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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第六話 二年三組⑤

前回、無事に一時限目が終わり、二時限目。

プールの時間です。

 梅雨明けの気温はここ数年異常だ。子孫繁栄に必死な蝉の鳴き声が、煮えるような暑さをさらに強めていく。

 倉庫に行ったっきり戻ってこない体育の先生を恨めしく思いながら、早く入りたいなと冷たそうなプールへ視線を投げた。風が吹くたび小さな波を立てて、よく知る独特なにおいがする。


「ねえー相沢ちん。どうして長袖着てんの? 暑くない?」


 少し汗をかきながらも、長袖の体操服を着て見学用の椅子に座っている未来。その隣へ長谷川(はせがわ)がラジオ体操をサボって座りに行った。

 サボると言っても、やっぱり授業自体は真面目に受ける性格なんだろう。使う予定だったタイマーが壊れたらしく、先生が倉庫に行く間にしとけという二度目のラジオ体操だからしていないだけで、一度目はきちんと最後までしていた。


「あ、えと、ちょっと紫外線アレルギーで」


 寂しそうに見ていたプールから視線を外し、パッと顔を上げた未来は、その問いにそれらしい()をついた。

 この暑い中、紫外線アレルギーではないけど長袖を着ている未来は、たとえ仲良くしたいと思っていても初対面のやつにその理由を明かそうとはしなかった。

 長谷川は納得したように「ふぅん」と目を見開く。

 上手くごまかせたのだろうか。


「すまんお前ら。ちょっと直りそうにないから、今日のタイムアタックは変更で、百メートル泳いだら自由時間でいいぞ」


 戻ってきた先生からの言葉にみんな歓喜した。

 スタート位置から我先にと泳ぎ出すみんなの背中を見つつ順番待ちをしていると、ダントツで前をいく長谷川に驚いた。


「おいおい、折り返してくるやつもいるんだから危ないぞ……」


 先に出ていった人をぐんぐん追い抜いて、あっという間に半分の五十メートルを泳ぎ切ってしまう。水泳は得意らしい。

 俺は得意というほどではないからそんな危ない真似はせず、ほかのみんなの流れに乗る。

 息継ぎで顔を出すときに見えた未来の目が、その一瞬でわかるぐらいとてもキラキラとしていた。

 泳ぎたいんだろうな、きっと。あ、おいダメだぞプールサイドまで寄ってくるな。お前嘘とはいえさっき紫外線アレルギーって自分で言ってたろ。

 見るたびこちらへ近付いている未来にそう言ってやりたい。


「土屋、ちょっと」


 流されるように泳ぎ、残り二十五メートルというところで、飛び込み台に立った秀に呼び止められた。


「まずいかもしれない」


 先に泳ぎ終わっていたらしい秀の見たものが俺に口早に告げられる。

「長谷川さん速いんやな!!」とテンションが上がってつい方言が出た未来に、ゴールした長谷川が苦笑して、引き上げてくれと手を伸ばした。

 望まれるままその手を取ろうとすると、波に押されたように見せかけ長谷川がわざと未来を引っ張って、頭から飛び込む形でプールにダイブさせたらしい。


 経緯を知った俺はプールサイドへと勢いよく振り向いた。

 確かに、そこにいたはずのあいつがいない。急いで周囲を見回すと、見学用の椅子に片手をついて、しゃがみ込んでいる未来の姿が見えた。

 傷口がしみたのだろう、未来は手のひらでガーゼ部分を押さえていた。


「土屋、止まってるぞー」


 プールから上がって駆け寄ろうとすると、運悪く先生に見つかった。泳ぎ切っていないのにどこにいくつもりだと無言の圧で脅してくる。


「様子見に行くよ」

「わるい、頼む!」


 秀に一度任せ、内心苛立ちながら残りの二十五メートルを全力で泳いだ。

 なあ先生、そんなに目を光らせてんなら未来のことも見てたはずだろ? 

 怪我に水なんて痛いのわかるだろ? 

 そうじゃなくても、見学してたはずのやつがプールに落ちて、何も声をかけないのか? 

 脳裏に浮かぶ、朝の世紀末(よぎみ)先生の書類を落とす光景。この先生も同じように、未来の目だけで判断してるってのか。そんなに青い目が怖いのかよ。


 ――ああ……くそったれ教師ども! 


「ちょ、長谷川さん何してるの!」


 最後まで怒りのまま泳いだ俺はプールから上がった瞬間、ぐるんとこちらに首を回した秀と目が合った。

 その瞳に怯えがあって、どうしたのかと未来と長谷川のほうに視線を移した。


「……何してんだよ」


 長谷川が、未来のびしょ濡れになった体操服をまくりあげようとしていた。

 やめろ。理由があって長袖着てるんだ、それ以上何もしないでくれ。


「ひ、一人で脱げるから大丈夫! いいから授業戻って?」


 未来は慌てて手から逃れ、更衣室へと走る。


「待ってよ相沢ちん。脱ぎにくいでしょ? 手伝うってばー」

「おい、長谷川!」


 断られたはずの長谷川が懲りずに追いかけようとするから、止めなくてはとつい怒鳴り気味になってしまった。

 すると、冷ややかな目が彼女から向けられ、一言。


「えっち」

「な……!?」


 硬直する俺と秀を置いて、長谷川は更衣室へと走っていった。放たれた言葉が脳内を駆け巡って、ぐさぐさと追撃してくる。


「秀、土屋! おい二人ともしっかりしろって!」


 状況に気付いた斎に揃って肩を揺さぶられ、俺たちは同時に正気に戻った。

 更衣室の中にはもちろん入れない。だけど、長谷川が未来に何かをしようとしているのは確実だ。

 どうすればと考えていると、斎が何かに気付いたようでまた何度か揺さぶってきて、その物体を指さした。


「なあ、あれって……」


     ◇

 

 二人が入っていった更衣室は、慌てていたせいかドアが開きっぱなしだった。

 えっち。なんて言うなら閉めるべきだろうと言いたいが、この状況下だとこちらとしてはありがたい。

 部屋から聞こえるかすかな二人の声が、外にいる俺たちにも聞き取ることができるから。

 今は未来が困惑して、どうして? どこ? といった意味合いの言葉が何度も聞こえている。


「相沢ちんどしたの? 着替えがないなら、半袖で良ければアタシ体操服予備あるよー」


 だろうな。何せその『未来の着替え』は、今俺が持ってるコレだろうから。

 斎に言われ視界が上下するまま確認した物体は、紛れもなく未来の体操着を入れている袋だった。

 あいつは今着ているのだから本来何も入っていないはずなのに、その袋はやけにこんもりと膨らんでいて、だからその瞬間理解した。


 どのタイミングでやったのかは知らない。でも、長谷川はご丁寧に制服をこっちの袋に入れ替えて、未来が困るように隠してやがったのだということを。


「あっ、いや、その……」

「脱ぎにくいでしょ? 手伝うって!」


 あともう一つ。もしかしたら長谷川が執拗に服を脱がそうとしているのは、未来が嘘をついたのがバレているからなのかもしれないということ。

 長袖を着ている本当の理由を、探ろうとしてるのかもしれなかった。

 そこまで情報の整理ができたところで合図を出し、斎に更衣室から離れた位置で長谷川を呼んでもらう。

 俺や秀が呼ぶと、さっきみたいになるだろうという斎の助言に甘えさせてもらって。


「長谷川ー。おーい、集合だって! 早く来て!」


 その知らせはもちろん嘘ではあるけど、中からガタッと音が聞こえ、信じたのだと知る。


「呼ばれちゃった! 行ってくるね。またあとで」


 小声で返事をした未来を残し、長谷川が出ていったのを目で確認する。秀と一緒にドアの後ろに隠れていた俺は、持っていた袋を室内を見ないように投げ入れて、すぐに扉を閉めた。


「なんか、疲れたね」


 秀がゲッソリとした顔で呟いた。


「ごめん、ありがとな」


 いち早く状況に気付いてくれた秀に感謝した。女の水着姿なんて絶対見たくなかっただろうに、先に様子を見に行ってくれたことにも。何だかんだ情に厚いやつだよなとしみじみ思う。

 少しすると、制服に着替えた未来が出てきた。


(りゅう)、制服ありがとう。どこにあった?」

「……あそこ。シャワーのとこの裏側。斎が見つけてくれた」

「そっか。あとでお礼を言わないとね」


 作ったような明るい声と表情で笑う未来は、自分の右腕を隠すように左腕で覆っていた。


「あの。さっき、心配してくれてありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる未来を見て、秀はパッと目を逸らした。


秋月(あきつき)秀」


 短く名乗るだけで返した秀は、そわそわしている斎のもとへと先に戻って行った。

 簡素な返事に不安げな顔でこちらを見る未来に、あいつは女の子が苦手なだけだと補足する。

 さっきの嘘とは違い、今度こそ本当に集合がかけられて、嫌な気持ちのままクラスの輪の中に二人で向かった。

【第六回 豆知識の彼女】

体操服の袋には、大きく名前を記入しなければならない。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 二年三組⑥》

お昼ご飯を食べます。

よろしくお願いいたします。

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