新しい家族~11日目の始まり
新しい家族?この大型犬が?
「ワン、ワン、ワオーン」
玄関から聞こえる、けたたましい犬の鳴き声。
と同時に、
「ただいま、岳、いるの?」
と母の声がする。
そして、階段を上がる足音、こちらに向かってきている。
部屋にはこの、「天使」だというチャミュ。
何処から見ても、人間ではない、この世の者でもない、こんなものを見たら母は卒倒するだろう。
「なに、その鳴き声は」
と言いながら慌てて部屋を出る岳。
チャミュにはそのままそこにいるように、手で合図をしながら。
階段を昇りかけていた母を押し戻し、玄関に向かう。
そしてそこにいたのは、
犬だ。
大きな。
「この子、うちの子になったのよ」
と母。
「ほら、お父さんの同僚さん、海外赴任になっちゃったでしょう。それで連れていけないからって。
うちでお預かりすることにしたのよ。
ゴールデンレトリバーのセバスチャンよ」
そう言えば、数日前にそんな話をしていたっけ。
父の会社の人が海外支店に転勤になった、けれどすでに8歳になる大型犬を連れて行くのはどうしたものか、と悩んでいる。
任期は1年の予定だし、誰か預かってくれる先をさがしている。
そんな話だった。
「ならうちでお預かりしましょうよ」
と母が言っていた。
その犬だ。
それからは、セバスチャンのために、ゲージを組み立てたりくつろげるコーナーを作ったり、
母はもう大忙しだ。
もちろん岳も力仕事担当として駆り出されていた。
その日の夕食で、
久しぶりに家族4人が揃っていた。
食卓の側にはセバスチャンがいる。
「もうなじんでるみたいよ。いい子ね」
と母。
「1年か。大切に預からなないとな。死なせでもしたら大ごとだ」
と縁起でもないことを父が言う。
「おっきな犬、飼ってみたかったんだよね」
と真帆も続く。
岳も何か言おうとして息を吸い込んだろことで、
「でもね、この子、乗り物酔いするの。だから車には長時間乗せられないし、
人見知りもすごいからペットホテルとか無理で。
だから、今年の夏の旅行は行けないけど、いいかな」
と母が言った。
「人見知り?どこがだ」
と岳は思ったが、ま、そうなんだろう。
そうか、旅行はなしか。
チャミュの言った通りじゃないか。
夕食を済ませて部屋に戻る。
チャミュは岳の部屋で岳の持っているゲーム機に夢中だ。
「おい、いつまでいるんだよ」
と岳。
「今日の0時までには帰る」
ゲームから目も離さずチャミュが言う。
「犬が来たぞ、だから旅行はなしだって。これで家を離れることはなさそうだ。
わかってたのか?」
チャミュに問い詰める岳。
「いや、まあ、だいだいはね。だってさ、僕は天使だもん」
とチャミュが照れながら言う。
「天使ってなんだよ、魔法使いなのか?じゃ、あの犬も超能力とかあんのか?」
このタイミングでやって来た犬となれば、何かあるに決まっている、ここは超能力犬だろう。
「アニメの見過ぎだよ。そんなことはないよ、あの犬はただの犬。
岳、明日からお散歩がんばってね」
とチャミュがため息交じりに言った。
「そうだ、俺、散歩係任命されたんだ」
夕食の時、大型犬だから朝夕の散歩は欠かせない、という話になり、
「じゃ、岳、当番ね。よろしく」
とあっさりと言われてしまった。
父と母、そして真帆が満面の笑みで見つめていた。
「え?なんで」
岳は言うが。
「だって、あの犬の力だと私やお母さんじゃ無理だし、お父さんは仕事から帰ってないじゃない。
岳、あんたしかいないのよ」
と真帆。
「試験の時は代わってよね」
なんだかもう逃れられそうにない岳、せめてもの言い分を伝えた。
「それは、まかせといて」
と真帆。
「なんだよ、散歩、行けるんじゃん」
と岳が言ったが誰も返事をしてくれなかった。
岳の部屋のドアをがりがりとひっかくような音が聞こえた、
開けてみると、そこにはセバスチャンがいた。
「おい、お前、寝床作ってもらったんだろ?」
そう言いつつも中に入れる岳。
チャミュが喜んでセバスチャンに近寄った。
そんなチャミュの顔に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐセバスチャン。
しばらくすると、チャミュのほほをぺろりとなめた。
「うわあ」
そう叫んで、頬に手をやるチャミュ。
チャミュもセバスチャンの頭をなでてやると尻尾を振ってチャミュに体を寄せるセバスチャン。
チャミュはちょうど人間の赤ちゃんくらいの大きさだ。
と言っても体つきは子供のようにしっかりとしており、その時はキナリの生地のテロンとした衣類を着ていた。
そして、背中には白い翼が付いている。
チャミュが翼を羽ばたかせて飛び、その姿をセバスチャンが追いかける。
とても楽しそうだ。
飛び立ったチャミュがそっとセバスチャンの背中に降り立った。
チャミュを背に乗せて、歩くセバスチャン。
「ねえ、岳~見てよ」
そう言いながらセバスチャンの背中に揺られるチャミュ。
チャミュとセバスチャンが仲良く遊んでいる間に、明日の支度をする岳。
「そう言えば、宿題あったんだ」
そう言って、しばし机に向かう岳。
しばらくして宿題を終えると、ベッドの上に身を寄せて眠っているチャミュとセバスチャンがいるのが見えた。
「何が人見知りだよ、すっかり馴染んでんじゃん」
いびきまでかいて眠っているセバスチャンを見ながら岳がつぶやいた。
しばらくすると、そっと目を開けるチャミュ。
セバスチャンを起こさないように、そっとベッドから出て岳の前に。
「僕、そろそろ戻らないと」
そう言いながら。
「ねえ、岳。先はまだ長いって思ってるかもしれないけど、あっという間だよ。
毎日会う玲奈を大切にしてね。そうすればきっと大丈夫だから。
チャミュの真剣なまなざしに、思わずうなずく岳。
するとチャミュは
「また20日目に来るね、セバスチャンによろしく」
そう言うと。
すーっと霧のようにその姿が消えて行った。
ちょうど0時まであと5分というときだった。
翌朝、いつもより30分早く起きた岳。
もちろんセバスチャンの散歩のためだ。
リードを付けて、家から出発する岳とセバスチャン。
町内をぐるっと一周する予定だ。
セバスチャンの力は強く、岳をぐいぐいと引っ張っていく。
「これじゃ、母さんや真帆じゃ無理だな」
と岳。
セバスチャンに引きずられるように、予定していなかった道を進む。
しばらく行くと、そこは玲奈の自宅前だった。
玲奈の家は敷地が広く、庭も広い。
その玲奈の家の庭にそった道を通る岳とセバスチャン。
するとフェンス越しに玲奈の姿が見えた。
朝、寝間着のままで庭の草いじりをしている玲奈。
玲奈が岳の姿をみつけ駆け寄ってきた。
「わあ、大きなワンちゃん。触ってもいい?」
そう言いながら。
フェンスから手を伸ばしセバスチャンの頭をなでる玲奈。
セバスチャンは嫌がりもせずむしろ撫でてもらって喜んでいるようだ。
「ねえ、今日の、言ってよ」
セバスチャンを撫でながら玲奈が言う。
「え?」
「だから、今日さっさとクリアしたいでしょ、だから」
玲奈にせかされて岳が口を開くが、
「す、す、す」
と言ってだけで続けられない。
「だめか、ねえ、私のどこが好き?」
フェンスに顔を近づけ玲奈が言う。
「うんと、なんだろう」
「もう、なんか見つけてよ、私さ、せっかちなの。早く済ませようよ」
玲奈にせかされ、本物の玲奈のいいところ、それから今までに来た玲奈のいいところ、
そして目の前の玲奈のいいところをいろいろと思った。
本物の玲奈もこの庭が大好きだ。
自分の菜園コーナーをつくっていろいろな植物を育てていた。
その話をするときの玲奈、目がキラキラしていた。
「かわいかったな、あの時の玲奈」
そう思う。
好ましいイメージを思い浮かべて、改めて言う。
「玲奈、す、す、す」
ダメだ、言えない。
今までだったら言えていたくらいの気持ちの入れようだったのに。
「なんか厳しくなってる?」
と岳は思った。
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