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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第九十二話 理解者

前回、先生に指をさされた未来さんです。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「相沢、今のは反則だろう」

「え?」


 唐突に告げられた、身に覚えのない『反則』の言葉に未来はどうしてかと先生に問う。

 俺やみんなも何がと不思議に思った。


「保井? あいつ、なんか悪い動きしちゃったのか?」

「え、ううん。特に何もしてないと思うよ?」


 俺が尋ねるも同様にわからないといった素振りを見せる保井は、反則を取られる動きについていくつか説明してくれた。


「今の流れを見て言われたとすると、シュートされたボールが頂点から落ちてきている時に触ってしまう、ゴールテンディング。でも今回のバスケのルールで反則になるのはトラベリングだけのはずなんだよね」


 なのになんでだろうと保井は顔をしかめる。

 コート内でも吉田と吉住が抗議しているが、「異論は認めない」と一喝されてしまった。

 尋常ではない険しい表情が注視の的になり、静まり返った空気の中。先生は更に声を張り上げた。

 今の未来の速さもジャンプ力も、全く『普通』ではなかったと。


「お前がマダーであることは知っている。だがここは学校だ。相手は同級生だ。きちんと()()()()()をしなさい」


 叱り飛ばすその言葉を聞いて、未来は息を呑んだ。

 俺も石になったかのように固まった。

 人間の動きをしなさい。それは、今の未来が人間には見えなかったという、存在を否定する酷い言葉。


「やめろ」


 手と口が、今度は勝手に動く。


「ちょっ、土屋落ち着け!」

「未来がどれだけ努力してるかも、なにも知らないくせにっ!」


 斎の宥める声も聞かずポケットからキューブを取り出してしまった俺の体を、隣に座る加藤や秀、焦った阿部が押さえ込んだ。


「土屋、それはダメ」

「ダメだよ土屋君! 人にキューブを使ったら刑罰、知ってるでしょう?」

「気持ちはよぉわかる! ワシだって(はらわた)が煮えくり返りそうじゃ! みんな一緒じゃからそれは仕舞(しも)うとけ!!」


 知ってる。知ってるさ、それぐらい。

 感情に身を委ねてキューブを手に取るなんて、言語道断だということも。

 今の言い方に、きっとみんな腹を立ててくれていることも。

 わかってる。わかってるよ。

 だけどあの言い方は。

 あの言い方は未来にしちゃダメなんだ。

 思い出してしまう。口癖のように言っていたあれを。

 最近は聞かなかった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言葉を。


「ちょっと、言い方ってものがあんだろ!」


 長谷川も荒い言葉づかいになりながら、怯える未来を庇うように立ってくれる。

 それでも耳を貸さず、依然として『普通の動きをしなさい』という主旨を述べる先生に向かって。

 萎縮してしまう未来のすぐそばへと、誰かが歩いていった。


「とにかく、このまま妙な動きをするようなら強制的に相沢は……」

「強制的に、どうするのです?」


 俺たちのよく知る声で問い掛けた、にこやかに笑う男性。

 その人物を認めた自分の目が、これでもかと大きくなったのがわかった。


「世紀末、先生……」


 無意識に名を呟いた。

 いつもと別人のような雰囲気を纏った世紀末先生は、表情から柔らかさを消して、割り込むように未来と長谷川の前に立つ。


「世紀末。そこをどけ、指導中だ」

「指導? 暴言を吐き散らすその対応が、本当に指導でしょうか」


 眉間から鼻筋にまでシワを寄せた鋭い眼光が、世紀末先生をギロリと見る。

 そんな視線に臆することなく先生は続けた。


木岡(きおか)先生。私は試合の審判を一旦お願いしただけで、生徒を傷つけていいと言った覚えはありませんよ」

「傷つけるだと? 私は公正な試合をするよう教育していただけだ。今のはどう見ても普通ではなかった。あんな動きがただの人間にできるわけが……」

「わからないなら口を閉じていただけますか。生徒を悲しませるその口を」


 静かに言いながら、しかし軽蔑の目を向ける世紀末先生に圧倒されて、木岡と呼ばれた先生は黙り込む。


「途中から私も見ていましたが、相沢はおかしなことなど何もしていませんよ」


 一回り以上ある年の差も恐れずに、世紀末先生は淡々と告げた。

 左手に刻印も無ければキューブすら持っていない。彼女をしっかり見てくださいと。


「今の動きは相沢本人の実力であり、血のにじむような努力の結果です。それを教育者であるあなたが否定するなど、許されることではないと思いますが?」


 事実だけを述べてから無言になる世紀末先生。

 本物と認めたくないあまり反則などと()かした木岡先生には、言い返す言葉が見つからないらしい。

 永遠にも思えるほど世紀末先生を()めつけたのち、舌打ちをして、すみませんでしたと形だけ発声する。

 反省の色が見えないまま謝られた世紀末先生は、「謝るのは私にではないですよ」と柔和な声で跳ね除けた。

 教師だなんてとても思えないその大人は腹立たしげに未来へ体を向け、会釈程度に頭を下げる。


「すまなかった」


 その姿をちらりと見た世紀末先生は、木岡先生の頭に軽く手を乗せる。次の瞬間、腰が直角になるまで下に押し込んだ。


「相沢、長谷川」


 驚く未来と長谷川へ、ほとんど無理やり頭を下げさせた世紀末先生は優しく笑う。


「何も気にしなくていい。続けなさい」


 ――ああ、本当にこの人は凄い。


「よっちゃん先生、かっけぇ」


 斎の驚き交じりな感動の声が、食い入るように見ていた俺たちの意識を戻させた。


「だな……。さすがだよ」


 殴り掛かる勢いだった俺の体から力が抜ける。

 脱力に気付いてやれやれといった顔をする加藤をはじめ、押さえてくれていたみんなに「ありがとう」と言ってからキューブをポケットに仕舞(しま)った。

 先生たちが話している最中ずっと握りしめていた立方体。その角で真っ赤になった手のひらと、深深と礼をして世紀末先生に感謝を伝える未来を視界に入れながら、俺はふらりと立ち上がる。


「土屋?」

「飲みもん、買ってくる。さっき水飲みきってたから、あいつ」


 どこに行くのかと問われたような気がして、秀にそれだけ言った俺は体育館を出た。

 試合を再開する笛の音と未来の明るい声を聞きながら、少し歩いたところにある自販機へゆっくりと向かう。

 阿部の【聴力解放(ちょうりょくかいほう)】の範囲外に出たかどうかを耳で確認して、誰もいないそこで蹲った。


 見られたくなかった。今の自分の顔を。

 未来をわかってくれる人がいる。

 守ってくれる大人がいる。

 そう知れたことが嬉しくて。

 抑えきれないほどの情動が、雫となってこぼれ落ちた。


「ありがと、先生……。ありがとう」


 アスファルトに染み込む数滴の小さな水溜まりを、ジリジリと照りつける太陽が吸収する。

 まるで泣いた痕跡を残すなと諭されているかのように、背中に受けるそのお日様は、とても暖かかった。

【第九十二回 豆知識の彼女】

木岡先生は四十代男性。


それ以上の設定をほくろは作っていません。おぉ……かわいそうに。


きちんと『平等な試合をさせる』という名目で審判役をしていた世紀末先生。成敗です。

木岡先生へのグシャッ! はニコニコしながら書きました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 陽炎》

題名がお気に入り。久しぶりにキューブを展開しますよ。

よろしくお願いいたします。

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