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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
72/289

第六十八話 三年一組

前回、未来たち女の子組は三年になってもクラスが同じでした。

 挿絵(By みてみん)

「んー……来たの、そんなに遅くないはずなんだけど」


 教室の入口からそーっと中を覗いた未来たち三人は、既に来ている人数に驚いた。全三十人にも満たないクラスだが、七割、いや、八割はもういるだろうか。


「ちょっと緊張してきた……」

「大丈夫? 未来ちゃん」


 カチコチになる未来へ加奈子が声をかける。

 転校してきた日を思えばマシ。そう思うものの、やはり知らない人が多いところは怖い。

 青色の目を見た者の表情、恐怖や驚きによる暴言。特に『バケモノ』という言葉に未来は敏感だった。

 もしかしたら隆一郎が懸念していたように、去年と同じ惨事が繰り返されるかもしれない。彼にはつい強がってしまったが、そう思ってしまう自分を消すことはできない。けれど――。


「大丈夫。入ろう」


 二人が一緒にいてくれる。今ではそう自信を持って言える未来は、新しいクラスに先頭を切って入った。

 三年一組。

 騒がしかった声の一部が小さくなる。

 未来の存在に気付いた人から伝染していくように、クラス全体が静かになっていく。


 ――ああ。よく知ってる、この空気。


 ピリピリする感覚。

 しばらく忘れていた、他人から向けられる負の感情。

 人間に備え付けられた『勘』とも呼べる危険を知らせる信号が、己を認識した瞬間に点滅する様を、未来はよく知っている。


 ()()と同じ、碧眼。


 初対面の人全てを畏怖いふさせる自分の瞳について、『皆と変わらない日々を送ってほしい』という校長の計らいのもと、隆一郎との相談を経て、全校生徒にアナウンスはされている。

 とはいえ、『知っている』と『実際に目の前にする』とでは受け手への負担が違う。恐怖が先立って、知識なんて簡単に吹っ飛んでしまうということは、今の周りの反応が十分に物語っていた。


 口の中が乾く。


 無理やり唾を出して飲み込んだ時、後ろを歩く加奈子にブレザーの袖を引っ張られた。

 振り返って見た彼女は、笑顔だった。


「……ありがとう」


 重い空気にまれそうになった未来を、その愛くるしい笑顔で救い出してくれる。いつも通りの彼女を見て、体のこわばりが緩んだような気がした。


「おっ、相沢さんだ。クラスまた一緒だねー!」


 元気な声。円になって喋る女の子たちのうち一人が、未来へ声をかけた。

 弾かれたように教室の明るい空気が帰ってくる。


瀬戸(せど)さん! 一緒だったんだ、今年もよろしくね」


 声の主は去年同じクラスだった女の子、 瀬戸(せど)(あかね)。ふわふわしたショートの茶髪が晴れやかな笑顔によく似合う。

 周りにいる子たちも元三組のメンバーだった。凛子や加奈子にも「よろしくー」と簡単に挨拶が交わされる。

 よく知る顔、よく知る声。

「良かったじゃん」と凛子に小声で言われ、未来は顔をほころばせて頷いた。


「席は……あっ、名前順みたい。未来ちゃん! 前後だよ〜」


 黒板に書かれた名前を見るなり急ぎ足になる加奈子。新しい自分の席に鞄を置いて、早く早くと急かされる。

 相沢と阿部で並ぶ席に同時に座り、にへらぁ……と、そろって奇妙な笑みを浮かべる。安心は偉大だ。


 どちらからともなく凛子の方を見る。

 真ん中より少し廊下側に座る彼女は、持ち前のコミュニケーション力を活かして周りの人たちと楽しそうに話をしていた。

 やっぱり凄い。未来は心の底から尊敬した。


「はーい席についてー。ホームルームだー」


 チャイムとともに教員が入ってくる。

 世紀末(よぎみ)先生だった。


「えぇーよっちゃんが担任ー?」

「もっとカッコイイ先生が良かったー!」

「それはわるうございました。残念ながらこのクラスの担任になってしまった世紀末だ。担当教科は社会、可愛い奥さん募集中のぴっちぴち二十八歳だ」


 一部の生徒がぶーぶーと文句を垂れる中、世紀末先生が自己紹介しつつ未来へ顔を向けた。そして、見てもあまりわからない程度の微笑ほほえみを作る。


 まさか、自分を気にしてわざわざこのクラスに。

 そう考えて、それはないか、と未来は首を横に振る。

 一教員にそこまでの権力があるとは思えない。どちらかと言えば、あのまん丸お腹の校長が世紀末先生に頼んだ可能性の方が高いだろう。

 去年、死人討伐のために起こした『未来の歓迎会(建前)』によって火災発生、消防を呼ぶ大事件になってから、随分と仲が良さそうだから。


 どちらにしても、未来にとっては心強かった。

 自分をよく知っている人がいる。安心できる人がたくさんいる。不安が小さくなっていくのを感じた。


「さてと。今から始業式があるわけだが、例年通り高等部が先に行う。中等部はそのあとだから、先にみんなで自己紹介タイムといこうか」

「えーーマジかよぉ」

「嫌だー無理ーー」

「お前らの文句は聞き飽きたぞー。新年度恒例、諦めるんだな」


 不満の声を軽く制し、「わかりやすく名前順で」と続ける先生。

 少し気にした面持ちで未来の名を呼び、いけるかと目で聞いてくる。きっと彼も、隆一郎と同じであの日を思い出しているのだろう。


「はい」


 短く返事をする。

 座ったまま目を閉じて、大きく息を吸う。

 賑やかだった教室が徐々に静かになる。


「ふぅー……」


 吸った息を、細く、長く、吐く。

 ゆっくりと目を開ける。

 椅子を引く小さな音を鳴らす。

 よく知る空気。

 他人から向けられる負の感情。

 転校してきたあの日を思い出す。

 ――それがどうした。


「笑え、私」


 小声で指示。口角を上げる。


「相沢未来です」


 体の正面をクラスの真ん中に向ける。

 自分の目がしっかりと見えるように。

 不安や困惑、緊張。

 受け入れる準備をする者、既に受け入れた者。

 それぞれの表情がよく見える。


「私は、生まれつき碧眼です」


 笑顔で話す。

 自分が敵でないことを知ってもらうために。


「みんなが恐れる死人(しびと)と同じ色の目ですが、私は人間で、マダーです。去年の夏に大阪から転校してきました。ほとんど知らない人ばかりなので、良ければ、仲良くしていただけたらと思います」


 手を伸ばしてもらうんじゃなくて、自分から歩み寄る努力をする。

 以前と百八十度変わった未来は、「よろしくお願いします!」と深めにお辞儀をした。

 数秒待ってから顔を上げる。凛子や加奈子、茜、他にも同じクラスだった人から拍手を送られる。

 初対面で表情を硬くしていた人たちも、遅れはしたが、両手のひらを合わせてくれた。


 ほっとして席に着く。

 すると廊下側に一番近い列の、一番後ろに座る女の子が「あのー」と手を挙げた。


「趣味、とかある?」


 緊張ぎみの声だった。


「あ、えっと……鍛錬ばっかりしてるから、いて言うなら運動かな?」

「体育得意?」


 彼女の前に座るショートカットの女の子が続けて聞く。


「だいたいは……」

「バスケは!?」

「得意!」

「「ぜひバスケ部にどうぞ!!」」


 二人が口を揃えて言った。彼女らはバスケ部なのかもしれない。

 話の流れに乗ったのか、他のクラスメートからも声が上がる。


「バレーは?」「卓球は?」「陸上どう!?」


 それらの問いに答えていく未来の声が、妙に上擦っていて。

 受け入れてくれる、一歩踏み出せば応えてもらえるのだと、このクラスに対して希望を持っている自分に気が付いた。


「ちなみに、勉強は?」


 教壇に立つ世紀末先生の声。


「勉強は苦手です……」


 ドッと笑いに満ちた。

 縮こまる未来に、一緒に頑張ろうといったニュアンスの言葉が多くかけられる。


 ――心地ここちいい。


 いつの間にか、笑おうなんて考えは消えていた。

 自然と笑みが溢れてきた。自然に笑顔になれた。

 目が細くなるくらい、演じることなく笑っていた。


「相沢未来さん!!」

「は、はいっ」


 突然大きな声で名前を呼ばれ、反射的に返事をする。

 声の主は立ち上がった隣の席のガタイのいい男の子。体つきだけだと大学生にも見える。

 その男の子が大きく息を吸った。


「一目惚れしましたッ!! ワシと付きおーてください!!」

「ひぇっ!?」


 口から出た変な声とクラスが騒ぎ出すのはほぼ同時。


加藤かとうふぅーーっ!」「告ったぞーっ」「ひっとっめっぼっれ!」「男見せたなー!」


だまっちょれ、みんな! あっ、全然、お友だちからで全然構わんから!! でも気持ちだけは受け取っててください!!」


「う、うん。ありがとう……」


 ビシッと九十度のお辞儀をする彼にまた驚かされながら、初めての経験に未来は戸惑った。

 一目惚れ。

 そんな言葉、生涯言われることはないと思っていた。しかし嬉しいはずのその言葉は、申し訳ないがすぐに()()()に変わる。


 この人は悪くない。けれど思い出したくない記憶に触れかけて、痛いほど左手で右腕を握った。

 ふと後ろにいる加奈子と目が合う。

 顔を真っ赤にしている彼女は何を思ったのか、手をグーにしてブンブンと腕ごと振り始めた。

 何か言いたいけど言葉が纏まらない。そんな感情を表現するかのような可愛らしい行動は、未来の左手に入った力を弱めてくれた。


 ピンポンパンポーン……と、校内放送が鳴る。

 高等部の始業式が終わったらしい。


「よーしお前ら、自己紹介の続きはまたあとで。とりあえず体育館移動しろー」


 よく通る声で促す世紀末先生。

 テンション高く教室を出るクラスメートたち。

 隣にいる加藤と呼ばれた男の子も、照れくさそうに去っていく。


「あの、先生ごめんなさい。時間……私ひとりで全部使っちゃって」


 少々申しわけなく思って、体育館に行く前に未来は先生に謝った。


「なに気にしてるんだ。むしろそのつもりでいたから丁度よかったよ。まあ加藤のあれはさすがに驚いたけどなぁ」


「あ……私もです」


「未来ちゃんは可愛いんだから自信持っていいんだよ〜」


「そうよ未来ちー。アタシらが保証するぞっ」


 笑顔を向ける加奈子と抱きついてくる凛子。

 そう言われるとちょっと恥ずかしい。


「ほら、とっとと行ってこい。遅れるぞ」

「は〜い!」

「あいあいさー!」


 元気よく返す二人に次いで、未来も応答。

 小走りになって教室を出る。


「あー、相沢」


 一人だけ呼び止める先生の声に、トトトっとバックして顔を出した。


「大丈夫そうか?」


 優しく、力強い先生の笑顔。

 未来は負けじと笑ってみせた。


「はいっ!」


 心配してくれてありがとう先生。大丈夫だよ。

 そう伝えるために、満面の笑顔を向けた。


「よーし、じゃあ遅刻しないようにすぐに行こう!」

「長谷川! キューブは使うなー」

「うっ、Okay(オーケー) teacher(ティーチャー)……」


 なんだかネイティブっぽい発音で答える凛子に、歩きながら未来は尋ねる。


「そう言えば凛ちゃんって、勉強は?」

「成績表オール五! テストは学年三位キープ!!」

「……さすがです」


 学年一位と二位は間違いなく斎と秀。その次が凛子。努力の人、凛子に、未来はそれ以上何も言えなかった。

【第六十八回 豆知識の彼女】

未来さんの趣味は鍛錬。その中でも植物図鑑を眺めるのが好き。


勉強しつつ、花や草木を見ては癒されています。緑は目に優しくていいですよねぇ。

さてさて、三年生は平和な幕開けとなりました。

新しいクラスでの第一歩。未来さんも頑張っています。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 人気者》

隆一郎がめちゃくちゃ拗ねます。

よろしくお願いいたします。

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