1日目~これ、現実?
訳も分からなまま、1日目が始まりました。
通学途中の電車の中。
二人並んで吊革につかまる岳と玲奈。
しばらくは地下を走るこの電車。
窓ガラスが、鏡のように車内の様子を映している。
しかし、その窓ガラスに映った玲奈の姿は
この世のものとは思えない、怪物だった。
頭には小さな角があり、血管の浮き出した目をぎょろりと見開き、
どす黒くしわだらけの顔、そして吊革につかまる手はまるで骨だ。
「なんだこれは、あれは夢じゃなかったのか」
と岳がつぶやく。
玲奈と一緒に迷い込んだ廃墟の教会で、女神の聖なる像を壊してしまった。
女神が言うには玲奈はわざと叩き壊したというのだ。
その罪として玲奈は異世界の聖地に囚われ、今ここにいるのは異世界の誰かが乗り移っている玲奈なのだ。
夢じゃなかった。
電車の窓ガラスに映る、この世の生き物ではない姿を見ながら岳は確信していた。
しかし、そのおぞましいほどの姿、他の人には見えていないようだ。
周囲が誰も騒がないから。
窓ガラスから視線を隣の玲奈に移す岳。
そこにいるのはいつも通り、制服を着た玲奈の姿だった。
岳の視線を感じたのか、玲奈が
「どうしたの?」
と不思議そうな顔をする、いつもの玲奈だ。
「あの玲奈?」
「だから何?どうしたの?」
岳がもう一度、電車の窓ガラスを見るが電車はちょうど駅のホームに入ったころで、
外が明るく照らされており、もう車内の様子が反射されてはいなかった。
「光明ヶ丘駅~」
車内アナウンスがあり、ドアが開く。
ここはいくつかの路線が乗り入れているから乗降客も多い。
岳たちの高校はこの駅で降りて歩いて15分ほどだ。
二人で改札を抜け、高校につながる道を歩く岳と玲奈。
時折、友達が通りすがりに声をかけてくる。
ほぼ、玲奈の友達だ。
部活の子、同級生などなど。
玲奈は顔が広い人気者だ。
いつもは気にならないはが今は違った。
そんな玲奈の友達が鬱陶しい、
「二人きりにしてくんないかな」
と心で言う岳。
歩調を速くしたり、遅くしたりしながら周囲の人をさりげなく遠ざけることができた岳、
そこでやっと、
「ねえ、玲奈」
と声をかける。
「なに?」
「あの、僕は玲奈の事が す、す、す」
あれ、どうしたんだろう。
言えない。
「好き」って言えない。
「なによ?どうしたの岳?」
玲奈が怪訝そうに言う。
「あの、きみは」
と岳。
「がんばってね」
玲奈はそう言うと、見えて来た校門にむかい走って行った。
同じ高校2年生の岳と玲奈だが、クラスば別だ。
岳は1組、玲奈は3組。
校舎の3階に岳のクラスが、4階に玲奈のクラスがある。
一足先に校舎に入って行った玲奈の後姿を見ながら、岳も教室に向かう。
「おはよう、緑川君。今朝も湯浅さんと一緒に来たの?」
声をかけてきたのは同級生女子、森口朝陽だ。
朝陽とは同じ中学からの顔なじみ。
気はいいけど、お喋りで情報通な子だ。
「そうだよ」
とそっけなく答える岳。
「いいね、彼氏と彼女って」
からかうように言う朝陽。
いつもなら、普通に下校する時は一緒に帰るが、それ以外で校内でわざわざ玲奈に会うことはほぼない。
しかし、この日はお昼休みに4階の玲奈のクラスに様子を見に行く岳。
教室の中では昼食を食べ終えた生徒たちが、談笑したり居眠りをしたりしている。
その窓際に、玲奈がいた。
数人の女子と一緒に楽しそうに話している。
いつもの玲奈の笑顔だ。
その玲奈が教室入り口の岳に気付いた。
岳を見る玲奈。
フッと笑い、目をそらした。
「あれは、やはり玲奈じゃない」
そう感じた岳、そのまま黙って自分の教室に戻った。
どうすればいい?
あの玲奈に「好きだ」と告げる。
今のままでは言えない。
あの「玲奈」の好きなところを見つけろってことか。
そんな時間はあるのか。
悶々と考える岳。
午後いや、その日は朝からだったが、授業はほぼそっちのけになっていた。
6時間目が終わり、下校の時間となった。
岳は部活動はやっていない、いわゆる帰宅部だ。
玲奈は手芸部だが、活動は週に一度。今日はない日だから、下駄箱で待ち合わせて一緒に帰る。
これがいつもの玲奈との決まり事だ。
カバンを持ち、下駄箱にいる岳、玲奈はまだ来ない。
「あいつ、来るのか?」
と岳がため息をついた時、
「岳~お待たせ」
と走ってくる玲奈。
「ああ、じゃ帰ろ」
そう言い歩き出す二人、いつもの岳といつもの玲奈だ、見た目だけは。
「今日はどうだった?」
岳が言うが、その様子はどうもぎこちない。
「あの、私の事もちゃんと見て。私の事も好きにならないと言えないよ」
と玲奈。
ちょうど、こじゃれたファッションビルの前を通ったときで、壁が鏡張りになっていた。
そこに映っているのは、あの「玲奈」だ。
「お前は?」
と岳。
「この姿見たとたん、お前呼ばわり?私の世界ではこれでも美少女なのよ。見た目で判断しないで」
とその「玲奈」が言う。
その言葉にしばし考え込む岳。
確かに、その見た目で判断していた。あの姿、とてもおどろどろしい。この世の者とは思えない、というかこの世の者じゃないんだから仕方ないのか。
こいつの住む世界、こんな奴らばかりなのか、先が思いやられる。
そんなことを考えている間に、鏡張りの壁を通り抜けた。
もうあの姿の玲奈ではない。
電車に乗り、自宅のある最寄り駅で降りた。
改札を抜ければ、岳は真っすぐに、玲奈は右に歩いていく。
次に会うのは最短で翌日の朝。
それがいつもの事だ。
それでは遅い。
このままじゃ。
ちょうど駅前の横断歩道を渡っていた時、すれ違った人のポケットから何かが落ちた。
パスケースだ。
落とし主は気付かずそのまま駅に向かって行った。
素早く拾い上げた玲奈。
そして、
「落とし物ですよー」
と叫びながら追いかけて行った。
しかし、その落とし主はイヤホンで耳を塞いており、玲奈の声が聞こえていない。
しかもかなりの速足だ。
かなり行ったところでやっと追いついた。
玲奈がパスケースを渡すと、慌てて自分のポケットを確認するその通行人。
そして、玲奈に何度も頭を下げていた。
「よかったね、あの人。改札口で落としとことに気付いていたら探すの大変だったよ」
と玲奈が息を切らしながら言う。
「交番に届けるってのでもよかったのに」
と岳。
ちょうどすぐそばに、交番がある。
「でも走れば追いつく距離だし、すぐに渡してあげた方がいいじゃん」
と玲奈が岳に意見に反論した。
「そうだね、玲奈はそういう時にほっておけないよね」
岳はいつもの玲奈を思って言った。
そうだ、玲奈はこんな子なんだ。
「だよね、玲奈。玲奈のそういうところ、好きだ」
あ、言えた。
玲奈に「好きだ」と。
その言葉に、「玲奈」は微笑みながらうなずいた。
「よかったね、今日はクリアだ」
と言いながら。
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