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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第七十六話 前日①

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 まだ四月半ばだと言うのに、ブレザーどころかカーディガンすら要らないのではないかと思うほどの気温の中。クラスのやつらはギャーとかワーとか言いながら、先生から受け取った紙を見ている。そう、丸つけされたテストの答案用紙だ。


「よーし全員受け取ったなー? じゃあ間違ってたところ自分で調べて答え書き直しとけよー」


 担任はそう言って教室から出ていく。色々しなければいけない雑務があるとかで、静かにしていられるなら自習時間として自由にしてていいぞと言われているのだ。


「……斎。答えくれ」


 俺は自分の前に座る斎の制服の襟を軽く引っ張ってせがむ。


「ぐえ。土屋お前な……自分で考えなきゃ意味ないだろ」


 呆れ顔がくるりとこちらに向いた。

 それは確かに正論なんだけど、俺には面倒くさいという気持ちしかないから、そんな説教は聞き入れたくない。


「お願いします斎様ー」

「キモイ!」


 そう言いながら、渋々自分の答案用紙をこちらに回してくれた。

 ……まあ、わかってたことなんだけど。その答案にバツがつくなんてありえないわけで。十以上もある紙の右上には、全て100の文字が赤ペンで書かれていた。


「オール百点ってなんだよくそー」

「自分が見せろっつったんだろ……さっさと写せよな」


 前向きに座り直した斎は、また大量の資料を机の上に乗せて読み始めた。

 最近、こいつは酷く焦ってるように見える。前は学校で研究関連の作業なんてしてなかったのに、ここ最近は暇さえあれば、例えほんの少しの間だけでも何かしているようだ。


 俺が何か手伝えたらいいんだけど。

 少々申し訳なくなって、鞄に入れている水色の包み紙に入った飴玉を斎の机に投げた。


「やる。適度に休憩入れろよ」

「……さんきゅ」


 素直に受け取る斎はそれを口へ運ぶ。


「斎。いつもありがとな」

「大したことしてないよ。俺はお前みたいに戦うの得意じゃないし、こっちの方が性に合ってるだけ」


 今の話の中で、その手はページを二枚めくっていた。


「だから俺は俺にできることをする。みんながもっと安全に戦えるように、死ななくて済むようにするだけだから」

「……斎はもっと、自分を褒めるべきだよ」


 俺の言葉に、斎がページをめくる手を止めた。心底不思議そうな表情をこちらに向けるこいつは、結構自分のことには疎かったりする。


「そうやって斎が頑張ってくれてるから、俺たちが戦えるんだ。そもそもキューブをお前が作ってなかったら、もうこの国は存在してない。斎のおかげで、俺たちは生きていられる。だからもっと自分を褒めろ。自信を持て」


 二人の間に沈黙が流れる。程なくして、斎の口の中の飴が歯に当たる小さな音が聞こえ、俺は小っ恥ずかしいことを言ったと気が付いた。

 視線を斎から机の方へと移し、答えを書き写して紛らわす。

 自分で言っておきながら顔を上げられなくなってしまった俺に、斎の小さな声が届いた。


「ありがと」


 そう言って前に向き直った斎の背中は、少し震えていた。泣いているようだった。


「……おう」


 そんな斎の様子には気付かないフリをして、その後は一切声をかけず、互いの作業に没頭する。

 頑張ってる斎を見習って、答えを書き写してからその答えになる『理由』をキチンと理解しようと努力した。

 そうしている間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。テスト返しだけの日だから、今日の授業はここまでだ。


「書き写せたか?」


 何事もなかったかのように、斎はいつも通りの声、顔で俺に問う。

「ああ」と短く返事をして、斎のテストを纏めて返した。受け取って鞄に仕舞おうとした斎はそれを見た瞬間、ブフッと吹き出した。


「つ、土屋っ、おま、なにしてんだよ……!」


 斎は色々言いたいとばかりに言葉を途切れさせながら笑う。

 返した答案用紙の100と書かれた文字の00の中に、ガッツリとリアルタッチな『目』を書いておいてやったのだ。

 笑いを堪えようとする斎に、俺は得意げに言う。


「それさ、秀のつもり」

「ちょっ! ブハッ、も、むりっ」


 我慢の限界に達した斎が声を上げて笑う。笑って、笑って、最後にはお腹痛いとまで言うほど腹の底から声を出して笑う姿に、少し安心した。

 泣き顔なんて似合わねーぞ。

 そう、心の中で言ってやる。


 斎の爆笑が少し落ち着いてきた頃に、廊下を小走りする音が聞こえた。廊下側にある少し開いた窓から一瞬見えたのは、髪をポニーテールに結い上げた未来と、吉田、保井の三人。


「頑張ってるなー、相沢のやつ」


 斎も気付いたようで、廊下の方を見て言った。


「そうだな。球技大会も明日だし、今日は最後の仕上げって感じかもな」

「あーそうかも。ちょっと見学に行こっかな?」

「見学? いいのか、帰らなくて。あ、いや……研究所に行かなくて、か」


 放課後は急ピッチで帰る斎と秀。校内に残るのは必要な時ぐらいなのだが。


「いやーあのさ。俺もわけわかんねーって思ってるんだけど、相沢のバスケの動きがめちゃくちゃ研究の参考になるんだよ。素体(そたい)なのにキューブ使ってるみたいで、若干だけど閃きそうなんだよな」


 少し前に斎が教えてくれたのだが、素体というのは所謂キューブを使っていない生身の体を示すらしい。本来は数学だったり、人形のことを言うみたいだけど、キューブを主体とした際にその『器』になるというところからの由来で、基本的には研究所での専門用語なんだとか。


「素体でキューブ展開時と同じように見えるって……恐ろしい身体能力だな」

「同感だよ。でもな。みんなわかってるだろうけど、素体と展開時じゃ体のつくりが全く違うっていうことを、しっかり覚えててほしいんだ」


 斎が資料を鞄の中へ突っ込んで立ち上がった。俺も見学に行くべく、教科書なんて一切入っていない、軽い鞄を持って一緒に体育館へと向かう。


「素体の時に負った怪我は……普通の人間と同じだからそう簡単には治らないし、阿部の【痛み無し(ノーペイン)】みたいな回復系も全く効かない。キューブの力が及ぶのは、キューブを使っていた時にだけ。だからほんとに、相沢には気をつけてほしいよ」


「それ……素体だと気付かないまま戦闘に入る可能性があるってことか?」


「そ。今は長谷川ん家の薬が優秀だから大して問題じゃないけど、何が起きるかわからねーし。だからその点も含めて、キューブの改良が必要なんだよなー」


 そう言いながら腕を大きく上げて伸びをする。それを見ながら二組の前を通ると、ちょうど秀が出てきたところだった。


「無理だけはするなよ。秀もだけど、お前はのめり込みすぎる癖があるから」

「あいよ」

「何の話?」


 横に三人拡がっては邪魔なので、俺は二人の後ろを歩くことにする。


「最近の斎は頑張りすぎだって話」

「ああ、もっと言ってやってよ土屋。最近斎が休んでるところ全然見ないんだ」


 秀も気になっていたようで、俺の方を振り返って言う。いや、俺から見たら秀も秀なんだけどな?


「手伝えることあったら言えよ」

「いや、おそらく邪魔になるな」

「うん、多分手伝えることなんて何も無いよ」

「ひでぇ……」


 凡人にはできることなんてありませんよーだ。

 そんな会話をしているうちに一階にある体育館に着く。開いたドアの中から、吉田七瀬(よしだななせ)の大声が響く。


「前前前前ッ!!」


 その言葉に吉田のチームらしき人たちが一斉に走る。その前を突っ切って勢いよく跳ねるボールと、それを華麗に持つ未来の方へと。


「んっ!」


 ほんの少しの踏ん張る声を出して彼女は飛び上がり、空中で止まったかのような錯覚をさせる美しいフォームで、ボールをネットへと押し込んだ。


「あーーっ! ダメだ、やっぱり抜かれる!!」


 ダンクを決めてそこから軽い着地音だけ鳴らして降りてくる未来を、保井(やすい)夏帆(かほ)が悔しそうに見る。どうやら未来、吉住(よしずみ)世良(せら)チームVS吉田、保井チームに一年生が一人ずつの三対三で試合をしているようだ。


「今のところなんだけど、――――? ――――――。――――――――――?」


 戦術の話をしてるみたいだけど、何を言ってるかわからない。とりあえず未来が、今のはこうしたら抜けないと思うよってレクチャーをしてるみたいだが、素人には理解できなかった。


「相沢の方が教えてるのか」

「まあ敵に逃げられないようにするのも、逃がさないようにするのもマダーの基本だから、得意分野なんでしょう」


 体育館の端っこに三人で仲良く座って陣取る。

 俺の横で斎がキューブを持って、ピンク色の猫の耳がついたカチューシャみたいな機械を転送させた。耳の中身は黒色で、何かの画面になっているらしい。


「何だそれ?」

「思考コピペ君。これ着けてる間の自分が考えたことを全部記録してくれるんだよ」


 なんだその可愛い名前付けてるのに優秀なメカは。


「閃いたんだけど思い出せないとか、考えてることを整理するのに凄く役に立つんだよね」

「そうそう。で、ごめんだけど暫く話しかけないで貰ってもいい?」

「おう。飴舐めとくか?」

「うん」


 間髪を入れずに答える斎に少し笑って、一つ飴を渡す。それを口に入れ、思考コピペ君を頭に着けた斎の顔からは、笑顔が消えていた。ただただ真剣で、何一つ見落とさないように目を見開いて、彼女らを見つめている。


 忘れそうになる。毎日資料を読み漁っていても。

 いつもの可愛らしい、ふざけた行動も多い星の髪ゴムが大好きな隣にいるこの男は、六歳でキューブを作った超天才科学者なんだってことを。


 この百面相ヤローめ。そう思いながら、斎の思考を邪魔しないよう俺も秀も無言で試合を見る。

 スパイクが床を擦る音と、ボールが勢いよく跳ねる音。彼女らの真剣な声と歓声。

 それらだけが、この空間を支配する。


 幾度となくボールがネットを通過して、点数を重ねる。

 何度も何度もボールを奪われる一年生たちに、ボールを取り返すことができない二、三年生に、未来はその都度どうすればいいかを丁寧に伝えていく。

 時間が進むにつれ、動きを覚えた彼女らの点差が縮まってきた。

 ちらっと見た外の空は、もう赤色から暗くなり始めていた。


 そして遂に、吉田、保井側のボールがゴンッとバックボードに当たり、そのままゴールインして。同点まで追いついてきた時だった。


「あ」


 隣の斎が、一音だけ口にした。

 話しかけていいのかダメなのかわからないから俺は秀の方を見る。俺の視線に気付いた秀は、首を横に振って、しーと言うように人差し指を口に当てた。

 ちらっと斎の方を見ると、顔を下に向けて目を閉じ、指先で自分の唇を縦になぞるように小さく動かしていた。


 暫くそうしていて、明日が本番だからか、練習を早々に切り上げた未来達が片付けを始める。

 それと同時ぐらいに、その指の動きがピタッと止まった。


「なぁ、秀」


 目を開いた斎が、顔は下向きのまま秀に言った。


「何も()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか?」


 秀はそれには答えない。


「そうだよ……だってキューブはもう完成してるんだ。わざわざこれを何かしようなんて……そう。うん」


 自分の頭の中で会話しているようにボソボソと言う斎が、また考え込む。

 その状態で数分が経ち、汗だくになった未来たちがこちらへ来た時、彼はすっと顔を上げた。


「……キた?」

「うん。キた 」


 秀がようやっと話しかける。どうやら斎が顔を上げるまでは、何も言わないようにした方がいいらしい。


「隆、どうかしたの?」


 いつもと違う様子の斎を見て、未来が小声で俺に話しかける。俺も小声で返す。


「キューブのやつ考えててな。今いい感じみたいだ」

「そっか、邪魔しちゃだめだね。ささっと着替えてくるよ」

「ああ」


 足音すら立てないように体育館を出ていく未来に次いで、女子たちが出ていく。

 斎と秀は何か話し合っているようだ。

 一人でぼーっとするしかない俺は、ふと未来の鞄に目が止まる。なんだか鞄がモゾモゾ蠢いた感じがしたのだ。


 不審に思った数分後、未来がまた顔を出す。きちんと着られた制服姿の未来に、話し合っていた斎と秀が気付く。


「あ、もう帰る?」

「うん。明日に備えてね」


 その答えに二人は一旦話に区切りをつけ、帰り支度をする。


「未来先輩、また明日です」


 やはり完全に懐いている吉住が、未来にぎゅっと抱きついてから先に帰っていく。

 また明日ねと、他のバスケ部員たちからも手を振られ、それに応える未来を見て俺は言う。


「なあ未来さんよ。お前の鞄さ、何が入ってんだ?」


 俺の問いに未来がビクッと跳ねた。


「あっううん! 何も入れてないよ!」


 いやいや何も入ってないわけないだろ。

 焦る未来に呼応するように、彼女が勢いよく手に持った鞄が、またモゾモゾ蠢いた。何だこの、長細いものが狭い場所を這いずり回っているような動きをする鞄は。


「未来……お前まさか」

「何も入ってないよ」


 秀がどうしたのとこちらを見る。


「何も知らないよ」


 斎もどうしたとこちらを見る。


「んなわけ……あ」

「え」


 気付いてしまった。鞄のファスナーが十センチほど開いていることに。そしてそこから愛らしいぱっちり目と、艶やかな鱗に左右対称の斑点。頭には丸い形をした花の飾りが着けられている。

 間違いない。我が家で飼っている死人のキクノサワヘビだ。


「お、おキク! 学校では出てこないって約束でしょ?」


 慌ててそう言う未来。

 ちなみにだが、俺たちの前だと未来はこいつを隠そうとする素振りは全くない。以前、飼い始めたよ〜と笑顔でみんなに紹介したぐらいだ。


「苦しかったんじゃないの?」

「たしかに、鞄の中じゃ狭いかもな」


 斎がおキクの頭を指で撫でる。


「でも最近キューブの中でも狭いみたいで……」


 まじか。成長しちゃってるじゃねーか。


「キューブ少し改造しようか?」

「えっいいの?」


 体育館を出て四人一緒に帰路に着く。


「高いよ?」と冗談を言いながら笑って話す斎の後ろで、なぜかとても急いで後輩のもとへと走っていく吉住世良の姿を、俺は認識していた。

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