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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五話 二年三組④

前回、詳細はしっかりとは語られませんでしたが、クラスのマダーがなにかしてくるかもしれないという斎の心配がありました。

隆一郎の視点に戻ります。

 未来が教室を出て、ホームルームも終えて始まった授業の一時限目。

 俺は斎に言われたとおり、授業を受けながらクラスの様子に目を光らせていた。

 元々先生の話を真剣に聞きはしないこのクラス。

 教壇のほうからは見えないように携帯を触ったり、教科書を壁にして隠れながらゲームだったり絵を描いてるやつもいる。

 ぱっと見はいつもと同じな気がするけど、微妙にどこか落ち着きがないようにも思えた。


 ちらっと右斜め後ろに視線を向ける。

 派手に染められたくるくる巻きの茶髪に派手なメイク、派手なアクセサリー。誰もが想像する『ギャル』とか『ヤンキー』とか、そんな言葉が似合いそうなその女は、見た目にそぐわず真面目な顔でノートをとっていた。


 彼女がおそらく、このクラス内での一番の要注意人物。見た目のヤンチャさはさておき、さっきの危険な行為を思い返していると、斎が「戻りましたー」と明るく言いながら教室に入ってきた。


 事情は世紀末(よぎみ)先生から聞いていたんだろう。黒板に文字を書き連ねていた数学の先生は、ありがとうと返事をして斎の着席を待つ。


 俺の前にある空席へ軽い小走りで駆け寄ってきた斎は、椅子を引きながらこちらにメモを渡してきた。

 事の詳細を端的に書いてくれているようで『切り傷に軟膏、ガーゼ、少し休んでから戻る予定』。その下には『話があるから次の休み時間便所』と達筆が続いている。

 トイレかよと思いながら、俺はその内容に胸を撫で下ろした。


 大きな治療には至らなかったこと。

 目の近くだったから出血が酷かっただけなのだと、ここにいない本人の無事を知れたことに。

 授業を再開して一時限目がほぼ終わるころ、そーっと教室の戸をスライドする未来が視界に入った。

 手招きをして席を教えてやろうとしたが、


「あっ、転校生ちゃん帰ってきたー!」


 誰かがでっかい声で言ったものだから、周囲の目が一斉に未来へと向けられた。

 やばい。緊張してカチンコチンになってる。

 集まる視線から逃げたそうな未来と目が合って、こっちこっちと、人差し指で俺の左隣りの席を指定した。

 残り少なかった朝のホームルームの時間で、せめて俺と未来が隣同士になるようにと席替えをしてくれた世紀末先生の計らいには、正直感動した。

 そこだけ名前順ではなくなるからそのうちまた席替えはするらしいけど、今はただただありがたい。


 縮こまりながらこちらに向かってくる未来に、近くのクラスメートから次々と心配の声がかけられる。本当にごめんねと、謝罪の言葉も聞こえる。

 慌てて応対していた未来がやっとこさ席に着けたところで、俺は顔を寄せて小声で問いかけた。


「未来、大丈夫だったか」


 ほっと一息ついた未来はこちらに顔を向け、今日一番の穏やかな表情を見せた。


「うん、大丈夫。しばらく安静にしてねって言われた」


 ガーゼの貼られたおでこを()して、すぐに隠すように前髪をいじり始めた姿に、俺はなんとも言えない罪悪感を覚えた。

 幼なじみだと先に言っておけば、違ったのかもしれないと。

 これまでがどうであったって、今回は違うかもと前向きに捉えていれば、怪我はさせずに済んだかもしれない。

 なんとかなってくれて良かったけど、浴びせられた言葉や行動に傷ついたのは確かだろう。ごめんな。

 口に出すのはできたばかりの傷口を(えぐ)るような気がして、結局俺は、心の中でしか謝れなかった。


     ◇


「未来、次体育。水泳な」


 授業終了のチャイムが鳴って、未来に二時限目は移動だと教える。

 この学校は二年までは男女混合、三年からは男女別になる。一部の男子は「女子の水着が見れるぞ」なんて下心丸出しでにやにや笑う。

 黙れ変態。思春期だからなんて言い訳する前に、そもそも口にするもんじゃねぇよ。

 とにかく、授業に参加してたらすぐにわかるということ。怪我もあるし、見学するんだろと強制に近い声色で尋ねる。

 未来はちょっと悲しそうな顔をした。お前泳ぐの好きだもんな。


「まあ……元からプールには入る気がなかったから、水着なんて持ってきてないんだけどね」


 言葉に詰まる。

 この暑い時期には似つかわしくない、血が滲んでしまった長袖のブラウスを見ながら俺は相づちを打った。

 ラッシュガードも可とはなってるけど、未来は最初から見学するつもりだったらしい。


「土屋」


 斎に呼ばれ、移動の用意をしながら未来の案内をどうするかと悩んでいると、とりわけ明るい声が後ろから発せられた。


「転校生ちゃん、一緒に移動しよー。場所教えたげる」


 その声の主に不安を感じるけど、女子更衣室まで俺がついていくわけにもいかない。仕方なく俺は着替えと斎の言う『話』をするために、(しゅう)も連れて男子更衣室までの途中にあるトイレへ向かった。

 ぼーっと歩いているように見せかけて、俺たちの後ろを歩く未来と、案内を買って出た派手ギャルの会話に聞き耳を立てる。


「アタシー、長谷川凛子(はせがわりんこ)ってんだー。こっちはエイコとナツ! よろしくね〜」


 今まで人と話す機会があまりなかったせいか、未来は次々と投げかけられる質問の返答に精一杯のよう。

 トイレに入る前に様子を見てみると、長谷川は未来の右腕をガッチリとホールドして抱きついていた。


「どう思う?」


 トイレの最奥で斎が口を開いた。


「僕としてはすぐに離れさせたほうがいいと思うけど」


 秀がぼそっと意見する。

 二人が気にしているのはきっと俺と同じ。長谷川凛子の行動についてだろう。

 朝のホームルームの時間をもう一度思い返す。

 俺は見ていた。未来にハサミを投げたのも、死人と断言したのも、どちらも彼女であったことを。物差しは誰が投げたのか見てなかったけど、あの派手な装飾が施されたそれは間違いなく長谷川凛子の物だった。


 未来はあのとき必死だったから気付いていないみたいだけど、そんな彼女が未来と接点を持とうとしていることが、俺たちにはとても不可解に思えた。


「謝ってもなかったしさ。何か企んでるとしか思えないんだよ」


 着替えもここで済ませるつもりらしい。斎が服を脱いだのを見て、俺と秀も自分のカッターシャツのボタンに手を伸ばす。


「未来が、頑張って仲良くなろうとしてる。これで意外と相性があって、さっきみたいなことにならないならいいんだけど」


 心配は溢れんばかりにあるものの、あいつの心境を考えると長谷川はやめておけ、なんて俺には言えそうにない。


「じゃあ……様子見か? 大丈夫かな?」

「やけに心配するね。どうしたの斎」


 秀が眼鏡を外し、長いまつ毛を一回瞬きさせた。少し伸びつつある黒髪を後ろで纏めると、ガリ勉ふうだったのが一気に垢抜けてしまう。俺みたいな平凡な顔立ちと違って目鼻立ちがくっきりしてるってのは、正直羨ましい。


「斎が気にしてんのは、キューブのせいか」


 俺は十中八九間違いないと思われるその理由を斎に問う。視線を落として歯がゆそうにするのを見て、そうであると確信した。

 だけど言葉にしない様子から、その詳細まで聞こうとは思わなかった。俺と秀はそれについて知っているし、きっと未来にも折を見て話してくれるだろうから。


「別に意図してやったんじゃないけど、一部始終を知ってるだけに……ちょっと、申し訳なくて」

「未来はそういう細かいこと気にしないやつだから、大丈夫だと思う」


 ただ、長谷川が気にしていないかどうかはまた別の話だ。

 そこまで話したところでチャイムが鳴り、やばいと言いながら着替えを置きに更衣室へと走る。

 とにかく現状を見極めてから行動しようと一旦区切りをつけた。

【第五回 豆知識の彼女】

秀の美形は母親譲り、天然パーマは父親譲り。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 二年三組⑤》

プールに入ることは叶わなかった未来さん。見学をします。

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