第七十七話 前日②
前回、後輩のもとへ走る世良がいました。
バスケの見学により、斎が何か閃いたらしいその日の夜。
――相沢、ほんとにごめんな。俺も当番なのに、相沢ひとりでやらせちゃって。
研究所で話した内容を未来は思い出す。
ここ数年、手詰まり状態だったキューブの改良。その突破口が見え、作業に取り掛かろうとしている斎の邪魔をしたくはない。
今日のゴミ箱巡回は自分に任せ、休息も取りながら頑張るよう、彼に伝えたはいいのだけど。
「ちょっと無理強いみたいになっちゃったかな……」
善意のつもりが、今考えると押し付けがましい行動だったようにも思う。
念のため明日謝ろうと決めた未来は、キューブを展開しながらゴミ箱の上部にある大時計を見た。
あと少しで死人が生まれる時間。
左手に刻まれた『樹』の文字を右手で覆い、瞼を閉じて、今日も無事終えられますようにと願う。
しばらくそうしていると、肩に乗ったおキクが頬に擦りついてきた。
斎に家を大きくしてもらったからか、なんだか上機嫌で可愛らしい。
「ねぇおキク。どうして死人は、零時以降に生まれるんだろうね」
彼女の頭を撫でながら考える。
なぜ零時前には生まれないのか。
なぜ明け方になったら生まれなくなり、平和な時間が訪れるのか。
昼に生まれる死人はイレギュラーで、そう起こることではないと本部の人は口を揃えて言うけれど。
「本当に……そうなのかな」
手を止めた未来は考え込む。
死人の生体についてはほとんどわかっていない。
学者が色々な角度から調べているが、死人になる理由は『哀しいから』の一択。それ以外はほぼ未知である。
しかしそれだってどうだろう。哀しみから魂を宿すなら、道具や建築物、この世にあるもの全てが死人になれるという話ではないか。
便利を求める人間は既存に手を加え、より楽に、より使いやすくと努力を重ねている。
古手は役目を終え、時代と共に移り変わる。
不要とされる日が必ず来るのだから。
それなのにどうして、絶滅した動植物以外は、ゴミ箱に入れられたものからしか生まれないのだろう。
街に警備は置かず、ゴミ箱の前で待ち構えるだけで済むのはなぜなんだろう。
「……来るよ」
零時を知らせる鐘が鳴る。
思考を遮断したと同時にゴミ箱が光り、空高く眩い線が伸びる。
「すごい数。何百体いるんだろうね」
少々驚いた未来は「隠れてるんだよ」とおキクに言い付け、光を追う。
上空に生まれた死人と呼ばれる哀しい敵は、空が隠れるほどの大群で浮遊し、雑音と殺意を持って暴れようとしていた。
「黙祷……」
祈りの言葉を添え、両手に紫色の花を咲かせる。
そして、一言。
「【過度を慎め】」
口にした瞬間。周囲が濃紫に変わる。
伴ってパァンと音が響き、死人はいとも簡単に弾けてガラス玉となり堕ちてくる。
大雨のように降るガラス玉の間隙を縫い、残る三体の死人に向かって跳ぶ。
「【木刀・改】」
効力を失い、散っていくサフランの花。
空いた両手に切れ味の良い『改』の【木刀】を生成し、グッと握りしめる。
彼らがこちらへ向かって吐き出す丸い物体を切り裂いて進む。
妙な手応えと音だった。
とりあえず頭の隅に置いて、目の前にいる死人へ手をかざす。
「【引き抜け】」
ドシュッ。眉間から液体が繁吹く。
死人の頭部を突き破った鳥の形をした花のクチバシには、彼の心臓である青い玉が咥えられている。
――あと二体。
背中側と真上から放たれる丸い物体を認識。
空中で躱すのは難しい。
死人の一体へ蔓を巻き付け、振り子の要領で回避。
攻撃に転ずる。
「【引き抜け・連】」
ストレリチアの花が二つ、同様に死人の眉間を突き抜ける。悲痛な声を上げる彼らは心臓を奪い返すべく未来に掴みかかった。
「大丈夫。怖くないから」
人を覆い隠せるほどの大きな手に自分の小さな手を重ね、「安心して」と、穏やかな声で伝える。
こちらを睨んでいた死人の目が大きくなって、潤んだ瞳がよく見えた。
「あなたたちの哀しみは、私が受け止めます。――【悲しみは続かない】」
彼らを囲むように黄色い花を咲かせる。
鮮やかで美しい、周りを照らす五弁の花を。
二種類ある花言葉の片方『悲しみは続かない』が、死人になる理由『哀しみ』を取り除いて、傷を癒しながら元の姿に戻していく。
より気持ちを感じ取るために使用した【引き抜け】が、咥えている青い玉ごと雲散した。
「……おかえり」
とんっ、と未来が着地したと同時。元死人も風に身を委ねて降りてくる。
ひらりと舞う彼らの本当の姿はユニフォームだった。
きっと、もう少しだけ一緒に戦っていたかったのだろう。擦り切れて修繕が難しい表面や裾が、何度も着た思い入れのある服なのだと想像させる。
死人化した彼らの、思いが伝わる。
受け止めてそれぞれ綺麗に畳み、ひとまずキューブの空間へ収納した。
元に戻せた死人は本来の持ち主に返すか、リサイクルされて新しい人生を歩む。人生という言い方が正しいかはわからないけど。
そのどちらも叶わない場合は、二度と死人化しないよう専門のマダーに『お祓い』をしてもらって、再度ゴミ箱に入れられるそうだ。
ただ、また圧縮することに未来は賛同していない。
無理やり抑え込んだ心はいずれ暴走する。
凪が提示した一六六年後と言わず、もっと早い段階でこの国は終わりを迎えるだろう。
「ごめん、おキク。怖かったね」
そうならないように、互いのために今自分は動いているんだろうと言い聞かせ、思考を外した。
しっぽを隠すようにぐるりと巻いて、木陰で震えているおキクに声をかける。
「サフランが怖かったんだね、一気に倒しちゃったから。でも大丈夫だよ。あの技はね、花言葉の通り悪意がある敵で、極端に弱い死人にしか効かないからおキクは消えないよ」
花言葉『過度を慎め』。過度の悪意にしか効果がないので、善良なおキクや哀しみが強い死人、元に戻れるかもしれない死人は対象外だ。
「ん……?」
おキクを安心させようと手を伸ばすも、ゴミ箱から新たな気配。また死人が生まれたらしい。
「変だね、短時間でこんなに。初めてかもしれない」
出てきた大群を【過度を慎め】で消し飛ばし、辺りを見渡す。
周囲に散らばるのは、集めるのが億劫になる量のガラス玉。それと、先ほど自分が斬った丸い物体の名残。
そういえば、あの違和感はなんだったのだろう?
妙に硬く、表現の難しい音が鳴った不思議な球体。唯一の手がかりに近付いて、今は半球状になったそれを観察した。
「――マテリアル?」
まさかと思い、そっと触れてみる。
冷たい。しかも軽く叩けば甲高い音が鳴る。その特徴は間違いなく、爆破しても壊れないというこの国最強の素材、マテリアルのものだった。
未来は顎先に指を置いて考える。
死人の能力は被らない。例え同じ名称の物――今回のようにユニフォームが全て死人になったとしても、三体とも違う能力を持って生まれる。同じ技を繰り出すなど未来は見たことがない。
しかし今戦った三体は皆、同様に球体を撃ってきた。物を吸収・射撃する能力を全員授かったということになる。
マテリアル自体は死人になる際にゴミ箱から取り込むとして、異例が起きた理由を考えるならば。
「……ここにいない死人が、自分が持つ吸収と射撃の能力をゴミ箱にある何かに付与して、強制的に死人化させている」
自然発生ではなく、主となる誰かが死人を作っているために同じ能力を使える。いわば眷属なのではないか。
だとすれば、討伐した全てではないにしろ、大量に死人が生まれた理由にも繋がる。
しかも作り出している本体を見つけて仕留めなければ、いくら討伐してもまた生み出されてマテリアルの乱射にあう。いたちごっこというわけだ。
どうやら今日倒すべき相手は、頭が回るらしい。
「おキク。危ないから中に入ってなさい」
キューブを立方体に戻し、家へ帰るようおキクに言う。しょんぼりする彼女を「またあとで」と宥め、再度展開。
その場にしゃがみ、手を地面につく。
「【森林】」
索敵用の小さな芽を生やす。
未来を囲むように増えていくその芽が一センチほどの木に育ち、扇状に連なって地面を覆っていく。
十メートル、百メートル、五百、二千。もっと進んで、街の中心。五千メートル地点。
「……いた」
地を這う木々が教えてくれる。
敵がいる位置を。そして、その形を。
「人型……いや、丸?」
変な感じがする。死人のイメージは丸いのに、そこに人の形がある。生きた人間の形が、死人とともにある。
しかもその場所は学校のようだ。
――嫌な予感がする。
食虫植物の【ウツボカズラ】を作り出し、ゴミ箱から新たに死人が出てきたら食べるよう命令。
足元の小さな木に手を添えた未来は、五千メートル先にある木へ意識を向ける。
移動手段【接木】を使い、瞬時に着いたそこにいた人物は、
「世良、ちゃん?」
オレンジ色の丸い死人を抱えた女の子。
マテリアルでできた壁に左手を埋め込まれ、血が滴り、気絶した吉住世良だった。
【第七十七回 豆知識の彼女】
サフラン:紫色の花。花言葉は「過度を慎め」「歓喜」「濫用するな」など。
ヒペリカム:黄色の花。花言葉は「悲しみは続かない」「きらめき」などです。
色によっても意味が変わったりする花言葉。へぇーと思うことが多く一覧を見てると時間が溶けてます。もうこんな時間!?は日常茶飯事……気をつけねば!
お読みいただきありがとうございました。
《次回 前日③》
世良の様子と、バトル再開です。
よろしくお願いいたします。