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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
90/280

第八十六話 欠けたメンバー

前回、隆一郎と加藤の試合に決着。隆一郎の勝利となりました。

 挿絵(By みてみん)


 お互い一歩も引かない戦いを最後まで見届けた未来は、自然と頬を紅潮させて微笑んだ。


「おめでとう、隆」


 小さな声で隆一郎の勝利を祝うとともに、さすがだなぁと感心する。

 実は、隆一郎たちが勝つと確信を持っていた未来。

 終盤にかけて試合の流れが良くなっていったのは、紛れもない隆一郎が持つ強みによるものだった。


「人並み外れた順応力の高さ……か」


 呟きながらゆっくりと瞼を閉じて、数ヶ月前のある日を思い出す。

 ケンカをした隆一郎と秀を仲直りさせるため、更には隆一郎の生き方を決定させるために起こした自分の暴挙。

 死人のフリをして二人を襲った未来は、その後斎に言われたように、事実、殺してしまわないよう手加減をして戦っていた。


 けれど少しだけ違うところがある。

 それは、隆一郎にだけはスピードも力もいつも通りにしていた点。

 死人と戦う時と同じ動き、速さで襲いかかっていた未来は、つまるところ、隆一郎に対して一切の加減をしていなかった。

 それでも隆一郎は未来の攻撃を躱すことができた。

 何回か連続で狙われただけで、未来の動きについてくるようになったのだ。


 俺は何で弱いんだろう、と隆一郎はよく言うけれど。彼は強いと、未来は心の底から思っている。


 他人ひとには決して真似できない、圧倒的な早さの()()

 それは、どんな強敵にだって通用する。


「死人が相手でも、人間が相手でもきっと大丈夫。頑張れ、隆」


 目立つことのない強さ。それは、あなたが誇るべき最強の能力なのだから。


 隆一郎のこれからへエールを送った未来は、気持ちが高まったまま自分が元いた位置へ戻ろうとする。

 想定外の事態が起きたのは、「残り一分」という世紀末先生の声が聞こえ、女子コートに目を移した瞬間だった。


     ◇


 ドタンッ!! と、床に体を打ち付ける音が響いて、ボールが何度かバウンドして転がる。しん……と静かになった体育館に、先生が笛を短く吹いた。


「なんだ?」


 加藤と俺はどちらからともなく握っていた手を離し、音がした女子コートの方を見た。

 血相を変えて集まってくる女子たち、特に吉田と吉住を少し離れろといったニュアンスの言葉で制止させた世紀末先生が、その中心で倒れている人物を抱き起こす。


「なんじゃろ、事故か?」

「かもしれねぇ。ちょっと聞いてくる」


 状況が読み取れず、誰かに詳細を教えてもらおうと俺は女子コートに向かう。

 すると体育館の端っこで、青い大きな瞳を更に大きく見開いた未来の姿を見つけた。


「未来。どうした、何があった」


 人の群れをかき分けて何とかそばに寄り説明を求めると、未来は少しの間を置いて、俺に顔を向けないまま押し出したような声で言った。「絡んだ」と。


「夏帆ちゃんがドリブルしてたボールを、相手が取ろうとして、足が絡まって、そのまま、もつれた状態で、こけた」


 動揺して途切れ途切れになりながらも状況を伝えてくれる未来は、コートの真ん中で倒れた女子の様子を目を凝らして必死に確認する。

 周りに集まる生徒の壁で表情はわからないが、そこに倒れているのは保井夏帆の方らしい。右足首を手で押さえていた。


「相沢」


 世紀末先生がこちらへ振り向いて、未来を呼ぶ。

 未来は手に持っていたペットボトルを半ば押し付けるようにして俺に預け、走っていった。

 周囲の声で掻き消されて何を話しているかはわからないが、未来が頷いて、吉田と吉住に声をかける。

 先生は動けなくなった保井を抱きかかえ、男子コートの審判に断りを入れてから体育館を出ていった。


 保井がいなくなったことで集まっていた人たちも心配そうな顔をしながら去っていく中、俺は逆にその中心へと向かい、「大丈夫そうか」と未来に小声で聞いた。

 すると未来は視線を落として首を横に振る。


「わからない。すごく痛そうにしてた」


 未来の後ろにいる吉田と吉住が続いて頷いた。怪我の具合は今のところ誰もわかってないらしい。


「そっか。この後の試合、どうするんだ。バスケ部だけでって話だったから、他に人はいないんだろ?」


「うん。緊急事態とはいえ、球技大会のルール上、クラスの違う一年生はメンバーに加えられないからね。この試合はとりあえず私が代わりに出て、それ以降も帰ってこれそうになければ、このまま三人で続けるしかないよ」


 俺に預けていたペットボトルを受け取って、残りの水を全部飲み干した未来は二人の方へ向き直る。


「あ、そうだ。言い忘れちゃうところだった」


 何かを思い出したらしい未来はくるりと振り返り、再度俺へ顔を向けた。そこにあるのは先ほどまでとは一変して、優しい笑顔。


「一回戦突破おめでとう。かっこよかったよ」

「えっ、お、おう!」


 唐突に告げられたその言葉に、俺は(ども)りながら返事をする。

 そんな反応にふふっと笑った未来は、また俺に背を向けて試合再開へと走っていった。


「……あー。やべぇ」


 こんな大変そうな時に言わなくてもいいのにと思いながらも、その嬉しい言葉をぐっと噛み締めた俺は、照れているのがバレないよう手で顔を覆った。

 試合の邪魔になりそうなのですぐにコート外へ出る。体育館の壁に背を預けると、審判の代わりをお願いされた男性教諭が試合再開の笛を吹いた。


「土屋。結局何があったんじゃ」


 残り一分だけの試合を見ていると、汗ふきシートで体を拭きながら加藤が話しかけてきた。

 石鹸の香りなのか、見た目のガッシリ加減とは全く結びつかない爽やかなにおいを漂わせるこいつは、黙っていれば格好いいのに敢えて自分からそれを捨てにいく。


「相沢さんに何かあったんか? あっ、まさか怪我か!? 相沢さんは大丈夫か!?」


 質問する度に相沢さん相沢さんと連呼する加藤の顎を、俺は手で押し上げながらうるさいと言って黙らせた。


「怪我したのは未来じゃない。保井だ」

「お、おお。そうじゃったか」


 未来でないと知って急に静かになり、試合を穏やかな目で見る加藤。よっぽどあいつが好きらしい。


「まあ、恐らく保健室に連れていかれたんじゃろ? なら結果が出るまではどうにもならんし、今は全力で戦おうっちゅーみんなの判断は正しいじゃろな」


「それはそうだけど……保井が戻れないかもしれない状況で、あんなに本気で動いて体力が持つかが俺は心配かな」


 逆転なんて絶対されない点差なのに、それでも時間いっぱい点をもぎ取っていくバスケ部。それはきっと、彼女らがバスケットボールというものに対して本気で向き合っている証拠だろう。


 ゴールに吸い込まれるような綺麗なシュートも、味方へのほとんど優しさのない勢いがついたチェストパスも。

 何一つ乱すことなく決まっていくその全てが、彼女らのチームワークの良さを物語っている。


 少しして、試合終了の笛の音。得点を見なくてもバスケ部の勝利は確実だった。

 周りの歓声を浴びながら次に試合をする人たちと入れ替わりでコートを出てきた彼女たちは、既にこの後の戦い方について議論を始めていた。


「ん?」


 ふと女子コートの中が気になって目を向けると、なんだか変なやつがいた。キャップ帽を深く被って、丸いメガネと黒いマスクを着けた、いかにも怪しそうな女。


「なぁ加藤。あの帽子の女子さ、お前んとこのクラスのやつだろ? 誰だ、あれ」


 他のメンバーはわかる。さっきバレーにも出ていた瀬戸(せど)(あかね)と、よくそいつと一緒にいる須田(すだ)。でもその帽子の女だけは全く誰かがわからず加藤に聞いてみた。

 しかし加藤も同じらしく、表情にクエスチョンマークが浮かぶ。


「いや、ワシもわからん。本来あのチームのもう一人は伊崎(いざき)だったはずじゃ。仲がいいもん同士でチームを組んどったから」

「けど、伊崎にしてはちょっとスレンダーすぎるような……誰かと交代したのかな」


 話の主がぽっちゃりしてるというわけではない。ただそこにいる女の体格が、適度につけられた筋肉によってかなり引き締まって見えるからそう思うだけだ。


 ピッ!

 試合開始の笛の直後、ジャンプボールで跳び上がったその怪しい女は、俺たちの会話を一瞬で黙らせた。


 凄まじいとしか言えないジャンプ力で相手を出し抜いて味方へボールを送り、すぐに自分へ戻させて、瞬きを許さないほどの速さでゴール前まで走る。

 恐ろしいほどの跳躍力で飛び掛かり、あろうことか、完全にゴールの上から腕を振り下ろした。

 ボールがネットを擦るバスンッという音がして、気がつけばそこにボールは無く、勢いよく床を跳ねていた。


「な……」


 驚愕する俺は無意識にそう言葉を漏らす。

 僅か数秒でダンクを決めてしまったその女は、さっきの未来のように見えた。いや、完全にネットの上から押し込んできたあたり未来よりも更に危ないやつかもしれない。

 もしやこれ、バスケ部やばいんじゃないか。


 その後も圧倒的な強さで点差を開いていく様子に焦る俺は、話し合いをしながら試合を見ているバスケ部へ視線を向ける。

 こちらに気付いた未来が、珍しく不安気な顔を見せた。


「ちょっとヤバそうだね、あのチーム」


 吉田が躊躇せずメンバーに言う。だけどその瞳には、諦めの文字など無い。キャプテン吉田は全員の不安を吹き飛ばすように笑顔で声をかけた。


「とにかく、今は色々心配しても仕方がない。次の試合、保井に心配かけないよう絶対三人で乗り切る。作戦立て直すよ!」

【第八十六回 豆知識の彼女】

未来は素直に伝えられる言葉とそうでない言葉がある。


感想は言いますが、相手に気付いてほしいことは絶対口に出しません。

なので、かっこよかったとは素直に伝えても、隆一郎の強みについては教えるつもりがないみたいですよ。


バスケではないですが、今回の怪我が発生した状況は作者の体験談が元になっています。ふざけてぴょんこぴょんこと跳んでた時に、足が絡まってコケて靭帯の端っこを切ってしまうというマジか。な体験を思い出しながら書きました。数ヶ月痛かったなあ……


お読みいただきありがとうございました。


《次回 各自の種目》

体育館以外のところの球技大会の様子です。

よろしくお願いいたします。

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