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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十七話 各自の種目

前回、夏帆が怪我を。怪しい女の子も見ました。

 挿絵(By みてみん)


 炎天下のグラウンドで行われている、五対五のサッカー。

 相手にボールを取られないように走ってパスかシュートをする度に、「きゃぁあああっ!!」と黄色い歓声が上がる。

 それを一身に受けている秀はきっと、聞こえないフリをしているのだろう。


 体育館の影に隠れてこっそり秀の試合を見ている加奈子もまた、叫びたい気持ちでいっぱいだったが、彼の苦手な女の子の声を増やさないよう無言で悶えていた。


 動く際に邪魔になるからといつものように髪を一つに結い、眼鏡の代わりにキューブを使って【可視化(アイスコンタクト)】を着けている秀。

 彼は通常のコンタクトを持っていない。最近眼鏡の度数が合わなくなってきたからついでに買おうかと調べていたそうだけど、結局買うには至らなかった。


 その理由は、キューブの特殊な性質について斎から知らされたからだった。

 なんでもこの立方体、恩恵や二つ以上の能力を使わないのであれば、展開しなくても使用可能なのだそう。

 みんな知ってるのかと秀が聞くと、他の人には言ってないから知らないはずだと斎は返答した。丁度その時に部屋へ入ってきた加奈子も流れで知ってしまったけれど。


 つまるところ、今の秀は【可視化(アイスコンタクト)】を着けているが身体能力は強化されていない。キューブはいつもの箱型で、ズボンのポケットに入ったままなのだ。


 ただそれだけで終わらせないのが彼らしいというか、ほんの少しだけズルをしているのを加奈子は知っている。


 簡単かつ短く言えば、【可視化(アイスコンタクト)】の精度をアップさせることで、この場においての()()()()()が見えるようになっているらしいのだ。


 頭のいい人同士の話し合いで、「角膜に酸素を行き渡らせると目の健康が保たれるらしくて、その役割を【可視化(アイスコンタクト)】に転用すると――」と、斎にしっかりと理屈を説明していた秀だったが、一般的な中学生程度の頭しか持ち合わせていない加奈子にはちんぷんかんぷんだった。


 とにかく結果として、普段は見えないところを透過する技として使っていたのが、今ではどう動いたらいいか、どの位置にいたらいいかが比喩的表現ではなく、本当に()()()()()()()()ようになったということ。


 ズルと言っても見えたその通りにできるわけではないから、少しぐらい良いんじゃないかと加奈子は思う。


 試合残り時間は十五秒。


 味方の一人が、ドリブルしていたボールをサッカー部の男子へパスした。

 しかしボールの向かう先が少しズレて、枠外に出てしまいそうになる。サッカー部の人はギリギリで枠内へと蹴り返した。

 ボールは勢い余ってみんなが思っていたよりもずっと高く、奥へ。このままだとまた枠外に出てしまう。


 だけど、秀にはその未来(みらい)が見えているから。


 どこにいて、どの位置で、どのタイミングで、どんなシュートを打てば決められるかがわかる。

 瞳にある煌めく氷の粒子が、秀の視界に教えてくれる。ここで跳べと告げてくれる。


 彼のシュートを阻止しようとする相手チームの人たちを、欺く一つの動き。

 それはただ前に蹴るような単純なものではなくて、地面に背を向けた状態で空中にあるボールを頭より高い位置で蹴るバイシクル・キック。

 またの名を、オーバーヘッド・キック。


 ドッパァーンッ!! という、いい音が鳴ったそのボールは、コートを出ていきそうなギリギリの位置からゴールへ一直線に飛んでいく。


 ゴールキーパーに一切の反応をさせず、その顔の右側を通り抜けたボールは、ネットを極限まで押し込んだ。


「あぁぁっ! かっこいい。かっこいいよぉ……」


 試合終了のホイッスルに被ってついに声が出てしまった加奈子は、抑えていた感情をこれでもかと爆発させた。

 手をペチペチと壁に叩きつけ、緩む顔を両手で引っ張ってしゃがみこみ、立ち上がってはくるくると動き回る。

 (はた)から見ればきっと、どこの変人かと思われるだろう行動を全力で繰り返し、数分してようやっと我に返ると。


「……何してるの」


 いつの間にか、自分の目の前に秀がいた。

 あまりにも唐突に映った好きな人の顔に、どうしよう。どうしようと口をぱくぱくとしながら何をするでもなく手を振って、最終的に加奈子は顔の下半分をタオルで覆い、蹲る。


「はぁ……」


 いつもの静かな声でため息をつく秀を、加奈子はタオルに隠れながら見上げた。

 するとこちらを見下ろしていた秀と目が合った。

 すぐに視線を逸らされてしまったが、若干だけ頬を赤らめた秀は加奈子から距離を取ってしゃがみ、目線を合わせてくれる。


 挿絵(By みてみん)


「いつから見てたの」


 見上げられないなら視線が交わっても大丈夫らしい。秀は加奈子を真っ直ぐ見つめ、端的に聞いた。


「えっと……バレーが終わってからかな?」

「つまり?」

「……最初から、です」


 えへ。と照れ笑いをして、加奈子は左腕にかけている熊の絵がプリントされた小さな鞄の中から、スポーツドリンクを取り出した。


「あの……優勝おめでとう」


 渡すのに緊張し過ぎて、秀に向けて差し出した自分の手は、ほんの少し震えていた。


「……ありがとう。そっちは?」

「勝ったよ!」

「そう。おめでと」


 ぶっきらぼうに言ってから秀はスポーツドリンクを受け取って、ゴクゴクと結構な勢いで飲む。

 喉が乾いていたらしく一気に半分まで減ったボトルに加奈子がにこにことしていると、秀はまたほんのりと顔を赤らめて、それを隠すようにすっくと立ち上がった。


「あっ、ど、どこ行くの?」

「斎がバランスボールとお手玉に出るって言ってたから」

「なるほど! 多分お手玉はもう終わってるよね〜」


 斎の種目を見に行くらしい秀を追いかけるように、本館の一階にある多目的室へと向かう。

 そこで行われるバランスボールとお手玉は、誰が一番長く続けていられるかを競い合う個人種目。

 研究熱心のせいか運動はあまり好きではない斎が、唯一得意としている分野がバランスだ。

 そしてその底知れない実力に、加奈子は目をぱちくりとさせる。


「寝てる、よね。谷川君」

「うん。寝てるね」


 審判役の先生たちが見ているその先にいるのは、バランスボールに胡坐(こざ)で座り、腕を組んだまま眠っている斎だった。

 どうしたら寝ながらボールに乗り続けられるんだと思うけど、本部から事ある毎に大量のガラクタを貰ってきては、毎回ピエロみたいになりながら研究所に来ていたのを思い出して、「谷川君ならできちゃうか」なんてつい言葉に出る。


「昨日ね。キューブの改良案を思いついたみたいで、明け方まで集中してたからさ。ここ最近の無理も相まって、強制的に電源がオフになったんだと思うよ」


 聞けば、斎の優勝が決まってからもう十分以上が経つらしい。

 その間ずっと眠り続けているわけだが、秀と同じく斎の頑張りを先生たちも知っているために、誰も起こせなかったようだ。

 普通の生徒なら危ないからとすぐに起こすのだろうけど。


「斎。勝ってるよ」


 気持ちよさそうに寝ている斎に秀が声をかけ、肩をトントンと叩くが反応はない。


「爆睡だね〜」

「ね。他に出る種目も無いはずだし、保健室で寝かせてあげようかな」


 斎が乗るボールがずれて飛んでいってしまわないよう先生に支えてもらいながら、秀がおんぶをして立ち上がる。

 見守りのお礼を言って、二人は多目的室を後にした。


「大抵は僕が斎に起こされる側なんだけどね」


 同じ校舎の廊下を渡ってすぐにある保健室へ向かいながら、秀は少し悲しげな表情をした。

「斎の方がずっとずっと大変なのにね」と。

 どう返せばいいかが加奈子にはわからなくて、二人ともすごく頑張ってるよといった、当たり障りのない言葉と感謝しか伝えられなかった。


 もっと心のケアを勉強しようと決意。気持ちを切り替えた加奈子は秀の元気を取り戻すために、サッカーの試合の感想を沢山伝えた。

 あの時は何とかだったからかっこよかったーとか、その時すごく気持ちがわーっとなってー、といった次第だ。


「本当に最初から最後まで見てたんだ……」


 聞いているうちに恥ずかしくなってきたらしく、どうにかその話から逃れようと、秀は保健室へ向かう足を速めた。

 そうして、彼にとってはやっと辿りついた気分だろう保健室の中。そこにいる人物に、加奈子は驚いた声を出した。


「保井さん?」


 二つずつ用意された、寝る用のベッドとその向かい側にある治療用の寝台。

 以前は単純にベッドと言われていた怪我を治すその寝台は、少し前に正式名称が決まり、正常という英語から単純に『ノーマルベッド』と命名された。ただ、長くて名前もダサいためか、最近では『ノーマ』と略して呼ばれている。

 その治療用ベッドの方に、右足を押さえてポロポロと泣いている保井夏帆がいた。

【第八十七回 豆知識の彼女】

秀は基本的に真面目ではあるが、わるいこともする。


だってあっついあっつい炎天下で、自分の嫌いな団体競技に出てるんですもの。ちょっとだけわるくても……ね。ふふ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 しゃっくりとマスク》

マスク少女の正体、明らかに。

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