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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第八十話 遠征-2日目-

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 人のいない静かな街に、死人とマダーが殺り合う声と音だけが鳴り響く。

 殺されたのか、それとも希望を失って自害したのか、マダー以外の生存者のいない街に電気の明かりはない。

 ただ空に浮かんでいる気持ち悪いほど大きな月が、凪たちのいる赤い街並みを照らしてくる。とても大きく綺麗な月。今日は所謂、スーパームーンの日らしい。


 そんな月を見上げながら、目の前に群がる殺意に満ちた死人達に制裁を加えているところに、ポケットに入っている小型の通信機が小さく震える。

 縦横無尽に襲いかかってくる大量の死人の間をすり抜けながら片手一本で彼らの心臓を潰し、反対の手で通信機を手に取った。


「……未来?」


 通信機に表示されている『未来』の文字に、凪は珍しいなと思った。普段電話なんてしてこないし、夜中だし、何より必要でなければ携帯なんて彼女は触っていないのだから。


 近くにいる流星(りゅうせい)(みなと)に一言断りを入れてから、通信機の応答ボタンを押す。


「はぁーい、もしもーし。凪さんだよ〜」


 せっかく電話してきてくれたのだから、少しぐらい楽しんでもいいかな。そう思いながら応答したのだが。


『……凪』


 返ってくるその重苦しい声に気付く。人の前でだけ自分をさん付けで呼ぶこの子は、今は一人で、そして何かがあったのだと。


「どうしたの」


 自分の周りを囲い込む死人を蹴散らして、真剣な声で聞き返す。電話の向こう側にこちらの戦闘中の音が聞こえてほしくないから死人に呻き声すらあげさせない。

 確実に即死させながら未来の言葉を待つ。


『……死人が、死人を食べたよ』


 少しだけ間隔をあけて未来が言った。


『食べるために、死人が死人を作り出してた』


 ――なに、それ。


「いつの話? 今?」

『ついさっき。生け捕りにして、今本部に送り届けてきたところ』


 緊張した声が簡潔に伝えてくる。

 新種の死人を殺さず捕獲。さすがであった。


「ありがとう。被害は?」


 周りでみんなの叫ぶ声がする。どうやらちょっと強い死人がいるみたいだ。

 獲物を横取りするみたいで気が進まないけど、誰にも死んで欲しくない凪は自身の周りに【威光(いこう)】を放つ。これは単純に熟語から思いついたもので、半径十メートルぐらいの距離にいる死人を自然に服従させ殺すことができるもの。

 どんなに強い敵であっても凪の方が強い限り、その力でガラス玉に変わることは避けられない。


『街に被害は無し。学校の後輩が、その死人にやられて左手を負傷。薬で対応してるから朝までには回復できると思う』


 背中側から飛んでくる火の玉の攻撃を、そのまま後ろに蹴り返し、それを打ってきたであろう張本人にぶつけて倒す。


「わかった。未来は?」


 聞かなくても大丈夫なのだろうことはわかっていたが、一応聞く。


『無傷』

「良かった。了解、そっちに戻ったら改めて話を聞く。だけど暫く帰れそうにない。思ったよりも酷い有様だよ」


 一ヶ月なんてそんなに長い期間必要ないと思っていたが、どの死人も変化(へんげ)が著しい。体が大きくなっていて能力も面倒なものが多い。命を宿した瞬間から、もう随分と時間が経っているみたいだ。


『うん。怪我しないように気をつけてね』


 彼女のその言葉に、凪は周りの危険を忘れて少し笑う。

『死』ではなく『怪我』を心配する未来のその言葉は、凪が勝って帰ってくることを何ひとつ疑わない、自分への圧倒的信頼。

 心をくすぐる。


 遠征に来ていると知っている未来は手短に伝えて電話を切ろうとする。でも凪は、もう少し声を聞いていたかった。


「未来」


 もう一度【威光(いこう)】を放つ。近くにいる死人を片付けて、電話の声に集中する。きっと、遠征中に未来が電話をかけてくるのは、これが最初で最後だろうから。


「明日……あ。日付変わってるから、今日だね。球技大会、頑張って」


『ふふ。うん、ありがとう。凪も、あんまりかっこ悪いところ見せたくないかもしれないけど、(せい)ちゃんと湊さんを頼って、無理しないようにね』


「……はい」


 痛いところをつくなあ。頼るの、苦手なんだよ。

 そう思いながら、「じゃあまたね」と電話を切って前の方で戦っている流星と湊を見る。

 数が多い割に【血まみれ(ブラッディ)】も【拘泥(こうでい)】も使っていないところを見ると、それでは倒せないみたいだ。


「【闇夜の住民たちよ、我が光の力の前にひれ伏せ】」


 凪が小さく唱えるその言葉の直後、自分の視界に入る全ての場所が光る。この光を前にして、その場の死人たちが一気にガラス玉へと変貌する。


「イタいなあ……」


 子どもの頃に考えた技だから仕方がない。けれど、使うたびに技名を変えたいと、何で技名って変えられないんだろうと、切実に思う。


 あの頃見ていた戦闘系アニメの中で、『悪役』イコール『闇』で、ヒーローは『光』の存在だと。その闇が、この世界でいう所の死人で、自分がみんなを守る光の存在なのだと思い込んでいた。だからこの技は強い。強いけど、できれば使いたくない。

 わざわざ唱えなくてもキューブの力は使えるものの、言葉に出して言う方が想像しやすいため、大概は口に出していた。


「電話、終わったか?」


 戦う対象のいなくなった静かな広い土地に、凪の方を向いた流星が声をかけてくる。


「うん。ありがとうね」


 少し落ち着こうと深呼吸をする。


「どうした。ガキんちょの声聞いてウキウキかと思ったら、んな微妙な顔し……」


 流星がハッとして口元を手で覆う。やってしまった、言ってしまったというような、焦りを隠せない表情をして。


「……ガキんちょって言わないでって、何度も言ってるよね」


 顔色が悪くなった流星をジロッと見ながら、右手に五センチ程の光の玉をいくつか作る。


「待て! 待て待て待て!! 話せばわかる! 名残なんだよ、最初に会った時からの名残! 流れで出てくるだけだから!!」

「名残? 流れ? そんな言い訳が通用すると思ってるの?」


 光の玉を、流星の着ているタンクトップの中へと滑り込ませて細かく動かし、『こちょこちょ』という名の罰を与える。


「ああああーーっ!!」

「……今のは流星が悪いよ」


 近くにいた湊は助けたりせず流星に言う。

 笑い転げている彼を見ながら、「だから言ったでしょ」と言葉をかけるのを聞いて、どうやらこれまでにも自分の知らないところで同じように言っていたのだと知る。


「……はぁ」


 一つため息をついて、流星の服の中にある光の玉を消し、二人の横を通って建物のある方へと向かう。


「休みたい。疲れたから五分休憩させて」


 腰に巻いている長袖の上着を羽織って言う。

 後ろでバッとこちらに勢いよく振り向く音が聞こえた。


「弥重が頼ってきた」

「凪が頼ってきた」


 同時に言う小さな声。


「聞こえてるよ……」


 そんなに珍しいのかと振り返ると、二人はボロボロと涙を流しながら凪の方に固い動きで歩いてきていた。ロボットみたいな動きで。


「「頼ってきたー!」」

「なっ、なに、ちょ、やめて!」


 ガバッと抱きついてきて、少しだけ自分よりも下にある二人の顔が凪の両頬に引っ付いた。

 苦しく感じるほどギューッと抱きしめてくる二人はそのまま凪の頭をわしゃわしゃと撫で始め、これでもかとばかりに髪をぐしゃぐしゃにする。


「ちょっと! 子どもじゃないんだからやめっ……」

「一人で抱え込みすぎんじゃねーよ。バカヤロ」


 静かな流星の声が、凪の言葉を遮る。

 くっ付いた頬が離れてこちらを見つめる彼らの顔が、今までに見たことがないぐらい安心した顔をしていた。


「リーダーだからって全部自分でしなきゃいけないんじゃないでしょ?」


 湊が笑って言う。

 そんなに独りで戦っているように見えているんだろうか。そうでもないのだけれど。


 言葉に出して伝えないからわかりづらいかもしれないが、苦手なりにちゃんと、いつも頼っていた。支えられていた。

 だけどやはり伝えるのは苦手で、更にこちらを見続ける視線が恥ずかしくなってきたのも相まって、凪はそっぽを向く。


「……あんまり、見られると恥ずかしいよ」


 付き合いも結構長いのに、いつまで経っても見つめられることには慣れない凪は彼らから逃れようとする。

 それでも一向に離そうとしない二人を見て、愛されてるなぁと感じながら凪は未来との会話を思い出した。


『頼る』なんて、以前の彼女ならそんな考えは持っていなかっただろう。東京に来て、新しい人と出会って、受け入れられて。頼れる人ができた証拠に、心から安堵した。


 そうして思い出す。彼女の重い声を。

 死人が死人を食べる。死人が死人を作る。

 そして凪たち高校生マダーと一部の本部の人間だけが知っている、()()()()の死人の真実。

 ――ああ、怖い。


「帰ろうね、みんなで」


 頭の中をぐるぐると回るそれらに一旦蓋をして、気が緩んでしまった二人に言う。


「おう」

「もちろん。凪と流星がいるなら百人力だよ」


 自信満々に笑う顔。大丈夫そうだ。

 体が離れ、自由になった凪は疲弊した他のマダーたちに向かって言う。


「明日の昼、隣の県に行くよ。この先にある残りの二つの街は今から僕と流星、湊で受け持つ。それまでここで暫く体を休めていて」

「次の街に行く前にお前は少し休め!!」

「痛っ」


 頭に飛んできた流星の本気に近い平手打ちに、凪は素直にその場に座るしかなかった。

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