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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第七十九話 前日④

前回、雲の上へ。タスケテと声がしました。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「えっ……」


 攻撃はこない。

 代わりに複数の眷属から青い()が引かれ、吸い込まれるようにバスケットボールの死人の口へと入っていく。

 次いで、ぐしゃり。ひしゃげる嫌な音。

 むごい光景に思わず口元を押さえた。


「……うそ」


 喰われてしまったのだ。

 未来に助けを求めた眷属と周りにいた数体が、あらがう間もなく捕食された。


 バスケットボールの死人は未来になど目もくれず、それはそれは美味しそうに眷属を味わっている。

 食い終わる前に別の眷属へ糸を伸ばし、逃げようとする彼らをまた残酷な音を響かせ噛み潰す。

 嚥下えんげした先はどんな構造なのか。

 小さな体には到底入らないだろう数と大きさが、次々と腹の中へ収まっていく。


「どう、して……」


 心臓が激しく脈を打つ。

 死人が死人を食うなど見たことも聞いたこともない。

 そもそも自由に作り出している時点で異質なのだ。

 しかもむしゃむしゃと品のない音を鳴らし、むさぼるその姿。

 食を楽しんでいるとしか言いようがない。


 ――落ち着け。

 言い聞かせ、ギリッ……と、奥歯を鳴らす。

 世良に見せた強い意思を含め、やはりこの死人、他の個体とは明らかに違う。一時いっときの感情で討伐してはならない。

 刀の先を死人へ向け、空いている手はポケットに。

 通信機を取り出し耳に装着した未来は、本部のトップへ直接電話をかける。


『私だ』


 ワンコールで応答した男性の声に、相変わらずですね、などと言えるほど余裕はない。

 未来は端的に伝えた。


「死人をひとり、()()()()()()()。受け入れ準備を」

『キキッ……キュイッ!』


 捕獲されると知ってか、食事を終えたからか。

 こちらへ反応を示さなかったバスケットボールの死人は突如として襲いかかってきた。


「【木刀(ぼくとう)(かい)】!」


 通信を切り、日本刀を思わせる『改』の【木刀(ぼくとう)】を追加で生成。

 繰り出されるマテリアルの弾丸を二刀流でさばきながら、ソテツの葉を羽ばたかせて死人に近接。


「ふっ!」


 無防備な口へ刀を突き刺した。

 だが手応えはない。

『腕』が生えたのだ。死人の右側面から出現した、関節の外れた青白い細腕にガードされている。

 本体には当たらない。


 ――変化へんげが早い。さっき食べた子たちのエネルギーを変換してる?


 冷静に分析しながら刀を引く。

 今度は斬ろうとするがそちらも上手くいかない。

 同じような細腕が左からも生えて、刀を受け止め、挟んでポキンと折る。

 つかだけが未来の手に残る。


『キキッ、キュヒヒッ!』

「……楽しい?」


 折った刀も吸収して、死人は殴りかかってくる。

 こちらの頭部を狙う拳を柄を利用して受け流し、新たに【木刀(ぼくとう)(かい)】を作り出した。

 口は元からあったとして、この体型の変わりよう。もしこのまま変化し続けるとしたら。


 大事だいじになる前に腕を切り落とそうとする。

 だが、硬い。

 切れ味の良い刀を使っても、彼が生やした腕はびくともしない。せいぜい皮膚が切れていればいいところ。


『キッキ、キキッ!』


 ほらどうした、やってみろ。そう言いたげな嘲笑。

 随分と感情豊かだと未来は思う。

 を置かずに足まで生える。

 さっきまでバスケットボールでしかなかった死人は、いびつではあるが、たった数分で四肢を手に入れた。


 やはり、食べた分だけ成長している。でなければこんなに早く人型になったりしない。


 変化を急いだ理由は強くなって人を殺すためか、それとも言葉を得るためか。

 後者であればありがたい。本部へ連れていくには力を制御させる必要があり、職員の安全のためにもできるだけ良好な関係を築かねばならない。


 一切怪我をさせず、納得できるまで話し合えるなら。

 死人になった理由や哀しみを知り、和解して、一方的な捕獲ではなく協力を得られるならば、最も良い結果になるのは間違いない。だが、


「うん……そうだよね」


 事はそう甘くはない。

 死人の背中側から追加で二本の腕が生えた。

 先にできた青白い腕とは真逆の、真っ赤で、大きく太い、頑丈そうな腕。

 ハエを叩き落とすような仕草で片方が未来に迫る。


「【葉脈(ようみゃく)】、アクセルモード」


 くるりと後転して回避。

 つい最近み出した技を使って両手の【木刀(ぼくとう)(かい)】を赤く光らせる。

 斬る。


『――キィッ、アァアアアアアアアアアアッッッ!!』


 噴き出す体液に死人は絶叫する。

 未来を攻撃した頑丈そうな腕が、軽い一太刀ひとたちで根元から切り落とされたのだ。

 痛がる死人はもう一本の太い腕で傷口を押さえ、青白い両腕で未来を叩きつけようとする。

 しかしそちらも赤い刀の餌食となり、空中を激しくのたうち回った。


 普通の刀ではびくともしなかった死人の腕を、容易く切断できるまで殺傷力を上げる技。それが【葉脈(ようみゃく)】、アクセルモード。

 葉と茎の維管束いかんそくが結合して、水分や栄養を届ける仕組みから得たインスピレーション。

 鍛え上げた素体の力をエネルギーとして注ぎ込むことで、作り出す技を最大限強化するのだ。


「無駄だよ」


 考え無しに蹴り出す両足も赤い刀で切り伏せる。

 せっかく作り出した腕と足のほとんどを失い、攻撃手段が減っていく死人。

 おそらく次に繰り出される攻撃は、


「【過度を慎めサフラン】」


 死人が眷族を作り出したと同時、未来が生み出す紫色の花が討伐を終える。

 攻撃手段がなくなったならまた増やせばいい。眷族を作って捕食し、もう一度変化しようとするだろう。

 予想通りであった。


「ねぇ、バスケットボールさん」


 為す術なく呆然とする死人へ、未来はめげずに話しかける。


「あなたはどうして死人になったの? 何が哀しくて、誰に伝えたくて生まれてきたの?」


 思い出してほしい。自分が魂を宿した理由を。

 人を殺すために生まれたわけじゃないだろう。気持ちを伝えることを諦めないでほしいと、声に出して願った。


『キ……ギッ!』


 ギョロりと睨まれる。

 当たり前だ。彼からすれば、未来だって他の人間と変わらない。むしろ自分を殺そうとしている。

 味方っぽい言い草で取り入るつもりなんだろう? そう青い瞳が訴える。


 しかしなぶるような台詞せりふは出てこない。

 口から発されるのは変わらず鳴き声だけ。

 成長したのは体だけなのか、彼はまだ話せないようだった。


『キィ……キュ、キ』


 ぽろっ……と。大きな単眼に見合わない、小さな涙。

 声に出して言えない感情が、赤い液体となって流れ、夜の空に消えていく。

 そんな儚さとは正反対の濃厚な体液が、傷口からどんどん溢れて落ちてゆく。


「治療する。動かないで」


 言った途端、拒絶反応。

 近寄ろうとした未来を死人の手が払い除け、体を鷲掴みにして力が込められる。

 ミシッ……と音が鳴る。


「いいよ、やっても」


 死人の体が跳ねた。

 すぐさま出た許可の言葉。驚いた拍子に力が入り、骨折どころか体を握り潰されそうになる。

 しかし未来の表情は変わらない。

 涼しい顔で死人を見つめ、苦しさを隠して観察する。

 いいよ、なんてなぜ言うのか。彼は本気で戸惑とまどっているようだ。


「それで気持ちが楽になるのなら、やってくれて構わない。あなたには、その権利がある」


 死人になるほど哀しかった思い。

 言葉にできないもどかしさ。

 理解してもらえない絶望。


 伝えようとしているのはわかるのに、その内容まではわかってあげられない。

 そんな人間、こわしたくもなるだろう。

 体を差し出して解決できるならば、喜んでその暴力を受け入れよう。気が済むまで殴って、四肢をもいで、はりつけにして観賞でもすればいい。


 だがそれだけで解決できないことは、未来が一番よく知っている。

 暴力で心が満たされるはずがない。愛情を求めて生まれる彼らは、根源となる哀しみを取り除くことでしか解放できないのだ。


 その事実に、目の前の死人は気付くだろうと思う。

 今日生まれたばかりではあるが、頭のいい子だ。力に頼るか否か、自分で考えて判断できるはず。

 こちらの要望ではなく己の意思で、戦わない選択を取るだろう。そんな確信を持って未来は伝えたのだ。


 青い単眼は未来を捉えて離さない。

 体を締め上げたまま時間だけが過ぎていく。

 お互い何も言わないままどれくらい経ったのか。

 前触れなく、ふっ……と死人が脱力する。

 手から力が抜け、骨の位置が戻り、未来の体が自由になる。


「ありがとう」


 酸素を十分に取り込んで、武器を消した未来はゆっくりと死人に近寄った。

 宣言した通り手当てを始める。

 あまり刺激しないよう、そっ……と、最初に斬った腕の付け根に触れ、少しずつ【カルス】を形成する。

 カルスとは、植物が傷を負った際に作る細胞のこと。人間でいう瘡蓋かさぶたと同じ役割を持つその細胞が傷口を覆い、溢れ出ていた体液を止める。


「あなたを討伐するつもりはない。連れていくってさっき言ったけど、痛めつけるとか、苦しい思いは絶対させない。約束する」


 他の腕や足も治療しながら、未来は包み隠さず話す。

 言葉は悪いが、生け捕りにして、あなたの生体について知りたいのだと。

 今までに見たことのないタイプの死人。彼を筆頭に、死人について何かわかるかもしれない。未来が目指しているもののために、その命を使ってほしいとはっきり伝えた。


「時が経てば、自然と話せるようになる。仲間を食べなくても強くなれる。……今は言えない哀しい気持ちも。いつか、言葉にできるから」


 話をしている間、彼はじっと未来を見ていた。

 その言葉がまことであるかを確かめるように。

 嘘偽りがないか見定めるように。

 そうしている間に、五つの瘡蓋が出来上がる。

 赤い腕が一つ残る丸い形で落ちついた。


『……キ』


 ペッ、と口から刀を吐き出した。かと思えば、彼は刀身を咥えて未来の手に優しく置く。


「いいの?」


 攻撃の手段を自ら手放した死人へ聞く。

 返事ができない彼は目を閉じて、全身で頷いてみせた。

 未来がまだ何もできないでいると、焦れったいとばかりに死人は口を大きく開ける。

 中にある青い球体――死人の心臓があらわになった。


『キュイ』


 やれ。そう言っている。


「……ありがとう。協力に感謝します」


 自ら命を差し出す行為に礼をして、未来は口を結ぶ。

 帰ってきた【木刀(ぼくとう)(かい)】を死人へ向け、喉元に生えた青い玉の表面を手早く切り落とす。


「【朝顔(あさがお)】」


 球体から四角に変わった心臓へ、蔓を優しく巻き付けた。

 対象を自在に操れる【朝顔(あさがお)】が、彼の吸収・射撃の能力を封じ込む。

 学校ここから本部へ行くまで、住民の安全のための最低限の措置。痛みを感じない程度の僅かな拘束だ。


「行こう。あっちに着いたらすぐに取るからね」


 励まして、都の真ん中にある本部へ向かう。

 いくらゴミ箱から離れているとはいえ、眠った世良を一人にするわけにはいかない。【(はぐく)生命(いのち)よ】で動く植物を作り出し、外敵が来たら戦うよう命令してそばに置く。

 彼女が目を覚ましたらなんて説明しようか。そう考えながら、未来は学校を後にした。

【第七十九回 豆知識の彼女】→【感謝の舞!!】

とは様から、未来が飼っている死人のおキクのイラストをいただきましたっ!この愛らしさをぜひ皆さんにも見て頂きたいと思います!というか愛でてほしいなぁと思いますっ!!!!


挿絵(By みてみん)


イラストに起こしてもらったことがないもので、そして何よりこんなにも素敵なおキクを描いていただけたことが嬉しすぎて、ほくろは飛び跳ねておりました。

幸せ者です。とは様、ありがとうございました!!


お読みいただきありがとうございました。


《次回 遠征《二日目》》

凪視点でお送りいたします。

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― 新着の感想 ―
きゃぁ、照れちゃう~~! 二周目の読み返しに来て、自分の描いたおキクちゃんに出会うなんて~(照) 自分がどれだけ痛みを与えられようとも、心を通わせたいという未来ちゃんの心が届いてよかった。 未来ちゃ…
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