0(ゼロ)日目~事の起こり
不思議な日が始まった原因は。
月曜日の通学途中の電車の中。
二人並んで吊革につかまる岳と玲奈。
岳は、前日の事を思い出していた。
日曜日、岳と玲奈は出かけた先で小さな森に迷い込んだ。
そこは繁華街を少しぬけたところにあるごく普通の住宅地で、そんな木々が生い茂った場所があるのが不思議なくらいだったが、
「ここ、森林公園か何かよね」
と言いながら玲奈はどんどん奥に進んでいった。
「迷子になるよ」
そう言いながら岳も追いかける。
玲奈の後を追ってどんどんと進む岳、森がだんだんと深くなっていくのが分かる。
歩いているのは、舗装もされていないけもの道、そして周囲には立ち込めてくる霧。
これはどこだ?とても街中とは思えない。
かなり歩いたところで、やっと玲奈に追いついた。
玲奈がいたのは急に森が開けたところにあった古びた建物の前だった。
「これなに?」
玲奈は振り返りもせず言う。
そして、その建物の扉を開け、中に入って行った。
「ねえ、勝手に入っにゃだめだよ。あぶないよ」
岳が慌てて止めにかかるが、その時には既に玲奈は建物の中にいた。
重厚な扉を開けて中に入ると、そこは広間のようだった。
壁にはたくさんの絵が描けてあり、作り付けの飾り棚には調度品が並んでいる。
「ここ、教会のようだね」
と岳が言う。
「そうね、古い教会。」
ここでやっと玲奈が岳に向かって話した。
広間の奥には礼拝堂があった。
壁一面、大きなステンドグラスになっており、なんとか明かりがなくても周囲が見渡せた。
「こんなところに、教会だなんて」
と岳。
教会の内部は荒れ果てており、長い間放置されていたのが一目でわかる。
床は今にも抜けそうな箇所が至る所にあり、信者が祈りを捧げていたと思わわれる机は一部が崩れていた。祭壇の脇の何本ものロウソクは、流れ落ちた蝋に埃がたまったいた。
「ねえ、そろそろ戻ろうよ。なんか不気味なところだし」
と岳が言うが、
「でもさ、外は雨が降り出してるよ。もうすこし雨宿りさせてもらおう」
と玲奈。
見ればステンドグラスの窓に雨粒がかかっていた。
「じゃ、しかたない」
と岳もしばらくここに留まることに同意した。
「座るところ、ないかな」
と、周囲を見回すが長椅子らしきものは、ボロボロでとても座れそうにはない。
かといって床に座り込むのもためらわれる。
仕方なく、辺りを歩き回る二人。
礼拝堂の奥に、もう一る部屋がありそこには、
窓際に、一つの彫像が置かれていた。
それは、30センチほどの大きさの天使だった。
他のものと比べると、傷んだ様子もなくとてもきれいだ。
「天使だね」
と玲奈がその彫像に近寄る。
そして、
「何してるの?」
と岳が叫ぶ。
玲奈はその彫像を手に取っていたのだ。
「触らない方がいいよ」
そんな岳の言葉など耳に入らないのか、天使の像を手に持ちまじまじと見つめる玲奈。
「これ、素敵ね。持って帰ってもいいかな」
と玲奈。
その時、窓の外がピカッと光った、そして
「ドドーン」
という大きな音がした、カミナリが鳴ったのだ。
その光と音と共に、彫像が玲奈の手から落ちた。
床に砕け散る彫像。
顔を見合わせる岳と玲奈、同時にそとでまた稲妻が走った。
一瞬部屋がまぶしく光った、目がくらむ。
岳がゆっくりと目を開けた時、そこは今までいた古びた協会の一室ではなかった。
「ここは?」
そうつぶやきながら周囲を見回す岳。
白い床、そして白い壁。
自分が立たされているのは、小さな壇上だった。
よく何かの裁きを受ける人は立たされるところだ、そう裁判所で「被告」が立たされるところだ。
「玲奈?」
玲奈がいない事に気付いた岳、玲奈を探してその場を離れようとした。
「お前に動くことは許されていない」
そんな声が聞こえた。
改めて前を向くと、そこには数人の女性が立っている。
皆、とても日本人には見えない。絵のような美しさだ。
「女神だ」
岳がそうつぶやいた。
「察しがいいわね」
中央の女性が言う。
「私たちは女神、ここは聖地とよばれているところです。
あなたとその娘は私たちの 聖なる像 を壊したの。これは重罪です」
とその女神が続けた。
「聖なる像?あの彫像のことか。あれは雷が鳴って落としてしまった、わざとじゃない」
岳がそう言いながら玲奈の姿を探す。
すると、並んでいる女神の後ろに、鉄格子に覆われた檻のようなものが見えた。
中に人がいる、玲奈だ。
「玲奈」
鉄格子に駆け寄ろうとする岳、しかし体が動かない。
「だからあなたに動く権利はないの」
と女神。
「あ、私はね女神アテナ。知を司っているのよ。あの聖なる像はこことあなたたちの住む場所をつなぐ大切な架け橋だったのに、それを壊したの」
中央のアテナと名乗った女神が言う。
「だからってあんなところにいれなくても」
玲奈のいる鉄格子を指さしながら岳が訴える。
「だいだいにして、勝手に人の家に入り込むなんて、それもどうなの?不法侵入よ」
とアテナ。
「人の家?あの荒れ果てた廃墟が?家だっていうなら何故鍵もかけてないのさ、扉は開いていた。
表札もでていなかったし」
岳も反論する。
「あなたたち、高校生でしょ?なんで勝手に入って物壊しちゃいけないってことぐらいわからないの」
そんな言い合いがしばらく続き、ついに
「あの娘は聖なる像をわざと壊しました。報いが必要です。
このままここ、ファンタジーワールドの聖地の牢獄に幽閉します」
とアテナが言い放った。
「ファンタジーワールド? ここどこなんですか?」
と岳が急に冷静に聞く。
「ここはあなたたちからすると、いわゆる異世界というところよ。
私たち女神や魔界の住人、妖精なんかが共存している世界よ。ファンタジーワールドっていうのはアテナが付けたここの呼び方。かわいい名でしょ」
と説明を始めたのは、アテナの隣の女神、アルテミスだった。
「でも、僕たち未成年なんですよ、このままここに囚われたら失踪したことになる。
大騒ぎですよ、日本では」
と岳。
「あなたたちのいる現実世界のことは、リアルワールドって呼んでるわ。まあ、そのまんまなんだけど。
でもね、あの像、本当に大切だったのよ。リアルワールドの様子を知るのに欠かせない物なの」
とアルテミス。
「像を壊してしまったのは謝ります。玲奈も反省しいるはずだ。僕だって彼女が像を手に持った時にちゃんと止めていればよかったんだ。
なんとかして像の埋め合わせはします。だから僕たちをそのリアルワールドに帰して」
と岳が懇願するように言った。
「でもね、聖地の物をこわすなんて、ここでは大罪よ」
アルテミスが多少すまなそうに言う。
「それにね、あの像、アテナの力作だったのよ、3か月もかけて作ったの、それを叩き壊したんだから、アテナが激怒するのも無理ないでしょ?」
アルテミスは小声で岳に言った。
あの時、あんな教会になんかに入らなければ。
岳はひどく後悔をしていた。
しかし、これは現実に起きていることなんだろうか。
ここが異世界、聖地だなんて、目の前に並んでいるのが女神だなんて。
「ねえ、アテネ、なんとかご慈悲を、かわいそうだよこの二人が」
と言ったのはアルテミスとは反対側にいた女神だった。
「私、わかるのこの二人の間には愛があるわ」
とその女神は続ける。
「さすがはビーナスだね。愛には敏感だ。
そう、それなら」
アテナはため息をつきながら岳を見ると、
「では、あなたに試練を課します。
毎日、この世界の誰かがこの娘に転移します。外見はこの娘のままで。
その誰かが取り付いているるこの娘に毎日愛を伝えなさい。
一年間、それができれば二人ともゆるしましょう」
とアテナ。
「なに?どういうこと?」
岳は理解が追い付かず、反応に困る。
「あ、あの子にここファンタジーワールドの誰かが乗り移るの、日替わりで。
見た目はあのこのままよ。だから普通にいつも通り生活できるわ。
その状態のあの子にあなた、岳君は毎日、好きって言わなきゃダメなの。
わかった?」
そうビーナスが分かりやすく解説した。
「好き、って言えばいいんでしょ、玲奈に。簡単だよ。僕は玲奈を愛している」
と岳が胸を張って言った。
「そうか、それは頼もしい。だが本心からでないと好きだとは言えない」
アテナが言う。
「岳君はね、本物の玲奈ちゃんと乗り移ってる憑依玲奈の両方の好きなところを見つけださないと好きって言えないんだよ。タイムリミットは日付が変わるまでだからね」
とビーナス。
「もし、その日に好きって言えなかったらどうなるんですか?」
岳が聞く。
「あの娘はこのままここに幽閉される。そしてリアルワールドでのあの娘はその日に乗り移っている者に入れ替わる。
ここの住人にはお前たちの世界にあこがれを持っている者も多いから文句はでないだろう」
とアテナ。
「大丈夫?」
とアルテミスが心配そうに言う。
「大丈夫だ、毎日好きって言うくらいなんてことない。一年間、必ず毎日日替わりの玲奈に好きだと言うよ」
岳はなぜか自信満々に答えた。
なぜこんなに自信があったのか、それはずっとわからないままだった。
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