24日目~転校生
チャミ、何とか無事のようです
「チャミはしばらくは外出禁止だね」
「ほんと、危ないったらありゃしない。庭に出ただけで迷子になるなんて」
「何かあったらと思ったら昨日は全く眠れなかったのよ」
口々に言う、両親と真帆。
チャミは庭に出たところ、何かのきっかけで敷地の外に出てそのまま戻ることができなくなり、
公園よこの水路に落ちてしまった。
低体温とかすり傷、どちらも大事には至っていない。
チャミの飼い主たちはそう説明を受け、タオルにくるまって大人しくしているチャミを
腕に抱きしめる。
帰りの車に揺られながら、
「まあ、よかった。チャミが家の中でも快適に過ごせるように、キャットタワーでも買ってこよう」
運転しながら父が言った。
「あの都留田動物病院、先生はもっと年配のおじさんだったと思ったんだけど、随分若い方だったわね」
と母。
あのキキョウのことだ。
あの場にいたのは、まあ仕方のない事だろう。
チャミュを救うにはそれが一番だったから。
自宅に戻ると、チャミュいや白猫のチャミはリビングに作ってもらった
ふかふかのペット用ソファの中で丸くなっていた。
側には温かいミルクと、ツナが置かれていた。
「ま、成就の力を狙われたとかじゃなくてよかったな」
小声でチャミュにそうつぶやく岳。
チャミュは
「みゃ」
と小さく返事をするだけだ。
チャミュはリビングの片隅でくつろいでいるし、真帆や母がそれを見守っている、というか監視している。これでは天使のチャミュと話す事はできない。
いや、その前に、たっぷりミルクを飲んだチャミュはウトウトと眠っている。
ソファには窓からの柔らかい日差しが差し込み、うたた寝をするのにちょうどいい暖かさなのだ。
「じゃ、もう一度」
と岳はセバスチャンを連れて再度散歩に出かけた。
「さっきはありがとな、セバスチャン。お前のお陰でチャミュを見つけられた」
岳がそう語りかけると、セバスチャンは岳を見上げ、鼻をフフンと鳴らした。
まるで岳の言葉が分かっているかのようだった。
いつもの散歩コースを歩く岳と
今回は、大人しく岳のリードに引かれるがままのセバスチャン。
やがて玲奈の家の前を通りがかった。
玲奈宅の庭をぐるりとまわる。
すると、待ち構えていたかのように玲奈がそこにいた。
「ねえ、昨日は大変だったんだって?大丈夫だったの」
と玲奈。
今日の玲奈はチャミュの存在を知っているようだ。
いつの間にか、庭から出て来た玲奈が岳と並んで歩いている。
「あの子さ、意外とヌケてるのよね。能力は優秀なんだけど」
とチャミュの事を話す玲奈。
「知ってるの?」
と岳が聞くと、
「そりゃあね、私の従弟だもん」
と玲奈。
近くに鏡や姿が映るガラスがないから本来の姿を見ることはできない。
しかし、もう何を言われても驚かない自分がいる。
そんな岳に、
「ねえ、あの子のこと、よろしくね。岳の護衛をするんだって張り切ってこっちに来たはずなのに、
来た途端にこれだもん。あの子はこの世界の事あんまり知らないのよ」
と玲奈が言う。
「玲奈は」
岳がそう言いかると、
「私はミーファ」
「そうなんだ、じゃ、ミーファ。君はこの世界の事を知っているの?
と岳が聞く。
「私の家族はね、自由にこちらと往来ができる特典をもっているの。
女神さまに貢献したからね。
だから時々こっちに来て、スイーツ食べたり、ライブ行ったりしてるのよ。
だから今日だって本当は玲奈としてここにいなくてもよかったんだけど、
それだとキミに会うのが大変だと思って、今日は玲奈としてここにいるわ」
とミーファ。
そんなこともあるんだ。
あっちの世界の住人が傍にいるって可能性。
「そうだよ、時々都市伝説とかあるじゃない、それは私たちが関わっていることが多いかな。
本当はこっちで印象に残ることなんかやっちゃいけないんだけど、成り行きでそうもいかないときってああるでしょ」
ミーファが力説をした。
ミーファはスマホを持っている。
これは玲奈の物ではない。
そこには、「推し」のライブの画像がたくさん保存されていた。
中には、「推し」とのツーショット写真も。
「こんなの絶対にやっちゃダメなんだけど、もう我慢できなくて。
こんなチャンスなんか二度とないもの」
そう言うミーファは夢見るような表情だ。
「玲奈としても今日一日が楽しいといいけど」
と岳。
「ありがとう。そうね玲奈としてなら、堂々とライブで推し活できるしね。
今日は何もないのよ、推しのイベント。残念だな」
とミーファ。
「じゃ、また次回に。玲奈としてこなかったとしてもまた来た時に協力するよ、推し活。
ほんとに嬉しそうに話すんだね、推しのこと。そんな玲奈好きだ」
岳が言う。
「あらまあ、ちゃっかり本日クリアだね。玲奈って言うところなんか、もう慣れてきたねえ」
岳はあえてミーファとは呼ばず玲奈と呼んだ。
これが重要なのだ、それをもう把握している岳。
あと少しで岳の家と行くところで、
「じゃ、私はこのまま引き返すね」
とミーファが言った。
「チャミュに会って行かないの?」
と岳が聞くと、
「会うとさ、ぶっとばしそうだから」
と笑いながら言うミーファ。
そのまま手を振って今来た道を戻って行った。
家に戻ると、チャミュはまだリビングのソファにいた。
それを横目で見ながら、2階の自室へ行く岳。
それからしばらく経った頃、岳の部屋のドアで物音がした。
開けると、そこには猫のチャミがいる。
部屋に入ると、また天使の姿に戻った。
身体をあちこちを伸ばすチャミュ。
「ああ、久しぶりに戻れた、もう身体バキバキだよ」
と言いながら。
「猫は身体が柔らかいんじゃないの?」
岳の言葉に、
「でもさ、天使の方がもっと身体能力たかいんだから。身体はいつでもほぐしておかないとね」
手を伸ばしながら言うチャミュ。
昨夜のダメージはもうほぼないようだ。
「そう言えば、今日の玲奈はミーファだったよ」
岳がそう言うと、
「え、あのミーファ?あいつかあ。宿題いっぱい残していきそうだ」
チャミュによると、ミーファはチャミュより少し年上で、いつもお姉さん風吹かせて、
自分に命令ばかりしてくる、とぼやいていた。
「でも心配してたよ」
そう言う岳に、
「そっかな、面白がってるだけだと思うけどね」
チャミュはそう言うが、チャミュの身を案じていた時のミーファの真剣な表情を岳は見逃してはいなかった。
その夜は、チャミュはリビングに戻ろうとはせずそのまま岳の部屋で過ごした。
「懐いてるわよね、チャミ、あんたに」
と真帆がリビングにあったチャミもソファを岳に渡しながら言った。
「そうかもね」
そう言うと、部屋にソファを置くが、天使の姿のチャミュにはいささか小さすぎる。
チャミュは岳のベッドの隅に入り込んで眠った。
翌朝、この日は連休の合間の平日だ。
父も真帆も休みだと言うが、岳はいつも通りに学校だ。
その日も駅で玲奈と待ち合わせる。
学校へと続く道の途中でその日はクリアできていた。
教室に着き、そろそろホームルームが始まる時間だが今日はいつもより先生が来るのが遅い。
クラスがざわつき始めた時、教室のドアがガラリと音を立てて開かれた。
担任の先生が一人の女生徒を連れて入ってきた。
ますますざわつくクラスの面々。
「はい、静かに。今日は転校生を紹介する」
そう言うと女生徒に黒板に名前を書くように指示した。
「はい」
と答えるとその子はチョークを持ち、
「都留田 桔梗」
と書いた。
そして、クラスの皆の方を向き、
「都留田桔梗です。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
その姿に呆然とする岳。
その女生徒は、アトロ・キキョウだ。
さっきまで、「都留田動物病院」で獣医なのかその助手なのか、をやっていた
あのキキョウだ。
キキョウから目が離せない岳に気付いたキキョウ。
「よろしくね」
と声を出さずにつぶやいた。
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