第六十六話 冥府による成長記録
第二章にも足を運んでくださった読者様、ありがとうございます。
第二章『プレイゲーム』開始です。
今回は青春多め。学校生活、マダー両方にイベントがあるので、楽しんでいただけたら幸いです!
時は二〇三〇年。機械、医療、建物、食物。目に入るもの全てが発展していた。だがその一方で、必要ないと判断されたものは急速に衰退していった。ゴミを捨てる場所が無い日本では、不必要な物を小さく細かく圧縮する所謂巨大な『ゴミ箱』が造られ、衰退した何かは全てそこへ入れられた。そしてそれらは静かに、寂しく、哀しく、ひとりでに魂を宿らせていった。人々はこの魂を『死人』と総称し、これを狩る少年少女を『マダー』と呼んだ。
彼らが行動する時間は夜中の零時より。
ほとんどの住民が、マテリアルと呼ばれる爆破してもビクともしない超頑丈な建物の中で暮らす、閑静な町。
その一帯の人たちを守るために、少年少女は命を懸けて、哀しき化け物共と戦い続けている。
『――というのが、あちら側から見たこちらの認識のようです』
ピチョンと、石に落ちた雫が音を鳴らす。
薄暗い洞窟のようなその場所は、人の腰ほどまでの大きさを持つ青光りした水晶によってぼんやりと照らされる。
その暗がりの更に奥。最奥に座る異形の塊へ、淡々と報告を終わらせた男は一礼をした。
いや、男と定義して良いものか。
狂人のように見開かれた青い両目。長身で細身ではあるが、足元に目を引くデザインの大きな羽織のせいか小さく見えるとよく言われる。
細身というのもスタイルが良いと言えば格好もつくが、肉が少ないというわけではない。
人間と同じ体つきではないために、中身の質量が少ないので必然的にそうなっているだけだ。
そんな自身の体に目を落とし、男は異形の塊からの返答を待った。
『して、今は何年になる』
男が告げた内容など聞いていなかったのか、異形の者は再度、西暦を聞いた。
『二〇三七年です。貴方様がお眠りになられてから、十四年が経ちました』
『ほう。よく寝ていたものだ』
まるで他人事のように簡単に話を終わらせた異形の者は、男へもう一度説明せよと命じる。
二度手間であるにも関わらず、男は快く自身の青い目と大きな口の両端に笑みを零した。
『特に目覚しい成長を遂げているのが、ここに映っている者たちかと思われます』
男は手近にある水晶に指を添わせ、とある場所の映像を表示する。
それは東京都の外れに存在する、ゴミを小さく細かく圧縮できる大きな機械――ゴミ箱。
その周辺で目に涙を浮かべながら叫ぶ少年がいた。
少年は死にたくない、死にたくないと何度も叫びながら、刻まれた『水』の文字が見えるまで手を大きく開き、水流を作って死人を押し返していく。
「むり! 無理、無理、無理!! 助けてよ相沢ぁああっ!!」
水晶を通して聞こえる彼の声は、心情、特に怯えの気持ちがよく伝わってきた。
「あははっ、大丈夫大丈夫。ほら、頑張って斎。あと少し!」
懇願する彼を助けたりはせず、こちら側と同じ『碧眼』を持つ少女は笑いながら近くにいる死人を瞬殺する。
「あああもう知らねー! 【津波】!!」
渾身の力で叫んだ少年は泣きながら津波を作り出した。水流で既に流されていた死人は、その大きな波でいとも簡単にガラス玉へと変えられていく。
『また同胞がやられましたね』
『ふん。弱者は消えて当然であろう』
仲間を失っても特に変わりないその態度に、男はふっと笑う。
「なんで俺なんかがキューブに好まれたんだ……臆病だし運動苦手だし、キモイのもグロいのも、てんでダメなのにぃ……」
「キューブの創設者がなに言ってるの」
「俺は自分がマダーになるなんて思ってなかったのー!!」
半ばキレるように言い返して、「俺、絶対すぐ死ぬ」と弱音を吐く少年へ、青目の少女は「大丈夫だよ」と優しく声をかけた。
「絶対大丈夫」
自信を無くしたせいか、彼の腕から剥がれ落ちそうになった『キューブ』と呼ばれる武器。それをそっと押さえた後、「私が守るから」と、少女は少年の手を握る。
「そのうち、おかしくなって何もわからなくなる。恐怖も、気持ち悪さも、死にたくないその気持ちも、生きることへのこだわりも。でも、斎にはそうなってほしくない」
キューブが少しずつまた張り付いていく。
「だから、私が守るよ。今の気持ちのまま、斎が強くなれるように」
キューブが元の状態まで張り付いた腕を見てから、優しく微笑んだ彼女はそう言った。
その表情を見た少年は口をぽかんと開く。
「相沢、なんか……柔らかい表情増えたな」
「えへへ。おかげさまでね」
照れたように笑う少女の笑顔に、少年は顔を赤くした。
『なかなか青春のようで』
『楽しそうだな? 交ざりたいのか』
『はっは。まさか』
ありえないと細めの首を横に振り、男は水晶を軽く叩いて映し出す場所を切り替えた。
『どちらかと言えば、こちらの方が私は交ざりたいですねェ』
「だああああぁッ」
「はい、僕の勝ちだね」
赤っぽい茶髪を隠す帽子が、バシュッと音を立てて飛んでいく。
最近観察していてわかったのだが、どうやら被ったキャップ帽をキューブを使わずに相手からもぎ取るゲームを彼らはしているらしい。
「くっそ、また負けた! 凪さんマジで体どうなってんですか、サイボーグですかあなた!?」
「失礼なことを言うね。ここしばらく毎日修行に付き合ってあげてるんだから、もう少し感謝してほしいよ?」
「……いつもありがとうございます」
「よろしい」
ヒトを虜にするのだろう笑顔を赤茶の少年へ向ける青年を見て、男は彼と正反対のニヤリとした笑みを浮かべた。
『このナギとかいう青年、なかなか強そうでして。殺り合ってみたいなァと』
『ふっ、お前の強い者への執着はやはり目を見張るものがある。その者、年の程はお前と同じぐらいか』
『おそらくは。すぐそばにいるのはお弟子さんのようですが、こちらもぐんぐん成長しているみたいですねェ。耐えられる時間が着々と延びています』
一応報告をしてみたが、異形の者は『そうか』と返すだけで彼には興味を示さなかった。
『……まぁ、今後脅威になるかもしれませんが、今のところは問題ないでしょう。それよりも、こちらを見てください我が主』
男は水晶を叩く。
映し出されたのは、しんと静まり返った空間で透明のキーボードを打つ眼鏡の少年。
彼の周りには山積みになった資料と本と、一つのキューブが置かれている。
『奴らの研究所か。厄介な物を生み出す所だな』
『ええ。そんな私たちにとって嫌な場所で、最近ハートが舞っているんですよォ』
『ハート……?』
細い指で無邪気に逆さの桃マークを作ったと同時、少年の手元に温かそうなミルクココアが追加された。
「秋月君。またクマができてるよ」
このところ家に帰っていないだろうと心配する栗色の髪の少女は、去年の冬頃からここに出入りしている。
彼女のキューブの能力――解放。それは息が詰まりそうなこの部屋で、癒しの効果があるとして抜擢されたようだ。
少年は「まあね」と少しため息をついてからカップに口をつける。
「でも、できるだけ早く一般人もキューブを使えるようにしたいから。阿部は適度に切り上げて帰って。いつも遅くまでありがとう」
お礼を言われて口元が緩みそうになるも、自覚したのか少女はすぐに唇を結んだ。そして、改めて開く。
「キューブに好まれる必要がなくなったら、みんなが自分を守る術を手に入れられるんだもんね! けどそれとこれは別問題。そんなに離れなくてもいいじゃないの〜!」
そう文句を言う少女と少年の距離は、少年がキャスター付きの椅子を動かしたせいで先程よりも三メートル以上離れていた。
「しょうがないでしょ。女の子苦手なんだよ」
このなんとも言えぬ距離感が絶妙に面白く感じる男は、『いいですねェ』と呟きながら下衆な考えを頭に浮かべ、ニヤついた顔をする。
「でも……前は『怖い』って思ってたけど、今は『苦手』ぐらいになったよ」
「んん、少しは前進したかな?」
「多分ね」
ココアを一口飲む少年に、少女はちらりと目を向けた。
「ねぇ。それって、私にも可能性があるって思っていいのかな?」
その問いに彼は口に入ったココアを吐き出しそうになった。ゴキュッと盛大な音を鳴らし、無理やり飲み込んでから叫ぶ。
「ぼっ、僕は! 今は研究が第一だから!」
冷静な彼らしくない、焦ったような答えに少女は笑った。
恨めしそうに彼女を見る少年は、赤い顔をしてココアを再度口へ運んでいく。
バクバクと高鳴る心臓を、どうにか宥めようとしているらしかった。
『どうです? 人間の恋愛事情というものは、なかなか風情があると思いませんか』
『知らぬ。余は興味が無い』
『あら、これまた失敬。ではお詫びとしてこちらを』
執事のように腕を前に出した礼をして、水晶をもう一度軽く叩く。
「ちょっと、じーちゃん! これ配分間違えてるってば!!」
「おぉ? 違ったか?」
「全然違う! これじゃあ怪我を治す薬じゃなくて爛れる薬になっちゃうよ!」
克復軟膏と彼らが呼ぶその薬を持った黒髪の少女は、齢七十になるらしい祖父に噛み付いた。
『これは?』
『はい。彼女は長谷川薬店なる薬屋の一人娘で、代々受け継がれる最強の治療薬を学んでいる者です。レシピのほとんどを習得しているらしいのですが、配合までは許されていないようで』
そう説明したすぐに、同様の会話があちら側でも交わされた。
「ねぇ、じーちゃん。そろそろ配合するのはアタシに任せてよ。もう大体の薬は作れるからさぁ」
「いんや、まだまだその役目はやれねぇなぁ」
ぼんやりとした顔の老爺は、認知症に侵され始めているらしい。それでもまだ、その役目を子どもであるこの少女の父にも、嫁の母にも、孫の少女自身にも渡していなかった。
「そりゃ、店に並べる前に百パーセントの検査があるから、もし間違ってたらすぐにわかるよ? でもさ……」
「凛子。私がどうして任せないか教えよう」
老爺の閉じかけの目が少し開く。
「こんな薬は、無い方がいいからだ。消えゆく命を再生させるなど、そんな悪魔のような薬に頼る世の中に、これ以上なってほしくないからだ」
「……じーちゃん」
少し考える素振りを見せた少女は数秒後、老爺の手を取った。
「それでもね。アタシたちはこの薬のおかげで戦える。死から遠ざける悪魔みたいな薬でも、それがあるからアタシたちは自分の身を投げ出せる」
そして彼女は笑顔で言った。
「だから、もしそんな世の中じゃなくなった時は、アタシが責任をもってこの薬を廃棄する。その後は絶対に作らない。それでどう?」
老爺はしばらく考えた。考えていたか、ぼーっとしていたのかはわからないが、少女の手を握り返した。
「それが前線で戦っている人間の答えなら、仕方ないのかもしれんなぁ」
老爺が付けていた『店長』の名札が、驚き顔の少女に渡される。店主交代の瞬間を自分たちは見たのだと、男はほぉ……と息を吐いた。
『長くなりましたが……気をつけねばならぬのは彼らと、「精鋭部隊」などと呼ばれている組織。そして今見ていただきました薬の存在ですねェ。いかが致しましょう。襲撃しますか?』
『構わん。放っておけ』
『しかし……』
『良い』
男の続く言葉を遮り肯定の文字を被せた異形の者は、『どうせそう長くは続かんのだ』と、口らしき部分の端を上げた。
『今しか味わえん幸せだ。遊ばせておいてやればよい』
『時が来るまでは』と付け加えられ、男は不服な表情を顔いっぱいに広げつつも、『御意』と返事をした。
『とはいえ、刺客を送る程度なら許してくださいますか? 彼らの情報をもう少し拾えるかもしれませんし』
『それは勝手にしろ。余はもう少し眠る。采配はお前に任せているのだ、こちら側に被害を出さぬように気をつければ何をしても構わん』
その言葉を聞いて、男は青い目を三日月に歪ませた。
『感謝致します。我が主』
深々とお辞儀をしてから『おやすみなさいませ』とひと声掛け、ニヤついた顔を隠そうともせずに、男は水晶を叩いて洞窟の明かりを消した。
【第六十六回 豆知識の彼女】
名前の呼び方に変更あり。
未来:谷川君→斎
斎:相沢さん→相沢
秀:阿部さん→阿部
お読みいただきありがとうございました。
《次回 クラス替え》
始業式です。
よろしくお願いいたします。