行った。
「俺は何も」
そう言いながら右手を上げた男。
その右手、手のひらには何かの歯形がはっきりと残っていた。
「お嬢さん、君たちにも少し話を聞きたいんだが」
と警備員が言う。
キキョウはその言葉の上の空と言った様子で、
目が何かを探していた。
そして、フードコートの隅にいた何かを捉えた。
男の手にいた「黒い物体」だ。
そして、力をこめる。
黒い物体が、黒い霧のようになり、すーっとキキョウの通学バッグに戻ってきた。
「じゃあ、事務所まで。話をきかせてほしい」
警備員にそう言われ、やっとキキョウが頷いた。
警備員に伴われ、歩き出したキキョウと萌。
しかし、キキョウがその場で立ち止まった。
そして、手で目を覆うと、その場にしゃがみこんでしまった。
「キキョウちゃん、どうしたの?ねえキキョウちゃん」
萌がキキョウを呼ぶが、キキョウは答えない。
「あらま、私、どうしちゃったんだろう」
萌の呼ぶ声がだんだんと遠くなり、周囲が真っ白になっていった。
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