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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第七十五話 遠征《一日目》

前回、バスケ部の自己紹介。未来は幸せを感じました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 広く静かな空間に、一定のリズムで声が響く。

 マテリアルでできた鍛錬場。そこに毎朝足を運ぶ(なぎ)は、いつもと同じ筋トレメニューを今日も行っていた。


「九十二……九十三……」


 汗が伝うのは気にせず、正確に、一切のブレを許さない親指だけの指立て伏せ。

 いつまで経っても鍛錬場から出ない凪に苛立って、不機嫌きわまりない彼はそろそろここに来るだろう。思いながら何度か体を床へ寄せ、最後のカウントをしようとした時だった。


「おい弥重(みかさ)。時間だぞ」


 バンッと大きな音を立て、ドアが開かれる。

 ほらね、予想通り。

 相変わらず面倒見がいいな、と口もとを緩ませた凪は、最も負荷のかかる位置で動きを止め、声の主を見る。


 生まれつきの褐色肌に、完全に色を抜いてから染めた銀髪がよく似合う同い年のチームメイト、杵島(きしま)流星(りゅうせい)。長めに残した横髪を耳にかけながら、彼はわざとらしいため息をついた。


「どうせまだやってんだろーと思った。聞こえなかったか? 時間だぞ」

「ふふっ、ちゃーんと聞こえたよ。あと一回だけだから、ちょっと待って?」

「ダメだ。もうみんな集まってる」

「かたいこと言わないでよ(せい)ちゃん。ルーティーンって大事なんだ。百パーセント、いつも通りの力を出すためにね」


 ヘラヘラとお願いをすると、彼はやはり不機嫌そうな顔をした。


「その『(せい)ちゃん』ってのはやめろ」

「じゃあ、りゅうちゃん?」

流星(りゅうせい)

「きーちゃん?」

杵島(きしま)

「りゅーきーちゃん」

杵島(きしま)流星(りゅうせい)!」


 あははと笑って、凪は視線を落とす。フォームをきっちりと取り直し、上体を押し上げながら最後の数字を数えた。


「百」


 満足して立ち上がり、流れる汗を簡単にぬぐう。

 流星はまたしてもため息をついた。

 とがった八重歯が顔を覗かせる。


「大体さ、今からヤベー奴らと戦いに行くってのに、なに体力減らしてんだよ。死にてぇのか?」

「やだなぁ。そのヤバい奴らと戦うためにしてるんだよ」


 壁に掛けておいたタオルを投げられ、ありがたくキャッチした凪は軽い口調で理由を述べた。


「少しぐらい手加減してあげないと、可哀想でしょ」

「……おっそろしいヤツ」


 その言葉に凪は笑う。

 いつも通りの、何ひとつ変わらない笑顔で。


「じゃあ行こうか」


 汗を拭き取り、戦闘服という名前だけの服を着た。

 防具も、能力用に強化する布地も、自分には必要ない。全てが『無駄なもの』であるために、最初から用意などしていない。

 ただの真っ白なTシャツとズボン。あとは体温維持用に持っていく上着のみ。

 流星の隣を無言で通る。

 鍛錬場を出ていく凪に彼はボソッと言った。


「お前が一番準備してるくせに」


     ◇


「――と、いうことで。説明は以上です。何か質問はありますか?」


 三十人ほどの集まりへ凪は問いかける。

 しんとする一行いっこうに、彼は一度頷いてから続けた。


「今回の遠征。みんな、名乗りを上げてくれてありがとう。危険な土地へ自ら向かうこと、決断も苦しかったと思う。本当に……感謝してる」


 腰を折り、改めて感謝の言葉を伝えた凪はゆっくりと姿勢を戻す。優しかった表情に、冷たいものを混じらせながら。


「さらに苦しいことを強要する。憐れみは捨てなさい。ここから先は、生きるか死ぬかの二択だけ。迷いや同情は命取りになる」


 皆の上に立つ者として、つらい命令を下す。


「何があっても、例え仲間が死人(しびと)に乗っ取られて敵になっても。どんな状況下に置かれようと殺し続けなさい。自分の命を脅かす存在は、全て撃砕げきさいしていきなさい」


 緊迫する空気の中、凪は一層声を低くして言った。


「この国が、簡単に壊滅させられるなんて奴らの思い上がり……叩き潰してあげよう。いいね」


「はい!!」


 そこにいる全員が返事をして、前衛部隊は凪のもとへ、後衛部隊は流星と小山内(おさない)(みなと)のもとに集まってくる。


「後衛は五分後に来てね」


 端的に指示した凪はキューブを展開する。

 ピキピキ、キリキリ。形容し難い音を鳴らし、彼の左腕に張り付いた力の源は、『光』。


「凪」


 すぐにでも動き出しそうな凪へ、(みなと)が忠告する。


「飛ばしちゃダメだよ?」

「……肝に銘じておくよ」


 微笑を浮かべ、そう答えた凪は片手を握って真上に上げた。


「ではこれより、『九州地方奪還計画』を始動する」


 彼の手に光の輪が浮かぶ。それが、その場にいる全員を照らして包み込んでいく。


「みんなにもう一度命令するよ」


 彼の顔にあった優しさが消え、その目が鋭く光った。そして、諭す。


「ここから先、誰ひとり死ぬことは許さない。家族のもとへ帰れないなんて許さない。大事な人のところへ帰れないなんて、僕は絶対に許さない」


 悲しむ者がいる。涙を流す人がいる。

 無事に帰ってくると信じ、待つ存在がいることを忘れるなと伝えるために。


「どんな状態でもいい。腕がもげようが、両足が無くなろうが、例え五感を全て奪われたとしても」


 体がどれだけボロボロになっても。


「死ぬな。全員、生きて帰りなさい」


 何があっても、生きて帰る。

 その命令は残酷で厳しく、つらいもの。

 そうわかっているからこそ、先導者は自らに誓いを立てたのだろう。

 死なせはしない。誰ひとり絶対に、と。


「人間のごうは人間が始末を付ける。いくよ!!」


「おおおおおおおッ!!」


 雄叫びをあげる彼らは凪の光に照らされて、瞬時にその場から消え去った。

 彼の移動手段【光速(こうそく)】。光の速さを利用して、前衛部隊はもう九州のどこかに降り立っているはずだ。


「……五分も要らねーな」


 ぼやきながら、流星は湊に視線を送る。

 指定された五分とは、後衛部隊が安全に降り立てるよう周辺の死人を片付けるための時間なのだが。


「うん、二分でいいね」


 肯定で返してくる湊は、自分と同い年とは思えないほど冷徹な目で凪がいた場所を見ていた。


「まったく。あの調子で一ヶ月も持つとは思えないよ」

「まあ弥重だし。早く終わって、早く帰れんならそれでいいんじゃねーの」


 九州地方奪還計画。それは、死人死滅協議会しびとしめつきょうぎかい本部から出された長期の遠征依頼だ。


 夜だけでは死人を倒し切れず、日中になってようやく討伐が完了、その日の深夜にまた生まれ、次の日の夕方から夜にかけて討伐を終える。しかし数時間後にはまた生まれる……という流れが、ここ二週間ほど続いていた九州の一角。


 司令官が増援の提案をしたものの、『首都の戦力を削ぐわけにはいかない』と現地の支部長はかたくなに受けいれなかった。

 代わりに中部や四国、同じ九州でも比較的安定している地域のマダーが応援に向かっていたが、そのマダーや支部長、果ては九州全体、どことも連絡がつかなくなったという。


「向こうはどんな状態になってると思う?」

「さーな。でもまあ、最悪な状況だろうよ」

「二十四時間ずっと死人が彷徨うごめく街か……嫌だね」


 ふー。と長く息を吐いた湊はすぐに目を見開いて、おかっぱ頭を上に向ける。赤とブラウンのメッシュがさらりと揺れた。


「来たね」


 湊の言葉に流星は無言で頷き、キューブを展開する。

 敵を認識した後衛マダーもざわついてくる。


「なかなか大量じゃねーか」

「えーやだぁ」


 言葉に反し、湊は不敵な笑みを浮かべた。

 上空から押し寄せる死人の群れに、高揚を隠すことなくキューブを展開する。


「九州にいた死人だろうね? 討伐されるのがわかって先回りしてきたわけだ」

「同意。弥重のヤツ、これも視野に入れての五分かよ」


 他のマダーに少し待つよう言って、流星は左手を突き上げる。

 奴らから見えるであろうその文字は、『血』。


「【血まみれ(ブラッディ)】」


 刹那、半数の死人が奇怪な声を上げる。

 目から口から体液を吐き散らして、次の瞬間にはもう、死した証拠のガラス玉になって堕ちてくる。


「信頼してくれてるんだねぇ、僕たちなら五分で大丈夫だって」

「チーム歴長いからな」


 話しながら湊も手を掲げる。刻まれた文字は『拘』。


「【拘泥(こうでい)】……殺戮(さつりく)


 その言葉に、残る半数の死人――体液を持たず【血まみれ(ブラッディ)】が無効だった者が動かなくなった。

 いや、()()()()なった。

 一つとして自由を許されない彼らは、自ら内臓らしきものをぶちまけ、青い心臓を盛大に破裂させ、見るに堪えないおぞましい空間の中でガラス玉へと変わる。


「おっそろしい技だよな、それ」

「流星もでしょ?」


 ニッと笑い合う。


 相手の血を全て奪うことで討伐する【血まみれ(ブラッディ)】。死人に『血』という概念は無いから、細かく言えば『体液』の枯渇による落命。


 湊の【拘泥(こうでい)】は、こだわることを意味する熟語、拘泥こうでいから取ったもの。補助の言葉『殺戮』と組み合わせることで、自分よりも弱い相手なら残酷に殺せる技。

 己より強い者には『自分のこだわりを相手に押し付けられない』ために効果が無いらしい。


 短所はあるが、人に向かって使えばどちらも大量殺人が可能な能力。

 ごくっ……と、周りのマダーはつばを飲んだ。


「さて、五分も経ってないけど……」

「行っていいだろ。こっちに来たのは今の奴らだけだろうし」


 地面に転がった二百以上のガラス玉を適当な技で手早く集めた流星は、後衛部隊に声をかける。


「それに、もし第二陣が来たとしてもガキんちょがいるからな。東京がやられる心配はない」

「……そのガキんちょって呼び方、やめた方がいいよ。凪が怒る」

「今更名前で呼べるわけねぇだろ。ずっとそうなんだから」


 聞く耳を持たない流星の様子を見て、湊は「まったく」と言いながらここにいる全員に透明の手錠をかけた。


「そろそろ球技大会だし……未来ちゃん、楽しんでるといいね」


 そう言って、後衛部隊が消える。湊の手錠――連行を意味する【拘引こういん】により、凪がいる所まで移動したのだ。

 数秒と経たず全員が九州に降り立つ。


 しかし、そこは。

 生者がいるとはとても思えない、壊滅した街並み。

 建物も地面も、どこも形を保っていない。

 流星たちを迎え入れたのは、ただただ赤い、赤い、とてつもない量の赤と、腐敗が進んだ人間のピラミッド。


「……弥重」


 声をかける。

 そこにいる自分たちのリーダーは、前衛部隊の一番前に立ち、鋭い眼光で赤い街を睨んでいる。

 彼の足元には流星たちが討伐した倍以上。五百を超えるガラス玉が散らばっていた。


「いくよ。本日をもって、この県を奪還する」


 後ろを見ることなく、彼はそう告げて歩き出した。

【第七十五回 豆知識の彼女】

流星の戦闘服はオレンジ色のタンクトップ。


体を守る構造が多い彼らの戦闘服ですが、流星は使用する技との兼ね合いで腕がガッツリ出ております。バンバン技を使ってくれる日が楽しみだなぁ……。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 前日①》

斎に動きあり。そして、あの子の登場です。

よろしくお願いいたします。

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