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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十四話 苦さと耳打ち

前回、隆一郎と加藤の試合が始まりました。

隆側のチームが有利の状態、試合前半は16対2で終了しています。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「相沢さんお疲れ様ーっ!」

「かっこよかったよぉ!」


 前半の試合を終えてコート外から続きを見ていると、未来は他クラスの女の子二人に声を掛けられた。


「最初のね!? いちばん最初の、ギュンッ! からのダンクッ!! 痺れたよぉぉ」

「あ、ありがとう」


 一度も話したことがない名前すら知らない人たちに褒めちぎられ、あたふたとしながら応対していると、彼女らの一人が「これ、さっき買ってきたの」と弾ける笑顔で何かを差し出してきた。


「あげる!」

「えっ? で、でもっ、悪いよ」


 未来の遠慮もお構い無しに押し付けてきたのは、オレンジ色のとある飲み物だった。

 ただのジュースならまだ受け取りやすかった。だけどそれはこの学校の自販機でしか売っていないちょっと高価なドリンクで。


 二百ミリリットルという小さなサイズでは考えられないくらい値段が高く、しかしそれ以上多くは飲めないと誰もが言うほどに苦い。

 そんな酷い味のこのドリンクは、体の状態を一番いい状態へと導いてくれるパフォーマンス向上系の飲み物だ。


 ここまで言えば、この国、特に都市部の人なら説明しなくても察しがつくだろう。

 名称は『長谷川薬店のお助けジュース』。お値段は五百円越え。


「この後も頑張ってほしいから!!」

「うっ」


 目をキラキラと輝かせながら飲んで飲んでとお願いしてくる彼女らに、ごめんと拒否ができるわけもなく。


 自分のためを思ってくれているのだと未来は心に言い聞かせ、ドリンクの蓋を回して開ける。味をできるだけ感じないよう息を止めて、勢いよく喉へと流し込んだ。

 彼女たちの「わぁあっ」という嬉しそうな声を聞きながら、無心でゴクゴクと飲み続ける。


 喉を伝う、さながら餡掛け料理の餡のような少しトロミのあるこの液体は、苦いという、ただそれだけで未来の顔を青くさせた。


「じゃあ、頑張ってね!」


 いいことをしたとばかりに笑顔で走り去っていく姿を見つめ、有難いような悲しいような、微妙な気持ちのまま未来はその味に耐える。


「……にがい」


 完全に見えなくなったのを確認してから急いで自分の水筒を手に取って、これでもかというほど飲んだ。

 何かが張り付いたような喉の違和感と味を、どうにか胃へ流し込もうと必死になって。


 ――ねぇ凛ちゃん。長谷川薬店の薬がよく効くのはすごく理解してるよ。だけどもう少し、こう……美味しくならないかな。あと、痛くない薬とかさ。


 水筒の中身が半分になってしまうほど飲んで飲んで、やっと苦味が消えて息を吐くと。男子コートの方から(すぐる)の大きな叫び声と歓声が上がった。


「しゃぁあああっ!!」

「いいぞ加藤ーっ!」


 興味を引かれ、一度女子コートの得点板を見る。試合残り時間は七分、相手チームとは大幅に点差がついた状態。自分と交代で入った夏帆の調子も良さそうだ。

 一回戦は勝てると確証を得た未来は、こっそり男子コートの試合を見に行った。


     ◇


「ナイッシュー!」


 周りから上がる大歓声。

 いとも簡単に得点を奪っていく加藤に俺は暴言を吐きたくなった。いや、吐いた。


「クソがッ!」

「はっはっは!! 土屋もまだまだじゃのう?」

「うっせぇ!」


 加藤のカチンとくるようなドヤ顔に向けて俺は荒々しく叫ぶ。膝に手をついた中腰のダサい体勢で。

 戦況は……そうだな。あんまり思わしくない。


「おう? 土屋、あそこ見てみろ。相沢さんが来てくれとるぞ」

「あ?」


 一定のリズムでドリブルをしながら俺に促す加藤。演技ではなさそうだったのでそちらを見てみると、コートを隔てる網の向こう側で、後ろ手を組んで観戦している未来がいた。

 加藤がガキみたいな笑顔で空いてる方の腕を豪快に振ると、未来は微笑んで手を振り返してくる。


「ぐへへ、可愛ええのう。土屋が羨ましいわ」


 デレデレ。デレデレ。

 鼻の下を伸ばす加藤を「あっそ」と軽く突っぱねて、ボールを奪うべく俺は突撃する。


「まわせ、まわせぇぇい!!」


 そう簡単にはくれてやらない。そんな意思を見せた加藤は横に来た味方へとパスをする。

 俺の手から逃れ、後ろへ移動した加藤にまたボールが渡された。

 奪い捕ろうと躍起になる俺たちを欺くように、彼は腕を高らかに上げてゴールを狙う。


「させません!」


 三木がジャンプしてそれをブロックしようとした。

 しかし加藤は投げない、三木のジャンプとタイミングをずらして跳び上がる。


「えっ」

「すまんのう、一年生」


 ユニフォームから覗くガッシリとした腕から、その見た目にそぐわない優しいシュートが放たれた。

 弧を描くボールはパシュッと音を立てて華麗にネットを通過する。


「っしゃい!!」


 歓喜の声を上げる加藤を、俺は顎先に手を置いて数秒見る。その後すぐにスローインで外へ出て、コートの端っこから杉本へパスをした。


寄越(よこ)せ」


 コート内に入り、杉本へ指示を出す。

 彼がボールをサッと投げ、受け取った俺はゴール目掛けてドリブルしながらダッシュする。


「止めろ!!」


 加藤の指示より先に近くのやつが守りに入ろうとするが、気にせず駆ける。

 相手を振り抜いた俺は力任せにボールをぶん投げた。

 ゴールのリング内をゴゴンッ! と跳ね返り、三点分の得点を稼ぐ。


「あんまり調子のんじゃねぇぞ」


 ガンを飛ばして言ってやると、加藤はこれみよがしに肩を竦めてみせた。

「怖い怖い」とわざとらしい感想を述べて。


「怖いのはお前だっつの……」


 ぼそっと呟いて、俺は額の汗を拭った。

 その後も取っては取られての攻防が続く。

 少しも気が抜けず、必死になってボールを奪い合う。

 前半が終わったあの時、加藤は低い声で言った。『そろそろ決めてこか』と。

 それを有言実行した現在の得点は、21対18。この数分の間で十六点も稼いできた。

 変わらずおちゃらけた感じに見えるのに、動きがさっきまでとまるで違う。マジで、強い。


「大丈夫か土屋〜。なんだか(みょう)ぉに静かじゃのう?」


 試合終了まで残り五分。ボールを奪おうと詰め寄っていた俺に、加藤が「どうした」と面白そうに聞いてきた。


「……ああ」


 ドリブルで床から加藤の手に吸い付く瞬間、俺の手のひらを挟み込んでボールを奪い取る。


「大丈夫だよ」


 周りの歓声、女子コートの音。それらがかなり遠いところから聞こえているように思う。

 無駄なものを拾わない意識。

 多分、この試合の中で今が一番集中してる。

 加藤が危ぶむ必要はない。だって理由は――。


「多分、楽しいからだと思う」


 ふと微笑を浮かべる俺に向けて、加藤は変なものを見たような顔をした。

 フォームを丁寧にとって、シュートを打つ。

 スパッと最小限の音を響かせた。


「……ふん。綺麗じゃな」

「だろ?」


 勢いでダブルピースをしてみると、加藤のデカい手によって頭を上下左右に揺らされた。

 調子にのってすいませんでした。


「杉本、三木。ちょっと耳かせ」


 スローインのために加藤がボールを拾いに行った隙に、俺はチームの二人へあることを耳打ちをする。

 ここまで彼らを見てきた中で気付いた点。更に、ここから逆転されないための秘策を一言で伝えた。

 加藤がボールを持って戻ってきて、コートの端のエンドラインに立ち、ふぅ……と短く息を吐く。

 杉本と三木から離れた俺は、加藤が入ってくるであろう位置に陣取った。

【第八十四回 豆知識の彼女】

長谷川薬店のお助けジュース;凛子考案


どれぐらい苦いのかは飲んだ本人しか知る由もないですが、こんなドリンク現実にあるなら毎日飲んでフルパワーで書いて描いてしたいですねぇ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 手のひら》

試合に終止符。

マダーの隆一郎はさておき、加藤はきっと中学生じゃないです。

よろしくお願いいたします。

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