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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十五話 手のひら

前回、長谷川薬店のお助けジュースを未来がいただきました。現在は隆一郎と加藤の試合を見ています。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「いくぞ」


 彼はやんわりとした投げ方でパスをする。

 それを確実に受け取ってドリブルを始めた一年生を、三木が大きく腕を開いて行く手を阻んだ。

 これでいいかと確認するような視線を向けられた俺は大きく頷いて、そのまま続けるよう無言で指示を出す。

 さっきから見ていると、この一年生……前に行けないと悟ったらすぐに誰かへパスする傾向にある。だからこそ。


「こっちじゃ!」


 わざと、加藤が呼ぶのを待つ。

 助け舟をもらった一年生が声のする方へ振り向きざまにパスをした。すっげぇ良いコントロール。


 ボールはゴールに向かって走る加藤へ一直線。

 感動もほどほどに、加藤について回っていた俺はその綺麗な軌道の先に手を伸ばしてボールをかっ攫った。


「このっ!」


 加藤の悔しそうな声を聞きながら、ゴール近くで待機している杉本へ力いっぱい投げ付ける。空気が唸るほどの結構な豪速球だが、あいつなら絶対に、取れる。


「ナイスパス!」


 バシンッと音を鳴らして確実にボールを捕まえた杉本は、相手チームが止めにくる前にゴールへふんわりと投げてネットを(くぐ)らせた。


「やったー!!」

「ナイスです!」


 喜ぶ杉本と三木のハイタッチに俺も交ぜてもらいにいこうとすると、「土屋」と呼び止められた。


「次は無い」


 そう明言した加藤らしくない真剣な表情を、俺は今後忘れることはできないだろう。

 相手チームの一年生からスローイン。二メートルほど離れた場所にいる加藤へボールを投げる。

 それを受け取った加藤は足を少し後ろに引いて、回れ右をした。そして、投げた。


「えっ?」


 俺の間抜けな声はネットを通過する激しい音に掻き消される。

 ボールを受け取って、方向転換して、投げた。たったそれだけで三点分のシュートを決めやがったのだ。


「わ……け、わかんねぇ」


 想定外の事態に驚愕する。

 バスケットコートの幅がどれくらいかあいつは知ってるんだろうか。二十八メートルもあるんだぞ、どんな腕力とコントロールしてやがる。

 ほとんどコートの端っこからシュートを決めてしまった彼はその後も止まらない。


 俺へのパスを「さっきのお返しじゃ」と体を滑り込ませて遮って、転がりそうになったボールを器用にリカバリー。

 二度目の得点をさせないよう追いかけるが、くるりと一回転して避けられ流れのままレイアップシュートを決められる。


「くそっ!」

「まだまだじゃ!」


 加藤がまた遠くからシュートを打とうとするのに気が付いて、止めようとするも強引に打ち出される。


「さ、三連続得点……!?」


 安定しない体勢にも関わらず放たれたボールが綺麗にネットへ吸い込まれ、驚く三木の声と同時に得点板の数字が変わってしまった。25対26。

 逆転されて焦る杉本が「やべーぞ」と青い顔で俺に指示を仰ぎに来た。

 確かにこのままやつの思い通りにさせているとまずい。だけど、不思議と今の俺に焦りはなかった。


「大丈夫だ。絶対にミスしない人なんていないから」


 落ち着いて諭し、少しでもリラックスできるよう笑いかける。

 大丈夫。どこかで必ず、()()()が来る。

 そう自分にも言い聞かせながら、しばらく交互に点をもぎ取る状態が続く。

 そしてある時、加藤が打ったシュートを俺が邪魔したために珍しく綺麗に入らず、バックボードに当たって跳ね返ってきた。

 このタイミングを、絶対に逃してはならない。


「流れ、止めるぞ」


 続いていた、やってはやり返しの状態を打ち砕く渾身の一手。

 相手チームのやつより先にジャンプしてボールを奪った杉本が、俺へと投げてくれる。

 一番近くにいる加藤が阻止しようと手を伸ばすが振り切って、シュートを決められる位置まで一気に走った俺はバックボードの黒い枠線の隅っこ目掛けて放つ。

 狙った場所へ確実に当たったボールは、俺の理想通りの動きをしてネットをくぐり抜けた。


「っし!」

「カバーせぃやぁあああっ!!」


 俺のシュートで二点入った現在の得点は38対36。

 叫ぶ加藤に「すいません!」とチームのやつが謝るが、今のは杉本のファインプレーだ、仕方がないと思う。

 だけど『加藤のミス』からの『こちら側の逆転』は、みんなが思っているよりもずっと、あいつを揺さぶる種となる。


 そしてここを境に、少しずつ、本当に少しずつだけ、点差が開いていく。味方チームの得点の紙が捲られる。

 時間が止まっているのではないかと思うほど集中した攻防の中、残り時間一分と知らされた。


「なんでじゃ! さっきまでワシらの方がバンバン決めとったのにっ、なんで決まらんくなってきたんじゃ……!?」


 得点板の数字を見た加藤が焦った声を出した。

 加藤チームのシュートは打っても打ってもなかなかゴールに入らなくなってきて、あのミス以降一度しかシュートを決められていない。

 ガンッと鋭い音を出したボールはバックボードに当たって跳ね返り、その後ゴールのリングで更に跳ね返ってからネットを通過。俺は点を獲得する。


「六点差」


 走り回って息が乱れるのは構わず、加藤が出すか出すまいかとほんの少し迷った末に打ったパスを、タイミングを合わせて奪い取る。

 加藤のしまったというような顔が、その瞬間俺の目に飛び込んできた。

 焦り始めた加藤には未来へ見せた子どものような笑顔は無く、その余裕のなさが周りの味方へと伝わって、焦りを助長する。


「杉本!」


 名前を呼んで顎をくいっと向け、ゴール近くへ行けと無言で指示を出す。

 前半で硬い動きをしていた杉本に、後半まで入ってもらったのには理由があった。

 それは自分で言った中学最後の球技大会だからというのも嘘ではないが、それ以上に、チームの得点源になり得ると思ったから。


 体育の時間のバスケでは、割といい動きをしていたのを俺は知っていた。

 だから、もったいないなと思った。

 緊張のせいで点を決められず、楽しむこともできずに終わるなんて絶対嫌だろうと。


 だから俺は自分がシュートを打つと思わせるために、ゴールから少し遠い位置で構えを取った。

 止めようと相手チームがこちらへ来て、杉本の周りに人がいなくなったら、そこが狙い目。


 シュートではなく、杉本に向けてボールを飛ばす。

 誰もいないゴール近くから、ゆっくりと狙ってシュートを打てるように。


「しゃぁあっ!!」

「くそ……ッ!!」


 俺の期待を裏切らずシュートを決めてみせた杉本は、悔しがる加藤と重なって声を出した。


「杉本」


 高揚した彼のもとへ駆け寄る。動き回ったせいで体温が上昇した自分の右の手を、少し開いて杉本へ近付けた。


「ナイスシュート」


 落ち着いて言う俺の顔を見て杉本は目をぱちくりとさせたが、すぐに笑って勢いよく叩いてくる。

 ヒリヒリとするお互いの手のひらが、更に熱く感じるような気がした。


「終わらせてたまるか」


 俺たちの後ろから声が聞こえる。


「負けてたまるか」


 小さく言う加藤は転がったボールをエンドラインから一年生に投げ、すぐに自分へと戻させる。


「おるぁあああっ!!」


 少しだけ前へ走り、今度は豪快に腕を振り上げて打ち出された加藤のシュートを、誰も止めることができなかった。

 勢いがありながらもきちんと弧を描くボールがネットへ入り、一気に三点が入る。


「逆転するんじゃ!!」

「お、押忍(おす)!!」


 加藤が畳み掛ける。素早い動きでこちらからボールをかっ攫い、二点、更に二点と得点を重ねた46対45での残り数秒。


 ここで決めると、コートの真ん中で加藤がボールを持って即座に跳び上がった。


「相沢さんが見てる前で、無様な姿見せられるかぁあああっ!!」


 叫ぶ加藤の手から、ボールがゴールへと放たれた瞬間。


 バシィッ!!


 周囲に響くのは、その力強さで空を切る音ではなく、人の手に当たって軌道を意図的に変えられた際に発生する、跳ね返る音。


 右の手のひらに広がるジンジンとした痛みを感じながら、ボールが飛ぶ方向へと合わせてジャンプしていた俺の足が床に着く。

 着地した数秒後、ボールはゴールに入るのではなく、床を跳ねるタンタンという音を鳴らす。


 俺が杉本と三木に伝えた必勝法。それは、加藤を()()()()こと。


 相手の得点源はほとんどが加藤であったために、あいつにゴールを決めさせなければ勝機はあると考えた。

 何かしらのイレギュラーによってあいつの百発百中のシュートが入らなかった時、『やばい』と思わせるために一気に攻めて、更に揺さぶりをかけてやる。


 そんな終盤の局面に起きた、絶好の機会。

 あと二点。あと二点で勝利をもぎ取れる。

 目の前にある大逆転という名の肉を食らうために、その得点を()く。

 そうしてできる小さな綻びは、『柔軟性』というこいつの武器を奪うのだ。


「おぉおおお土屋ぁあああっ!!」


 歓喜の声を上げた杉本が俺目掛けてすっ飛んできて、勢いそのままに抱きつかれる。

「ぐえっ」という自分の声に重なって、試合終了の笛が鳴る。

 周りの大歓声と46対45という得点板の数字が、俺たちの勝利を告げていた。


「……やられたのう」


 加藤が目を細めてふっと笑い、試合終了後にする礼の位置へゆっくりと向かう。

 汗だくの顔を手で拭いながら、少しでも涼しくするべくユニフォームをパタパタと前後に揺らして向かいに立つ俺に、加藤は優しい顔で言った。


「次は負けんよ」

「……今度は最初から本気でやれよ」


 俺の返答に、にひっと笑うこいつはきっと、前半から本気で動いていたら勝てたはずだ。敢えて厳しい状況からの逆転を狙って試合に臨んでいた加藤は、もしかしたらこの試合を、誰よりも一番楽しんでいたのかもしれない。


 ――ほんっとに、すげぇやつ。


 心の底から尊敬する。

 珍しく目が細くなるほど俺は笑って、加藤の手に自分の手を重ねる。ギュッと握り、止まない歓声の中で、互いを認め合う握手を交わした。

【第八十五回 豆知識の彼女】

加藤は運動神経抜群。でもマダーではない。


マダー……なれやっ!強いと思う!

とりあえず、お疲れ様でしたお二人さん!


お読みいただきありがとうございました。


《次回 欠けたメンバー》

未来さん目線も交えて、試合後のトラブルです。

よろしくお願いいたします。

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