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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第七十八話 前日③

前回、学校にて死人を抱えた世良を見つけました。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「世良ちゃん……なんで」


 思考が停止する。

 彼女はどうしてここにいるのだろう。なぜ制服のままなんだろう。痛みに耐えてまで、どうして死人を抱いているんだろう。

 わからない。

 わからないが、このままにしておくわけにはいかない。

 世良が抱き寄せているその死人は逃げようとはしていないが、しかし殺気は大いに撒き散らしている。

 まるで、殺されても知らないぞ、と脅すかのように。


「……あなたは、バスケットボールかな」


 刺激しないよう気をつけながら、未来は死人に語りかける。

 こちらをギロリと睨む単眼の死人は、かなり使い古したバスケットボールのようだった。黒いマーカーで書かれた『絶対優勝』の文字が、時と汚れで消えかけている。


 元に戻せる可能性は低い。むしろ危険と判断する。

 死人の感情が哀しみではなく怒りにまみれた時。彼らはもう、この世のものではなくなってしまう。姿が戻ることはない。

 目の前の死人から伝わる感情は、こちらが悲しくなるほどの強い怒り。

 復讐してやろうという気持ちが見て取れる。


 ならば、事が起こる前に。

 世良にこれ以上の怪我をさせないため、住民を守るためにも討伐を決意する。

 頭を戦闘モードに切り替え、【朝顔(あさがお)】の蔓を作り出そうとした。


「み……く、せん、ぱ……」


 名を呼ばれる。

 意識を取り戻した世良の目が薄らと開かれて、未来が返事をする前に、小さな粒がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「ごめ、なさい。ごめ……私、さがし、きれっ……くて」


 震える唇から発されたのは、謝罪だった。


「世良ちゃん大丈夫。大丈夫だから、謝らないで」


 戦闘に出る者ならまだしも一般人が慣れるような怪我ではない。

 呼吸は乱れ、表情がゆがむ。

 死人を抱える手には力が入った。


「世良ちゃん、その子を放してほしい。話はあとでちゃんと聞くから」

「だめ……っです。この子を、殺さないで」

「そのままじゃ危ないよ。お願い、世良ちゃん」


 何度頼んでも聞き入れない。死人を庇うようにして世良は訴える。

 この子は何も悪くない。だから殺さないで、と。

 綺麗な瞳を潤ませて、片手で精一杯、死人を抱きしめる。


「……その子が悪いんじゃないのは、私もわかるよ。命を生むほど哀しませるのは、いつだって人間だから」


 圧迫された死人の目がつり上がり、世良をギョロリと睨む。怒りの矛先が彼女へ向いた。


「でもね、その子をこのままにはできない。ほうっておけば人を殺す。……手を打たなきゃいけないんだよ」


 ごめん。謝りながら、世良と死人の間に【ラベンダー】を咲かせる。

 攻撃寸前だった死人は驚いて硬直。世良は安眠効果がある花の香りによって眠りの世界へといざなわれ、脱力する。


「逃がさないよ」


 弾けるように空へバウンドする死人。

 勝手はさせない。植物の種を包む皮、【種皮(しゅひ)】と呼ばれる楕円体だえんたいを作り出し、中の空洞を利用して死人を捕獲。

 再び自由を失った彼はどうにか逃げようと暴れ回る。


「世良ちゃんごめん、少し我慢してね」


 世良の痛々しい左手を外壁から慎重に引き抜いて、【落葉おちば】で作る簡易ベッドへ寝かせてやる。

 ワタの種を包んだ繊維【綿花(めんか)】から糸を紡いで布を作り、押さえて止血。一応持ち歩いていた克復軟膏こくふくなんこうを傷口に擦り込んだ。


 ――なんだろう、このにおい。


 薬の痛みを和らげるべく【ラベンダー】を強めると、それとは違うにおいが漂った。

 よく見れば世良の制服にはドロドロとした汚れが付いていて、まるでゴミ箱による圧縮を待つ部屋――いわゆるゴミ収集庫にでも入ったかのような状態。

 彼女が涙を流して言った、『探しきれなくて』という言葉を思い出す。


「……そういうことか」


 何となく察した未来は立ち上がり、死人を捕らえる【種皮(しゅひ)】を見る。

 一部はひび割れ、攻撃するたび新たな亀裂が入る。

 すぐにでも脱出されそうだ。


「ねぇ世良ちゃん。もし……あの子を元に戻せたら。死人からバスケットボールに戻すことができるとしたら、世良ちゃんの家に置いてあげられる?」


 世良は答えない。

 呼吸をするだけで未来の聞きたい二文字を寄越よこしてはくれない。けれど。


「やれるだけやってみるよ。死人のために泣いてくれた、あなたの思いに応えるために」


 バキィッ! 【種皮(しゅひ)】を破ったと同時、死人は憎悪の表情で転がり出る。

 バスケットボールの黒い筋に沿って体を切り開き、単眼の下に大きな『口』が現れた。やはり吸収、射撃の能力。


 壁に吸い付き、マテリアルを球体にして撃ち出される。

 迫る危険な物体に対処すべく、未来は木製の【玄翁(げんのう)】を巨大化して生成、構えた。


「――らぃッ!」


 打つ。バッドを振る要領で。

 ハンマーに似た形の【玄翁(げんのう)】が球体を打ち返し、発射された時と同じ軌道を描いて飛んでいく。

 勢いよく死人に衝突するが、体勢を崩すどころかごくんっと音を鳴らして吸い込まれてしまう。あの口はかなり面倒だ。


「【羽状複葉(うじょうふくよう)】、ソテツ」


 ならばと背中から木を芽吹かせ、二つのソテツの葉に成長。

 鳥を連想させる大きな羽状うじょうの葉を使い、 未来は文字通り()()()()

 中空にいる死人との距離を詰めた。


「眷属か。どこにでも生み出せるんだね?」


 あと少しで【玄翁(げんのう)】が届くというのに。

 学校ここやゴミ箱ではない場所、広い範囲で死人とおぼしき気配。

 未来の周りにも新たな死人が複数出現する。


『キシッ! キシシッ』

「あなたの声、初めて聞いたよ」


 何を死人化させたか知らないが、最優先は住民の命。

 自分への攻撃は宙を広く使って回避して、眷属に相討ちさせながら街方面へ【過度を慎めサフラン】を使用。

 空が紫色に染まる。

 討伐の音はここまで届かないが、その場にいた全死人が今の一瞬でガラス玉に変わっている。恐ろしい気配が消え去ったのが証拠だ。


「怒ってるんだよね」


玄翁(げんのう)】から【木刀(ぼくとう)(かい)】に持ち替え、周囲の眷属を倒してから話しかける。


「あなたのことを教えて」


 怒りに満ちていても、相手を理解して、どうにか元の形に戻せるなら。何か方法があるならば、心の底からそうしたいと未来は思う。

 それは世良の願いであり、未来自身の望みでもあるからだ。


 しかし人型でなければ死人は言葉を知らない。

 話したくても話せないために、泣いたり叫んだり、攻撃という名のコミュニケーションを取る。

 目の前の死人も例に漏れず。

 未来の言葉は届いても相手から返るものはひとつも無い。当たり前のように臨戦態勢をとる。


 歯がゆいとは、こういう時に使うんだろう。

 せめて、自分の語彙だけでも分けられたら。

 会話ができればもっと意思疎通ができるだろうにと、刀の柄を握り締めた。


『キ、キキ……』


 鳴き声。世良を寝かせた辺りをちらっと見たかと思えば、バスケットボールの死人は空高く一直線に飛んでいく。雲を突き抜け、灰色のモコモコに穴が空いた。


「ありがとう。優しいね」


 上空から死人の気配がする。

 範囲を絞って眷属を作り出した理由は、世良に危害を加えないためと推測。

 怪我はさせても殺しはしなかった点からも、自分を大事に思う人間の命は奪いたくないとみえる。


 意思が強く、ほかの死人よりも感情をコントロールしている。


 今までとは違う何かを感じながら、未来は死人が待つ雲の上に向かって飛ぶ。

 空ってどこまで行って大丈夫なんだろう、と少しだけ自分の身を案じるが、おつむが弱い未来は学校で習った内容など綺麗さっぱり忘れている。気圧の影響なんてものは記憶に無い。

 キューブの恩恵があるから大丈夫だろう。そんな安直な答えを出して上昇した。


「本当に、すぐに作り出せるんだね」


 普段は見ることがない、地上から二千メートル以上離れた雲の上の景色。

 どこまでも続きそうな夜の世界に月が存在感を放つ、美しい光景。未来を囲む死人の脅威がなければずっと眺めていたいほどだった。


「仲間を作る子はたまに見かけるけど、ここまで自由なのは初めてかも。どうやって作ってるの?」


 最奥にいるバスケットボールの死人を見据え、未来は問いかける。

 だがその質問は御法度ごはっととでも言うように、彼は大きな単眼を更に大きく見開いて、何とも表現できない奇声を上げる。

 戦闘再開の合図だと理解。未来が『改』の【木刀(ぼくとう)】を構え直した時。


 ――タス、ケテ。


 小さな声が、空気の波音に呑まれていった。

【第七十八回 豆知識の彼女】

本日突き抜けた雲は乱層雲。


雨や雪を降らせる雲です。2000m〜5000mくらいの高さがあるらしい灰色のモコモコをすぽーんと突き抜けたバスケットボールの死人と未来さんでした。

キューブも絶対じゃないんだよ未来さん。勉強しよう未来さん。勉強大事だよ……


お読みいただきありがとうございました。


《次回 前日④》

戦闘決着です。世良が学校にいた理由、死人を抱きしめていた詳細についてはもう少し先になります。よろしくお願いします。

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