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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第六十三話 繋ぐ者

前回、からかわれた隆一郎は電話を切りました。

 挿絵(By みてみん)


「切れちゃった……ちょっと度が過ぎたかな」


 電話を一方的に終えられてしまった凪は、死人(しびと)死滅協議会(しめつきょうぎかい)千葉支部の一室で、携帯を置いてからふぅと息を吐いた。


『本部とキューブの回線を一時的でいいから()ってほしい』


 今日の昼ごろきた未来からのメールを思い出して、そういう意図の要求だったのかと納得した凪は、なんとも言えない表情をしながら後ろ首に手を添える。

 滅多にない未来からのお願いだった。嬉しくてついやってしまったけれど、本部の足止めがどれだけ大変なのかちゃんとわかっているのだろうか。いくら隆一郎のためとはいえ――。


 このあとの心のケアは隆一郎に任せるとして、それとは別に今度軽くお説教だなと考えながら凪は立ち上がり、自分の左に座る男性にぺこりと頭を下げた。


「司令官。協力してくださってありがとうございます」


 司令官と呼ばれた厳しそうな顔立ちの五十代の男はこちらを一瞥し、「顔を上げろ」と凪を直らせる。


「世話になってるお前の頼みだから了承しただけだ。でも次はないぞ。その間に何か起きてしまえば即対応などできんからな」


「ふふ、もちろんですよ。次に同じように言われた場合は僕も聞き入れませんし、その前に僕の小言の出番ですからね」


 姿勢を戻し、もう一度ありがとうございましたと感謝を伝えた凪は、ふかふかの椅子に腰を下ろし、くすっと笑った。


「どうした。いきなり」

「ああ、いえ。さっきの電話を聞いていて、りゅーちゃんはやっぱりお砂糖みたいな子だなあと思いまして」

「お砂糖?」


 怪訝そうな表情を浮かべる司令官に「ええ」と返事をした凪は、先ほど置いた携帯を再度手に取った。


「傷つけることを嫌い、現状の正しさを疑い、悩んで、悩んで、悩む。たくさん悩んで、考えて、己の弱さを知りながら全てを守りたいと願う」


 ストラップホールに通されたブラックトルマリン。

 見つめると、柔らかな微笑みが自然と頬に広がった。


「純粋で甘くて、とても優しい。……ね? 真っ白なお砂糖みたいでしょ」


 どうかそのまま、真っ直ぐに育ってほしい。

 そんな親のような気持ちを抱きながら、凪は素直で優しい彼を思った。


「珍しいな、お前が物を持ってるなんて。普段はキューブと連絡手段以外は身につけようとしないくせに」


「あはは。綺麗でしょ? この間りゅーちゃんがくれたんですよ。魔除けや邪気祓いの効果があるんですって」


 家の自室にもほとんど家具を置いていない凪。必要最低限の生活をしていると知る司令官には、その存在感を放つ黒く美しいパワーストーンが不思議に思えて仕方がないのだろう。


「いつ死ぬかもわからない立場なだけに、私物は極力持たないようにしてたんですけど。嬉しいものですね、プレゼントって」


 顔を綻ばせる凪を見るなりふっと口角を上げた司令官は、手元にある小さな付箋一枚とペンを取り上げた。


「何か欲しいものがあるなら買ってやらんでもないぞ。いつも無茶をさせてしまっている詫び代わりにな」


「えぇ? いらないですよそんなの。僕が好きでやってるんですから」


「まあそう言うな。お前の緩んだ顔が見られるなら金を払うぐらい本望ってやつよ」


「心の声ダダ漏れじゃないですか。建前が機能していませんよ」


 目論見(もくろみ)を隠す素振りもなくニシシと歯を見せて笑う司令官。ジト目を向けながら文句を言う凪は、後ろで一つに束ねられた彼の髪に、白い部分が増えていることに気がついた。

 以前は左のほうに少し目立っていただけなのに、現在は四分の一ほどがまばらに白く染まっている。


 何かの際には基本的に手伝いに出るようにしているが、もちろん全ての業務を助けられるわけではない。

 指示を出し、報告が常に舞い込んでくる立場。ストレスも大きいのだろう。


「……司令官。僕は普段、緩んだ顔をしませんか?」


 真面目な表情で質問する凪に、司令官は何を言っているんだと顔に書いた。


「自分じゃわからんかもしれんがな。あんな表情は初めてだ」


 仏頂面での返答。凪は無言になる。

 くっきり二重を何度か素早く上下させ、腕を組んで天を見上げた凪は、少々悩んだのちピンと閃いて司令官へ顔を向けた。


「ではお言葉に甘えて、一つお願いしてもいいですか?」

「ん。何か欲しいものがあったか?」

「はい。すごく欲しいものが」


 よしきたと付箋に書く気満々になる司令官に、凪は少しはにかみながら両手を広げ、そこにある長い指で台形を作ってみせた。


「僕の学校の近くにコンビニが一軒あるんですけど、そこにしか売っていないプリンがあって。それが久しぶりに食べたくなったので、良ければ奢ってくれますか?」


「プリンんん……? 欲のないやつだなお前は、ほかにないのか」


「ダメですか?」


「いや、それでお前が嬉しいならいいが。数は? 十か。二十か」


「やっ、一個でいいですってば! いくら美味しくてもそんなに食べられませんよ」


 冗談なのか本気なのかはわからないが、付箋に書かれたプリンの文字の横に、正の字がどんどん書き足されていく。


「よし、これでおーけーだ」

「なんにもおーけーじゃありません」

「ああそうだな。これじゃ商品名がわからないな」

「いや、そういう意味ではないんですが……」


 もう。と呆れながら、凪は携帯のフォルダの中から一つの写真を表示させて司令官に見せた。


「これです」

「ほう、リアルな絵だな。土に描いているのか?」

「ええ。りゅーちゃんから送られてきました。未来の力作だって」


 木の枝で地面を削り、パッケージの細かい部分まで精密に再現された、未来が愛してやまないコンビニプリンの絵。商品の写真などいらないほど正確なそれを頭に入れた司令官は、今度買ってくると凪に約束して満足気に腕を組んだ。


 ――嬉しそう。やっぱり可愛い人だな。


 見た目に反してとても気さくな司令官。彼が時々見せる豪快な笑い方が、凪は大好きだった。笑わせようとふざけ過ぎて、本気ではないが怒られてしまうほどに。


「さぁーてと。作業も終盤だし、残りは司令官に任せて僕は帰っちゃおうかな? さすがに眠くなってきましたよ」


「バカを言うな。今から支部会議だぞ、お前も出席しないでどうする」


「一介の高校生を大人の話し合いに連れ込むつもりですかー? 僕この間誕生日きて、やっとこさ十六になったところなんですよ?」


「現場を見ているお前の意見が聞きたいんだ。歳に見合わんその考え方もな」


 だから準備をしろと命令する司令官に「やーでーすー」とNOを告げる凪だったが、大きなあくびをしてからきちんと会議用の資料を持ち上げた。


 ――警報。


 耳障りなヴァーッ! ヴァーッ! という音が神経を逆撫でして、凪の頭は突如ハッキリとする。

 続いて鳴り響く緊急用の電話回線。

 即座に電話をとる司令官の横で、凪はさらりとした生地の上着を羽織り、ゆっくりと目を閉じた。


 戦場の情報が彼へ伝えられている間の数分、己の呼吸へ意識を向け、無我の境地へと(いざな)われる。

 声が聞こえなくなり、瞼をすっと開けた凪は司令官に視線を送った。恐ろしさまで感じるほど険しい顔をした、全国のマダーと死人に対する()()()()()に。


「……どうやら僕は、会議に出席できなくなったみたいですね」


 キューブを展開しながら低声で確認を取る凪に、司令官は厳かな声で指示を出す。


「今から四国へ行け。状況は東北遠征と同じ。至急応援が欲しいとの依頼だ」

「承知いたしました。すぐに出ます」


 凪と同じチームの二人も一緒に行かせようかと思案し出す司令官へ、広げていたノートパソコンと数冊の書物をリュックへ詰め込んだ凪は迷わず首を横に振った。


「一人で問題ありませんよ。ただでさえ僕のわがままに振り回されて毎日くたくたなんですから、休ませてあげないと」


 自分と同い年で、同じ学校、同じクラス。チームまで一緒。隣で支えてもらってもう数年になるが、それでも危険とわかっている場所へ連れていくのは遠慮、正しくは抵抗があった。

 大事な人を失いたくない。そう思うのは隆一郎だけではなく、冷酷な教えをしていた凪も同様なのだ。


「では司令官。僕の分まで会議、頑張ってくださいね。纏めた資料置いていきますから」


 彼の緊張を(ほぐ)すべくにこりと笑う凪は、どさっと重い音とともに麻紐で綴じられた大量の文書を机に積み上げた。


「お前、こんな量いつの間に」

「僕だって常時へらへらしてるわけじゃありませんよ。やるときはちゃんとやります」


 中身に目を走らせた司令官は言葉を失った。

 凪が丹精込めて纏めていたもの。それは、昨日現れた死人についての情報と考察、それを踏まえた今後の動き方と効果的な戦略。その他諸々、会議で必要になるだろう情報の数々だ。


「あと、嘘ついてすみません。こっちは今日の分です」


 またどさっと音を立てて置いたのは、先ほどまでしていた本来の業務。もちろん全て完了している。

 今度こそ司令官はぽかんとした。

 頼まれた仕事とプラスアルファ。司令官が本気で驚く顔を見るのも凪は好きだった。


「……ありがとう。本当に、お前には頭が上がらん」


「司令官あってこそですよ。それと、明日の午前分の作業もやっておきました」


「は……?」


「部屋の冷蔵庫に栄養ドリンク入れてあるんで、それでも飲んでゆっくりなさってください。休息は大事ですよ」


 いい顔をしている。口を開けて、目をまん丸にして。とっても可愛いお顔だ。


「……まったく。つくづく秘書向きだな、お前は」

「そうでしょ?」

「成人したら私のもとへ来い。こき使ってやる」

「ははっ、お手柔らかにお願いします」


 冗談めかす司令官に、本当にそうありたいと心の中で願う凪は、左の手のひらに刻まれた『光』の文字を指でそっと撫でた。


「では司令官。僕はお先に失礼します」

「ああ、よろしく頼む」


 リュックを肩にかけ部屋を出ようとした凪は、後ろから「弥重」と名を呼ばれ、振り向いた。


「無事に帰還しろ。いつもどおり、怪我ひとつなしで、な」


 片付けをしながら命令する司令官は、一切凪の顔を見ない。わざわざ言わなくても、送り出さなくても、また平然として帰ってくるとわかっているからだ。

 そんな彼に安心する凪は、微笑んで了承の言葉を返す。


「承知いたしました。明日の夜には帰ります」


 大方の時間を指定して「ではまた」と短く言葉を残した凪は、移動手段【光速(こうそく)】を使い、光の速さで四国へと飛び立った。

【第六十三回 豆知識の彼女】

司令官の名前はちょっと強そう。


第二十五話に電話で出てきた司令官と凪のお話でした。

名前は二章で明らかになります。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 下校前》

隆一郎目線に戻り、体育館です。

よろしくお願いいたします。

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