第六十二話 重なる思考
前回、凪に電話をかけました。
『そう。決めたんだね』
俺が決意を伝えてから数秒黙っていた凪さんは、未来のようにそれでいいとは言ってくれなかった。
だけど、否定も怒りもしなかった。
俺がそう決めたのなら、もう何も言うことはないというように。
『でもりゅーちゃんは、物事を深く考えすぎる傾向があるからね。もう少しほんわかしておかないと、いずれ自分で自分の首を締めてしまうよ』
やや心配そうな声色で凪さんはアドバイスをくれた。だからもうちょっと、気楽に生きなさいと。
「あと、凪さんのキューブの文字なんですけど。多分、答えわかりました」
散々ブブーと言われ続けてようやくたどり着いた一つの文字。言ってみてと催促された俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせたのち、今までよりも幾分か自信を持って答えた。
「『光』……じゃないかなと」
俺の回答を聞いた凪さんが、一瞬息を呑んだのが電話越しでも伝わってきた。
これは、もしかして。
『――正解』
「いよっしゃああああ!!」
勢いよく立ち上がり声高らかに叫ぶ俺。
「やっと……やっと!!」
『ふふ、おめでとう。よく導き出せたね。理由を聞いてもいい?』
優しく褒めてくれる凪さんに促され、大きくガッツポーズをしていた俺は得意になって解説した。
ポッカリ穴があくイメージで考えた『白』に対して、正反対にしたらいいとヒントをくれた凪さん。ならば温かみのある技なんじゃないかと思って、視点を百八十度変えてみたのだと。
「でも【デリート】って技名には温かいイメージがあまりなくて。それで、俺が知ってる凪さんの技から考えさせてもらいました」
俺が知ってる凪さんのほかの技。うちの家に不法侵入する際に使ってるやつと、一度だけ見た英語の技【Blessing】。
和訳はできてなかったんだけど、さっき未来が斎と話してた中で『加護の力』って言ってたから。
なら神々しくて温かいイメージ。プラス、空間をすり抜けられそうなものといったらかなり絞られる。
「精霊、守護霊、単純に神様。どれも近いかなって思ったんですけど、あの……単に俺が霊体を信じてないって理由だけで全部却下されました」
『ふっ、ふふ』
「笑わないでくださいっ!」
『ああごめんごめん。ふふっ……それで?』
笑いを抑えきれていない凪さんに聞こえるようにため息を吐いてから、俺は続きを口にした。
「もう一つ温かくて神々しいイメージから思い浮かんだのが、光。というか、太陽だったんです」
『太陽?』
「はい。太陽の光って、窓から射し込むじゃないですか。だからもし凪さんが持つ文字が『光』なら、自分の体を日光として置き換えて、窓から家の中に入ったりできるんじゃないかなって思ったんです」
あくまで想像に過ぎない。だけど、何でも考えていいのがキューブの面白さであって、真髄だから。
「えと、こんな感じなんですけど……どうですかね」
考えを提示し終えキョドりながら俺が聞き返すと、凪さんは『なるほどね』とだけ言ってまたくくくと笑いだした。
「うあっ、あ、あの! やっぱり間違ってました!?」
『あははっ、違うんだ、そうじゃなくてね。りゅーちゃんの考えは大正解だよ。りゅーちゃん家におじゃまする際に使ってる技は【日の光】。笑っちゃってごめんね、まさかこんなにもぴったり当てられるとは思ってなかったものだからさ、ついっ……』
油断してたと笑いながら、凪さんはふと気付いたような声を上げる。
『でも【Blessing】からの連想が大きかったみたいだし、つまり出来たてほやほやの回答だったんだね? なんだろう、なんだか嬉しいな』
その感覚はよくわかりません。はい。
「ただ、光と【デリート】にどんな繋がりがあるかまでは、俺じゃちょっとわからなかったんです。だから教えてもらえませんか?『光』の文字が、『記憶を消す技』に転換できる理由を」
お願いしますと頼み込むと凪さんはちょっと考えるように短く唸り、『まあ許容範囲かな』と呟いた。
俺は続く言葉を聞き逃さないように携帯をぐっと耳に押し当てる。
『答えはね』
ごくりと唾を飲む。
『前を向くための希望の光。それが【デリート】。忘れることで生きていけるヒトの特性を利用した、つらい記憶を見えないようにする技なんだよ』
凪さんの答えに俺はぽかんと口を開けた。
手を添えて顎を閉じ、眉間にシワを寄せて考える。
そして何度か瞬きをしたあと、うんと大きく頷いてから本音を舌に乗せた。
「こう言っちゃあれですけど……なんか、ふわふわしてますね」
『あははっ! 言われると思った! 僕自身もそう思ってるもん』
「凪さんも思ってるんですか!?」
『いやーだって結構無理があるでしょ? 前進するための光だなんてさ、意味がわからないじゃない?』
凪さんは自分で言いながらおかしそうに笑い出す。
いいのかこれ。技の使用者がこんな考えでいいのか!?
『いいんだよ、キューブなんだからそれくらいで。想像できるならなんでも』
俺の心を見透かしたように、凪さんは『ね?』と相槌を誘う。
まあ確かに、考えてみれば俺の技だって妙なもんそこそこあるしな。
今日土壇場で考えた【蒸発】だって水温を上げずに短時間で水蒸気化させちまったわけだし、そう思うと不思議でもなんでもないか。
合点がいった俺は軽く笑いながら礼を言った。スッキリしましたと。
すると、電話の向こう側で凪さん以外の誰かが大声で叫んだ。機械越しじゃよく聞こえなかったけど多分、やってらんねー! みたいなニュアンスの何かだった。
「あ、あの! これ以上邪魔しちゃわるいんで、俺はこの辺で!」
『うん。報告ありがとう。今日はしっかり休んでね』
「あっ、はい! 凪さんも、お仕事終わったらゆっくり休んでください!」
凪さんの了承の返事を聞いてから俺は通話を切ろうとしたが、『ああ、そうだ』と何か思い出したような声が代わりに飛んできた。
『これから土屋家に行くときは、ちゃんと玄関からおじゃまさせてもらうね。インターホン鳴らすからお迎えお願いします』
「えっ……いや、別にいいですよ、そんなの。これからも不法侵入してください。そのほうが母さん喜ぶんで」
『でもほら、もしかしたらりゅーちゃんとみーちゃんがいい感じの雰囲気になってるかもしれないじゃない? ちゅーとかできそうなところに唐突に現れて邪魔しちゃったら悪いし――』
迷いなくタンと押したのは、通話終了のボタン。
凪さんのからかいの声は俺の親指によって強制的にシャットアウトされた。
【第六十二回 豆知識の彼女】
凪は隆一郎を弄るのが好き。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 繋ぐ者》
凪視点で若干の補足と、中盤に一度だけ出てきたあるお方が顔を出します。
よろしくお願いいたします。