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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十三話 感じる成果

前回、未来ちゃん怒涛の一発目。ダンクでした。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 隣の女子コートで起きた、驚くべき光景。

 試合開始からほとんど相手が動くことなくわずか数秒での初得点。

 小柄な未来がふわっと高く跳んだあの瞬間、蝶が舞ったのかと俺は思った。

 長い黒髪を翻して跳躍したあの美しさに、目を奪われないやつなんていないだろう。そう考えてしまうほど、今のあいつは本当に魅力的だった。


「やっぱり、相沢さんは素敵じゃな」


 俺と向かい合った相手チームの男がふっと笑う。

 逸れてしまった意識をそちらへ戻すと、そいつは俺より十センチぐらい高いところからギロリとした目で見下ろしてきた。

 ガタイの良さを引き立てる襟足だけが刈られた短髪と、柔道経験者だとすぐに理解できる、所謂(いわゆる)柔道耳が存在感を放つ男。加藤(かとう)(すぐる)


「しかし初戦から土屋のチームと当たるとは……ほんについてないのう」

「あ? 顔とセリフが噛み合ってねぇぞ」


 負ける気なんか微塵もないとでも言いたそうな加藤の顔は、口にした言葉とは正反対の自信に満ちた表情をしている。そんな彼は俺の言葉を聞くなり目力は強いままで、ニヤリと口角を上げた。


「ワシのチームがついてないなんて、誰も言ってなかろう?」


 ……ははーん、なるほどな。ついてないのは俺らのチームって言いたいわけだ。


 よっぽどプレーに自信があるらしいその男と俺以外の人がコート内に散らばる。

 ジャンプボールのため、俺の向かい側と背中側に味方が一人ずつ、加藤のチームのやつらも同じような配置に着いた。


 加藤の後ろで構えたこちらのチームメンバー、杉本(すぎもと)に俺は顎を振って、もうちょっと後ろに下がれと命令する。


 杉本のいる位置が一メートルほどゴールに近くなった時、先生がボールを高く投げ上げた。

 落ちてくるタイミングに合わせつつ、ほんの少しだけ早く跳び上がる。自分よりも背の高い加藤を出し抜くため、数ミリの差を作り出すために。


「よっしゃ!」

「何じゃとぉ!?」


 間一髪だったがボールは俺の手が先に触れる。

 手首を大きく動かして弾き、できるだけ前へと押し出した。

 加藤の後ろへ飛ぶボールは俺が先に指示した位置、杉本がいる場所に落ちてキャッチされ、味方ボールになる。


「ナイスー!」


 杉本がニカッと笑ってドリブルを始めた。

 だがその瞬間、床を突くボールはありえない音を出して一直線に飛び、お見事。敵チームの手へと渡る。


「んああああッ!!」

「何やってんだテメーッ!」


 全力で叫ぶ杉本。つい俺も荒い口調で叫び返す。

 緊張でもしてるのか? ボールが当たったのは床じゃなくて彼の爪先で、そのせいであらぬ方向に飛んでいってしまったらしい。

 棚からぼたもち状態の相手チームの男がニヤニヤと笑って、正しいドリブルをしてみせた。


「オシオシオシッ! 反撃じゃ友人A!!」

「あん!? 誰が友人Aだ、僕は檀野(だんの)だい!」


 チームメイトの名前覚えてないのかよ!?

 間髪を入れずに抗議した檀野の声で、俺も心の中でそう突っ込んだ。


「ちなみにおいらは!?」

「おお、友人Bよ!!」

「おいらは田川(たがわ)でやんす先輩!! きぇぇええ!!」

「コントでもしてんのかお前らは!!」


 申し訳ない、声に出た。

 加藤はもう一人の男の名前も覚えていないらしい。Bと呼ばれた男は更に奇声を上げる。


「きぃいいいいっ!!」

「すまんのぉ、B!」


 周りで見てるやつらが笑う。

 三人の掛け合いはクソ気になるが、緩んだ相手からボールを奪うのはそう難しくもない。

 よそ見をしている檀野の間合いに入り、ゆっくりとドリブルされたそれをかっ攫う。


「にゃんですとぉおお!?」


 無視だ無視!!

 笑ってしまいそうになる相手の反応を聞かなかったことにして、自分の手に移ったボールを床に突きながらゴールに向かって走る。

 体育で習ったやつ……は、しない。いちに、さんのリズムでやんわりとゴールに入れるあれは、確かレイアップシュートだっけ? そんなのはしなくていい。ただ、投げればいい。


「「いけぇ土屋ー!!」」


 俺の背中側から、杉本ともう一人のメンバー木村(きむら)の声が聞こえた。

 敵チームに追い付かれる前に打つんだ。ゴールから近すぎず、遠すぎずの位置!


「ここ!」


 ガコンッ!


 バックボードの枠線、ちょうど角の辺りにぶつかり、跳ね返ったボールはネットをくぐり抜ける。


「っしゃ!」

「ふはは! くぉら檀野ぉおおお!」


 加藤のおふざけ半分な声に被るように周りから歓声が上がった。

 まぁ、マダーが投げ技で外すわけにはいかないしな。なんて冷静に考えてしまう自分にため息をつく。


 こちら側のシュートが決まったから、次は相手チームからのスタート。授業で知ったのだが、どうやらスローインというらしい。

 コートの端、エンドラインの位置にいる加藤が、少し遠くにいる味方へと投げる。しかしその体格のせいか、投げられたボールは若干の弧を描いただけの豪速球で檀野に飛んでいく。


 ――これは、多分取れない。


 彼がキャッチできないだろうと瞬時に悟った俺は、前の方でガードするのをやめて咄嗟に檀野の背中側に回った。

 タイミング的には間一髪だったが、案の定、檀野の手はボールを捕まえられず。バチンッと音を立てて跳ね返り、俺のもとに飛んで来る。


「檀野君よぉおお!」

「ごめんちゃいぃいいい」


 いや、今のは無理だったと思うぞ。


 変わらずおちゃらけて言う加藤と一応謝る檀野。二人に背を向け、俺はゴールへと駆ける。


 味方へのパスも考えたが、木村は田川からブロックに付かれていて投げたら取り返されそうだし、杉本はフリーで顔は満面の笑みなのに、まだ緊張してるのか体はロボットみたいに動きが固く、鈍くて無理そうだ。


 絶対また変なところに飛ばすと予想。俺は後ろから急いで追いかけてくる加藤と檀野に追いつかれないよう走る。


「ははははっ! 待てぃ土屋ぁああ!!」

「待つんだい土屋ぁああ!」


 舌を噛むんじゃないかと思うほど笑ってぐんぐん距離を縮めてくる二人。ゴールまであと三メートルくらいのところで俺のほぼ真横まで追い上げてきた。


「誰が待つかよっ!」


 いざ奪おうとする加藤の手から逃れるべく、右手でドリブルしたボールを床を介して左手に移し、彼の手が空を切った瞬間、俺の足が床を強く押す。

 スパイクのキュッという音とともに跳び上がり、ゴールに狙いを定めて指先まで意識。シュートを打った。


「ナイッシュー!」


 ボールがネットを通過する音が、観戦してるやつらの声にかき消された。


「いいぞいいぞー! 土屋にボール集めろー!」

「ざけんなお前らもシュート決めやがれ!」


 調子に乗ってそう言い始める二人に怒号を放つ。

 だけど相手から奪ったボールを決まって俺にパスしてくるあたり、得点を取ろうという気は皆無なようだ。


「仕方ねぇ……」


 その度に相手のブロックを掻い潜って何度もボールを投げる。投げた数に比例して、得点が二点ずつ増えていく。


 14対2という得点ボードの数字。

 俺たちのチームがかなり点差を開いた前半の試合、残り三十秒。

 ドリブルをしながらゴールへ狙いを定めると、後ろに人の気配がした。とてつもなく静か。だけど、ボールを奪いに来たのが何となくわかった。


 捕ろうとするその手を躱すように体をくるりと回転させ、相手の思惑通りにはいかせない。

 背中がゴールに向いたまま、体をのけぞらして後ろ側にシュートを打った。


「嘘でやんしょ!?」


 バックボードには当たらず吸い込まれるようにボールが入っていくのを目で追っていた俺は、さっきの人の気配が田川であったと今更ながら知った。


 去年よりも、周りの変化が感覚でわかる気がする。どうすればいいか、頭よりも体の方が先に動いてる感じ。


 これも鍛錬の成果だろうかと考えながら周りの歓声を浴びていると、前半が終わる笛の音を聞いた。

 試合前半、16対2で今は圧倒的に俺たちが優位。でも後半になってメンバーチェンジをするから、まだどう転ぶかはわからない。


「土屋、後半もいけるか?」


 水筒の中身をがぶ飲みしてから俺に聞いてきた杉本は、体育館の窓から外のグラウンドを覗き見る。そこではサッカーと玉入れの試合が行われていて、なんだかんだ団体競技に参加した秀がいるはずだ。


「いけるけど、どした?」

「後半出る予定だったやつ二人がまだあっちで試合してるみたいでさ。よかったら土屋と木村、後半も出てくれないかと思って」

「えぇ、オレもー?」


 俺と木村を交互に見る杉本は、あまり乗り気ではないというか、自信がなさそうな表情だった。木村は木村で、なんで時間が被るかもしれない種目に出てんだよといったニュアンスの文句を言い始める。

 そんな二人を見て俺は少し考えた。

 後半から交代で入るメンバーは一年生の三木(みき)。まだ全く競技には参加していなくて体力が温存されている三木と、俺が入るなら……。


「いや。お前来い、杉本」

「んえぇええ!?」


 俺が言うなり顎が外れそうなほど大きな口を開けて叫ぶ杉本に、俺は今考えた率直な理由を述べる。


「カッチコチだったの、緊張してただけだろ。少し動いて最初よりは幾分かマシだろうし、今は結構点差が開いてるからめちゃくちゃ頑張らなくてもいいしさ」


 きっとお前は、もっとできるやつだと思うから。

 まだ不安そうな杉本に、俺は笑って言ってやった。


「大丈夫だ。点差詰められても、俺がちゃんと取り返してやる。中学最後の球技大会なんだ、とことん楽しもうぜ」


 そんな話をしている俺たちを、「きゃあああっ!」という鼓膜が破れそうな声が襲う。


 女子コートから悲鳴のような黄色い歓声が上がり、その声と重なってガコンッ! とボールがネットに押し込まれる音が鳴った。


「相沢さん素敵ーっ!!」


 黄色い歓声の正体は、どうやらこの後に試合を控えている他クラスの女子らしい。二度目のダンクを決めた未来が余程カッコよかったんだろう。

 ……霞むなぁ、俺。

 ゴールにぶら下がる未来がしゅたっと降りて、今から後半戦に入るらしい保井とハイタッチをして入れ替わり、コート外に出ていった。


「相沢さんかっけぇなあ」


 ぽつんと言う杉本に、俺は「だろ?」と自信を持って返事をする。

 頑張っている未来に感化されたのか、微妙な顔をしていた杉本は自分の頬をペチンと叩いた。


「おし! 後半戦、俺も出る! 悪いがフォローは頼む!」


 その顔に、先程までの不安な様子は一切無かった。


「おーおー、ちぃと遊びすぎたなぁ!」


 得点板を見ながら俺たちの会話を聞いていたらしい加藤が、大声で笑う。

 するとその音量が少し小さくなり、「じゃあ……」と、今までとは違う落ち着いた低い声で、ゆっくりと言った。


「そろそろ、決めてこか」

【第八十三回 豆知識の彼女】

加藤と隆一郎の身長差は十センチくらい。


どこかのタイミングで身長にも触れられたらいいなぁと思うのですが、隆は決して小さくはありません。凪さんとの鍛錬も頑張ってるので結構いい体つき。


試合前半は16対2。結構点差は開いて見えますが、七回ゴールしたら追いつけるぐらいですねぇ……いや、割と大変なような? ふふ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 苦さと耳打ち》

タイトルを変更しました。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
真剣なバスケの試合のはずが、だいだい檀野とやんしょ田川のおかげで合間合間にくすりとしちゃう~! 未来ちゃんの格好良さにかすんでいると思っているようだけど、隆君もめっちゃ格好いい活躍しているからね! 一…
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