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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十一話 球技大会 幕開け

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「上がった上がった!」

「おっけーおっけー! ラストお願い、阿部さん!」


 目の前に広がる女子たちの、バタバタと動く体育館のコートの中で、白い球が投げられて、打たれて、飛んでくる。


 バレーボール。それは手でキャッチするわけにはいかず、床に落とすこともできず、本来は腕の狭い範囲だけで正確にセッターの居る位置へとボールを返して反撃に出る競技。


 だがプロではなく、しかもバレー部でもない中学生の彼女らにそれができるはずもなく、レシーブで打ち上げたボールは天井高く飛んでいく。


 味方コートの中ではあるものの、スパイクを打つ人、つまりスパイカーにボールを繋げないといけないセッターという役割の位置に、そのボールは到底届かない。


 コートの中には六人味方がいるが、一番上手い女子がそのセッター枠に入れられているようで、名指しされて助走に入っている阿部以外のその他の女子たちは、上から落ちてくるボールにビビってそのボールを取りに行かない。


 当然セッターはボールを落とすまいとして、どうにかそこへと滑り込み、体勢を崩しながらも何とかボールを捉え、親指の付け根の辺りで打ち返して繋ぐ。


 ああ、上手いな。


 そう思った。

 比較的取りにくい位置に飛んできていたボールが、阿部がジャンプするであろうその位置に、ほとんど正確に飛んでくる。


「ナイストス瀬戸(せど)さん!」


 去年俺たちと同じクラスだった瀬戸。割とスポーツ万能なんだよな。


 ネット際でぴょんと床を蹴る阿部は、軽く跳んだだけに見えたのにかなり高い位置まで跳び上がる。そして右腕をぐっと後ろに引いて、勢いよくフルスイング。


「せいっ!」


 スパイクされたボールは、彼女の可愛らしい見た目と掛け声に似つかわしくない、触れば腕がもげそうなほどの勢いを付けて相手コートへと音を立てて打ち下ろされた。


 一瞬、ボールが勢いで歪んだように見えたぞ。


 わあああという味方の歓声に、阿部はニコニコしながらハイタッチをする。普段ふわっふわしてて悪戯好きな天然女子だが、さすがにキューブに好まれてるだけあるなと感心せざるを得ない。


 今日は球技大会当日。

 あと五点阿部たちが点を取ったら彼女らが勝利、相手が勝つにはあと十点取らなければいけない状況。


 この試合が終わったら、コートの半分ずつ女子バスケ、男子バスケで分かれて試合になる。

 ちなみに俺も男バスの方で試合をする予定。

 だからもうそろそろ、未来が暫く頑張ってきていたバスケの成果を見せるとき……なんだが。


「未来。昨日の夜、何かあったのか?」


 朝俺が起きたときから今までずっと、重い表情をしてあまり喋らないでいる未来に声をかける。


「ううん、大丈夫だよ。ちょっと色々思うところがあっただけ」


 俺の隣でこぢんまりと体育座りをして、試合を見ながら色々という言葉だけで纏めてしまう彼女は、意外と俺に隠し事をしたりする。

 だけどその隠し事は、絶対死人に関係することばかりで、日常のことや人間関係のことは隠したりしないし、嘘もつかない。

 だから多分だけど、隠したくはないけど一応黙っておいた方がいいかもしれない。っていう心境なんじゃないかな。必要なら、ちゃんと言ってくれるだろうし。


 そう思いながら、あと十分かかるだろうかぐらいのコートの中をふたりで見る。


「あの子たちも、哀しい運命に駆られてるんだなあと思って」


「……」


『あの子たち』

 死人の事をそう呼んだ未来は、どれだけ死人が非情で残酷であっても、いつだって哀しい存在だと言う。例え周りの人間が死人に殺されても、きっとその思いは変わらないのだろう。


「……あ」


 未来が小さく声を出す。顔が少し左上の方を向いて、そこにいるショートボブの髪をした女の子を見ていた。


「世良ちゃん」


 未来が少し焦った様子で立ち上がる。

 彼女とも何かあったんだろうか? 状況のよくわからない俺は試合の方から目を離し、微妙な空気を出しているふたりを横から見上げる。


「あの、体の調子はどう?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます未来先輩」


 いつもと変わらぬ様子でクールに言う吉住世良。


「昨日は、迷惑かけて、すみませんでした」


 顔を下に向けて、お腹の辺りで指と指を重ね、申し訳なさそうにしながら言う彼女に、未来が首を横に振る。


「ごめん。訳あって、あの死人を元に戻すことはできなかった。でも、生きてるよ」


 話の流れを聞く限り、どうやら吉住は死人と対面、しかも負傷したっぽいな。でも生きてるって言うってことはつまり……捕獲したって事か?


「……あのバスケットボール」


 吉住が重い口を開く。


「あのバスケットボールは、この学校が創設されたときに買ったボールだそうです」


 彼女は下を向きながら続ける。


「一番最初のバスケットボール部は、とにかく弱くて、全然勝てなかったそうなんですけど、当時の主将がこのままじゃダメだって事で、目標を掲げたらしく」


 細かく動いていた右手が彼女のジャージの右ポケットに入り、一枚の写真を取り出した。


「『絶対優勝』そうボールに書いて、みんなで日々練習に明け暮れて。そうして努力に努力を重ねて、中学最後の全国大会で、悲願の初優勝に至ったそうです」


 ここからだと見えないが、恐らくその全国大会での写真だろう。


「年数が経って部員が変わっても、ずっとそのバスケットボールを使って練習をして。……でも、その後からは、いつまで経っても二回目の全国大会優勝は成し遂げられず、それどころか予選敗退を繰り返したそうで」


 体育館の中の歓声が、一段と大きくなった。ちらっとだけ得点板を見ると、あと二点で阿部チームが勝つ状況。そろそろ準備を始めた方がいいかもしれない。


「その話を、少し前にキャプテンからみんなにされたんです。キャプテンは、全国大会とまではいかないけど、球技大会は優勝しようねと締めくくったんですが、一年生は違う意味で捉えてしまったみたいで」


「……そのボールがあるから、今のバスケ部は勝てないんだ、って?」


「はい」


 ……願掛けして臨んだ全国大会の優勝。それが当初のバスケ部で成就してしまったから、今勝てないんだと? こじつけもいいところじゃないか。いや、この学校は創立三十何年とか始業式で言ってた気がするし、ずっとそうなら、そう思ってしまうものなのだろうか。


「捨てに行こうって話してるのを偶然聞いてしまって、まずいと思って引き止めました。でも、もしこれが勝てない原因なら、私たちは明日負けますよと言われて。……少し、迷ってしまったんです、そのときに」


 下を向いたままの吉住から、鼻をすする、ぐすっという音が聞こえた。


「夜になっても、それが頭から離れなくて、眠れなくて、やっぱり、違うって。あのボールはバスケ部の大切なもの。私たちの宝物なんだって思い直して……探しに行きました」


 耐えられなくなってボロボロと落ちる涙を、必死に拭いながら彼女は言う。


「でも、探しきれなかった。見つけてあげられなかった。圧縮されたゴミ箱の中には、人は入れないから。入ったら人間も圧縮されてしまうから。だからそこに入るまでに助けてあげないといけなかった。死人化してから見つけても、学校に連れ帰っても、もう遅い。あのボールを、死人にしてしまったのは……私なんです」


 語り終えた吉住は、ぐっと目に手を押し付けて勢いよく離し、顔を上げ、泣いて赤い目で未来の顔を見た。唇をかみしめて、自分を責めて、全てを未来に伝えた彼女は、瞳に強い光を宿して言った。


「今日、よろしくお願いします」


「……うん」


 その死人の為にも、今日は勝ちたいのだと。彼女はそんな顔をして、ぺこりとお辞儀をする。

 吉住は試合の準備をするべく俺たちの前を小走りで通り過ぎていく。それを未来が少し迷った様子で呼び止めた。


「世良ちゃん」


 足を止めるも、吉住は振り向かない。

 それでも未来は言葉をかける。


「あの子はあなたを殺さなかった」


 未来が持っている確信を。


「世良ちゃんの思いは、ちゃんと伝わってるよ」


 例え死人にさせない選択ができたからと言って、それで自分を責めるのは違うということを、彼女は教えようとしていた。


 吉住は振り向かない。でも、手が体の前にいって見えなくなる。見えていたショートボブの髪が少し屈んで、こちらから見える量が少なくなる。……肩が、震える。


 死人という、凶悪でみんなが恐れている存在は、時に人の心を動かす。彼女もまた、そのうちの一人なのだろう。


 体育館に今までで一番の歓声が上がる。

 ドパァンッ! とボールが床を叩きつける強い音が響いて、試合終了を知らせる笛が鳴る。

 25対17。阿部のチームの勝利で、バレーは幕を閉じた。

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