第六十七話 クラス替え
前回、とある死人目線から隆一郎たちの成長について語られました。
「……咲いたね」
暖かい春の日差しの中、とかいうやつか。
ぽかぽかとした気温の通学路。俺の隣を歩く未来は、力強く咲いた桜の花を見て笑顔を零した。
「そうだな。よく咲いてくれたよ」
未来が見つめる先に俺も視線を向け、その立派な姿を目に焼きつける。
温暖化や死人との戦いによる損害で、植物自体をあまり見かけない生活。代わりに植えられた人工の木々たちは、四季なんて関係なくいつも青々とした葉を抱いている。
そんな中で唯一、家のすぐ近くにあるこの自然にできた桜の木だけは、満開の状態で俺たちを学校に送り出してくれた。
「三年生になったお祝いなのかもしれないね」
「三年かぁ……受験生ってやつだなー」
はーあと盛大にため息をついてから「めんどくせぇよな」と未来に相槌を求めると、なぜか驚きと焦りが混じったような顔がこちらに向いた。
「隆、受験するの? 高等部あるのに?」
「へ? そりゃ当然……って、ああ、そっか。俺、未来に学校のことあんま詳しく説明してなかったな」
ごめんと詫びてから、俺は改めて学校の制度を教えてやる。
俺たちが通うジーニアス中学は、高等部が附属しているがエスカレーター式ではない。
高等部にしても外部の高校にしても、試験を受けて合格しなければ進学はできないのだ。
「そんなぁ……」
事実を知った未来はガックリと項垂れた。
勉強しなくていいと思ってたのに。なんて言いたげな顔をして。
「真面目に授業受けてる割には成績良くないもんなぁ、お前」
「言わないでよ……これでも本っ当に頑張ってるんだからね?」
悲しそうな姿から一変。軽く睨むようにしてこちらを見上げてくる未来が可愛くて、俺は少し笑ってしまう。
「なら一緒に勉強するか? 今度の学期初めのテスト対策で、斎と秀と約束してるんだけど」
「あの二人と一緒に勉強したら私のダメダメさが浮き彫りになっちゃうじゃん」
「それは俺も同じ。あいつらが異常なんだよ」
研究員の頭の中ってどうなってるのか知らねーけど、テスト対策なんて必要ないぐらいの頭の良さだからな。
「そもそもクラスが離れて疎遠にならないかが心配だよ……」
「あ? それは大丈夫だろ。あいつらそんなに友達いねーもん」
「そうだっけ?」
「放課後も休日も研究で忙しいから、不必要な関係は作らないようにしてるみたいだぞ」
クラスメートと全く話さないわけじゃないけど――むしろムードメーカー的存在の斎はクラスの人気者だし――必要な時だけというか、普段一緒に行動してる俺たちと違って、他のやつらとは一線を引いているような印象を受ける。
「頑張ってくれるのはありがたいけど大変だよな」と話しながら、段々大きくなってきた学校を見据えた。
今日は四月八日。始業式。
俺が朝からずっと気になっているのは、新しいクラスの動向について。未来が転校してきた日に起きた、あの反応がまた繰り返されるんじゃないかと思って。
「大丈夫だよ」
不意に未来が言った。
「心配しないで。もし同じようなリアクションをされたとしても、私は大丈夫。一緒にいてくれる友達がいるって、ちゃんとわかってるから」
俺の思考を確実に読み取ってきた未来には、以前のような泣き顔も、怖がる様子も見られない。口角を上げて凛と前を向いていた。
「強くなったなぁ」
感心して呟くと、俺の後ろから勢いよく誰かが走ってくる音が聞こえた。その音が徐々に大きくなってきて、気が付けばもうかなり近くに――。
「グホッ!?」
足音が消えたと思ったら、背中に鋭く凄まじい衝撃。ぶっ飛ばされた俺は危うくこけかけた。
「凛ちゃん!」
「おはよー未来ちーっ!」
俺に膝蹴りしたことなど知るもんかと未来へ抱きつきに行くのは、長谷川。真正面からぎゅーっと抱きしめてくる彼女を未来はあやすように抱き締め返す。
「いってぇ……人様にダメージ入れといてお前はキャーキャーと」
「あん? 朝からアタシの彼女とイチャイチャ登校してるからでしょー?」
「イチャイチャしてねーわ!」
「イチャイチャしてないよー」
あ。自分で言うのはいいけど未来に言われるのはちょっと悲しい気が。てか彼女って。
「もおぉ未来ち! つっちーの家じゃなくてアタシの家に住みなよっ! こんな輩と一緒にいたら未来ちが悪くなるー!!」
「誰が輩だっ! 悪かったのはヤンキー時代のお前だろ!?」
「はぁ!? ヤンキーじゃないし! あれはギャルよギャ! ル!!」
「どっちも変わんねーよ!」
一緒だろうと一括りにすると、長谷川から「そんなわけないでしょ!」とチョップを受けかける。
もちろん避けた。華麗に……とはいかないが。
「あぶねぇっ! 何すんだよ!?」
「何するもなにも、全世界のギャルを代表してアタシが制裁を加えてやろうとっ」
「せんでいい!!」
ヒートアップしていく言い合いに「まあまあ」と未来が止めに入ったと同時、ブハッと吹き出す声が聞こえた。
「いつきー……たすけてくれよぉ!」
後ろから登校してきた斎は腹を抱えて笑っていた。
「いやっ、見てる方が楽しいから俺はちょっと、見学させっ……ぶふっ!」
「えぇ……」
「つっちードンマイ!」
プチッ。
何かが切れる音がして、俺はニヤニヤする長谷川のほっぺをむんずと掴んだ。
「うるさいのはこの口だな? ん?」
「いひゃいー」
ワイワイ喋りながら歩いて学校の門を通り抜けた頃、前を歩く秀と阿部の姿が見えた。
「おっ? 二人で登校か? お熱い関係か?」
「斎さんよ……お熱い関係って、言い方」
俺たちの声が聞こえたのか、秀がつと振り向いた。
「秀、はよー! 阿部もー!」
斎が元気よく挨拶をする。
その声で阿部も振り向いた。
「おはよ」
「おはよう〜」
立ち止まって俺たちを待っててくれる二人。近づいてみると、一緒に登校してきたわけではなさそうな程の距離があった。
「未来ちゃん聞いてよ。秋月君酷いんだよ? 朝一緒に研究所を出たのにね、一人でスタスタ歩いていっちゃうの」
「相沢、誤解だから。研究所は確かに出る時間同じぐらいになったけど、一緒に行こうなんて僕は言ってないからね」
「なんでよ〜!」
秀に反論された阿部は頬をふくらませた。
こいつら結構いいコンビなんだよなぁ。
「ねぇ? 二人で研究所に泊まったの?」
ふと疑問に思ったらしい未来の言葉で、全員の動きがピタッと止まる。
「し、秀!? お前っ、まさか!」
「待って待って! 秋月に限ってそんなこと……」
「いや、秀も年頃なわけだしそんなことがあってもおかしくない!! けど俺ぐらいには相談してくれてもっ……」
「君たち僕をなんだと思ってるの?」
頬を引きつらせた秀はドスの効いた声で俺たちを黙らせた。
「確かに僕も研究所には泊まったけど、それはいつものことでしょう。帰っていいって言ったのに聞かなかったのは阿部だから」
「しょうがないでしょ〜! 研究員が残ってたら私だって帰りづらいんだから!」
「僕なら大丈夫だって言ったでしょう。心配してくれるのはありがたいけど、わざわざ僕のためだけに残らなくても……」
そこまで言った秀は、一度「ん?」と疑問の声を出してから自分が口にしたセリフを再度発音した。
「わざわざ僕のため、だけに、残らな……?」
阿部がそうしてくれた意味、つまるところ彼女からの好意を改めて認識したのだろう秀は、顔を少し赤らめて口を手で塞いだ。
「ほーお……?」
からかってくれと言っているようなその仕草は、俺たちのいたずら心に火をつける。
「秀……お前言ったな?」
「僕はなにも言ってない」
「アタシはばっちり聞いたよ?」
「なにも聞いてない」
「諦めろ秀。相沢たちもみんな聞いた」
秀の両肩にぽんと手を置いた、斎の音頭。
「せーのっ!」
「ちょっ……」
「「「僕のためだけに!!」」」
口を押さえたまま秀は顔を真っ赤にした。
何か言いたげだが生憎返す言葉も見つからないらしい。
「……ッ相沢!!」
「んーあーえっと……ごめん?」
事の発端に怒りをぶつける秀。
でも未来は楽しそうだ。阿部も、なんか嬉しそうだ。
かなりうるさく喋る一行は、更に騒ぎながら校舎に映し出されたクラス分けの電子データを見る。
「二人ともまたクラス一緒!」
「いよっしゃあ! 未来ちー、加奈。また一年よろしくね」
「いぇ〜い!」
未来と長谷川、阿部は一緒らしい。
「俺らはちょっと分かれたなあ」
「僕だけなんでひとりなんだよ……」
少し悲しそうな声で秀は嘆いた。
「学力を平等にするためだろ、絶対」
「むしろ去年俺と秀が一緒だったのが珍しかったってやつ? えーっと、土屋と俺が三組で、秀が二組、相沢と長谷川、阿部が一組か」
「秀お前、ひとりで大丈夫か」
「大丈夫だと思う? ぼっち飯だよ、ぼっち飯」
「「ですよね……」」
斎と一緒に苦笑いを浮かべると、秀の色素が薄い茶色の瞳が少し潤んだ。
「あの……お昼、そっちに食べに行ってもいい?」
「「どうぞどうぞ」」
心細そうな秀に、俺たちは当たり前だと念を押した。
本当ならクラスのやつと食べて仲良くなれって言うべきかもしれないけど……それは追い追いでもいいだろう。
「まぁ頑張れよ」と秀の肩を叩いてから、ちらと、嬉しそうに笑う未来を見る。
今回俺は離れてしまったけど、長谷川たちが一緒のクラスで良かった。とりあえず一安心。
あとは、新しいクラスでも未来が受け入れてもらえますようにと、神に願うのみ。
【第六十七回 豆知識の彼女】
隆一郎も大阪生まれ。
普段標準語で話している隆一郎ですが、未来と幼なじみなので元は大阪出身です。微妙に関西弁が抜けていないところがある様子。
名前の呼び方に変更あり。
秀:相沢さん→相沢
凛子:加奈っち→加奈
みんな成長しているようです。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 三年一組》
未来さんのクラスに焦点を当てて。新キャラ登場です。
よろしくお願いいたします。