表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
76/282

第七十二話 一点。取ったよ。

 挿絵(By みてみん)


「参りました…」


 あははーと言いながら右手を差し出す保井。


「楽しかったー!」


 それに笑顔で答える未来。保井の右手に自分の右手を合わせ、軽い握手をする。

 未来の顔は心の底から笑っている。そんな感じだった。多分、本当に楽しかったんだと思う。


「未来ちー末恐ろしいわぁ」

「なんかもうさすがとしか言えねぇな」


 俺たちが若干引きながら改めて未来の凄さを称える。


「まだよ」


 得点ボードの横に立っていた吉田が前に出て言った。

 それに未来が気付いてこちらを見る。

 保井が持っているバスケットボールが、吉田の元へとスパッと音を出して真っ直ぐ飛んできた。それを片手でキャッチしてドリブルする。


 タンッタンッポスッ


 2回突いて、手に持つ。


 いい音、心地いいリズムだ。


「相沢さん。次は私と勝負しよう」


 未来のすぐ前まで歩く吉田。

 二人の身長差は20…いや、もしかしたらそれ以上あるだろうか?何せ未来はスタイルがいいからそんなに低く見られることはないが、150センチなかったはず。吉田は170センチぐらいありそうだから、見た目は大学生と中学生みたいだ。


 …ちなみに未来が伸び悩んだのは、体の鍛え過ぎで小中学生としては異様な程筋肉がついてしまっていることと、夜の寝る時間を確保できていなかったせいだと勝手に考えている。


「保井、審判お願い」

「おーけーキャプテン!」


「あ、吉田さんがキャプテンなのか」

「そうみたいじゃのう」


 保井がコート内から出て、二人を見る。


「相沢さん、続けて試合で大丈夫?」

「うん、問題ないよ」


 未来は吉田の声掛けに笑顔で答える。

 そう話す二人はじゃんけんを始める。何度かあいこになり、グーとパーで吉田のボールから始まることになった。


「お、今度は相沢からじゃないね」

「えと、つまり未来ちゃんがディフェンスで、吉田さんがシュートしていく状態なんだよね?」

「はい、そうです。でもあんまり甘く見ない方が良いですよ」


 ルールを説明してくれた2年生が口の端を上げてニヤリと笑う。


「吉田キャプテンは、強いですから」


「じゃあ私の先攻ね」

「うん」


 二人が腰を深くする。


 タンタンと床を突くボールの音だけが響く。

 睨み合う二人。何度かドリブルをして、吉田が一気に動いた。


 ゆっくりだったボールの動きが急激に速くなり、未来の目の前に吉田の体が来る。それを捉えた未来の体がボールの進路を塞ぐ。しかし同時に彼女の視界は大きな背中に阻まれた。


「!」


 大きく足を踏み出して未来に背中を向けピタッと一瞬だけ止まる。動きを遮断しその瞬間、急加速。


 ダダダと激しい音が鳴ってゴールの少し前でのジャンプ、パシュッとボールがネットに入る音がした。


 その間、動き出してから数秒の世界。


「な…」

「マジか」

「未来ちゃんに反応させなかった!」


 俺たちに動揺が走る。

 未来も目を見開いて吉田を見た。


「1点。取ったよ」


 ニコッと笑う彼女に、未来は、口だけ笑って真剣な声で言った。


「…そうだね」


 激しく動いてボサボサになってしまっている三つ編みをほどく。それを一気にグイッと後ろで引き上げ、頭の上の方で大まかに纏めた。艶やかな黒髪がよく映える、夜中の戦闘態勢のポニーテール。


 未来の足元に飛んできていたボールを拾い上げ、体育館の真ん中、センターサークルにいる吉田に投げる。

 受け取ったそのまま床にタンタンとボールを叩きつける。


 二戦目。


 キュッキュとスパイクが床を擦る。ボールが床を介して右手左手に交互に移る。


 ピッ


 短い音が鳴って吉田の体が右に走る。未来の体もそのすぐそばへと寄せられる。腕を開いて前も横にも動かさせない。

 それでも吉田の体の正面が更に右へ動いたように見えた。更に細かく左へ右へ。素人を翻弄する一瞬の動き。

 大きく体が左へ向いたとき、未来もそこへ体を大きくずらした。だがその先をゆく吉田は空いた右側へボールをクロスさせ未来をくぐり抜ける。


「あっ!」


 バスッ!


 観戦する側の声。またしても綺麗な音が鳴って吉田がゴールを決めた。


 得点ボードがまた1枚めくられ、2対0となった。


「強いね…」

「うん。しかも一対一だから抜かれたらすぐに追いつけないんだね」

「勝てるかのう」


 こちら側にも緊張が走る。

 だが未来は、何かを考えるように吉田を真っ直ぐ見ていた。




 ピッ


 キュッキュッ


 ダンダンダンッ!


 ガンッポスッ


 得点ボードのめくる音が何度か流れる。


「そう言えば、どんなシュートでも1点だって言ったよね?」


 長谷川が2年生に聞く。


「はい、そうです。だから今キャプテンのシュートが決まって、5対0。あと2回キャプテンがゴールすれば勝ちですね」


「うーん未来ちー今回はさすがに厳しそうかな…」

「んー。強いな」


 吉田も伊達にキャプテンなんてやってないだろうけど。


「ふー…」


 未来が両手を横の腰に当てて、大きく息を吐く。秒単位のすぐに決まってしまうワンオンワンの試合でも、汗が丸い粒になって未来から流れ落ちる。


「あと2点だよ」

「…そうだね」


 少し煽るように言う吉田に、目の近くまで流れてくる汗を手で拭いながら、未来は真剣な顔で答えた。


「勝ったな」

「え?」


 ボソッと言う斎に阿部が聞き返す。


 吉田にボールが渡る。タンタンと音を鳴らす。

 未来はそのボールと体から目を離さない。


 キュッ


 吉田が動く。未来のすぐ前。一歩左足が外に出る。その瞬間未来は、素早く一歩()()に下がった。

 吉田の背中が未来に向けられる。ボールは彼女の腹の方向。ボールは取れないと思われる角度。でも未来は、それを見越して下がっていたから。


「ひっ!?」


 床から返ってくるボールが手に吸い付く一瞬の隙。吉田の前には、そこをすり抜ける未来の姿。

 背中が回って彼女が攻撃に転じるその瞬間、ボールは未来の手へと移り変わっていた。


 ピッ!


 笛の音が鳴る。


「攻防交代!」


 審判をしていた保井が言う。


「え、え、どういうこと?どうなったの?」


 キョロキョロと周りにいる俺たちに説明を求める阿部。


「スティールですね」


 2年生が言った。


「今、キャプテンがドリブルしていたボールを相沢先輩が奪ったんです。だからキャプテンはシュートを失敗した判定になって、攻撃権がキャプテンから相沢先輩に移りました」


「えぇーと?じゃあ今から未来ちゃんがボールを最初に持つの?」


「はい、そうです」


 よく分かっていなさそうな阿部に秀が補足する。


「今吉田さんは相沢がボールを取れないように、背中を相沢の方に向けてぐるっと回る感じで足を出したんだ。で、相沢がいる所でほんの一瞬だけ止まる。それで意表を突いたところから急にゴールに向かって走ってシュートするつもりだったんだよ」


「はい、いわゆるハーフターンヘジと呼ばれる方法ですね」


「ほぇえ…」


 未来がコートの真ん中の丸の中、センターサークル内に入る。その前2メートル程の位置から吉田がボールを未来に投げる。

 受け取ったボールをリズム良くタンタンと音を鳴らしジリジリと間合いを詰める。ゆっくりゴールに近くなる二人。

 腰を低くして右手左手交互に使ってボールをバウンドさせる。ボールの位置は、若干未来の体よりも右側に離れていた。

 そこに吉田の強行!グンと間合いを詰めて未来を遠ざけにかかる。

 だがボールはバンと激しい音を鳴らして未来の右手から左手へ。そのまま吉田の逆方向へクロス、ダッシュして吉田の体を置き去りにする。追いかけるが間に合わない。


「わあ!」


 こちらの歓声が上がった頃には、ゴール前の未来がスパッと綺麗にシュートを決めていた。


「あちゃぁ…」


 落ちてくるボールを見て吉田が声を漏らす。そのボールを拾う未来が、二回タンタンとバウンドさせて両手に持った。


「1点。取ったよ」


 ニコッと笑って。


「やるねぇ」


 吉田の顔は若干焦ったように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ