第六十一話 情報の炎
前回、未来の心の内側を斎が知りました。
「まじ、か……」
秀に一声かけて体育館を出ていた俺は、キューブを使って未来と斎の会話を盗み聞きしながら机に突っ伏した。
未来の【再生】によって完全に修復された、二年三組にある自分の席に。
――待てよ。俺たちが戦ってたのが未来だってんなら、【明治】に送り届けたヘビの死人は? あの子が話した内容全部が作りものだったっていうのか?
恐らく明治時代からの脱出方法は【接木】による移動。口調を変えたのは倒し方のヒントだとして……と俺が考え始めたころ、斎は未来に明言した。『君がしていたのは全部、死人らしくするための演技だよ』と。
涙が地に落ちる音が、耳を撫でる。
ボロボロに泣き始めた未来の顔が脳内に映像化される。
心情が直接俺に伝わってくる。
不安。恐れ。悲しさ。苦しさ。
ごめんなさいと強く思うその中に混じる、『気付いてくれてありがとう』の気持ちが。
「……俺が、気付いてやらなきゃいけなかったのにな」
ぼそりと呟いて身を縮こめる俺は、少ししてから未来が発した一言に今度は体を硬直させた。
斎はその言葉に対して不可解といった様子で何度か質問を投げたが、その核心まで無理に触れようとはしなかった。
ただ、周りにはみんながいると教え諭してくれた。
そうして未来の泣き声しか聞こえなくなってしばらくが経ち、落ち着いたらしいあいつは斎へ補足する。
数日前に死人化したあの子に会って、あんまり危険じゃなさそうだったし生前を知っていたから、ついキューブ内の空間で生活させてしまっていたのだと。
そしたらすごく懐かれて。だからお願いして、力を借りられたんだそうだ。
未来がガキの姿になってたのはそのせいだ。
ガラス玉を割って能力を使うだけならあんまり見た目は変わらないけど、直接死人に乗り移ってもらえば見目なんて簡単にそっちに寄っていくから。
それこそ、俺の意思が死人化したときみたいに。
『じゃあ、あのヘビの子が喋ってたのは事実だったの? 家族を失って、復讐に来たって……』
『うん、家族の話をしてくれていたのは全部あの子自身。その間は完全に体を貸してたから、しっかりとした理由や言葉は私、聞けてなかったの。だから隆が電話で伝えてくれて、本音が聞けて……つい、うるっときちゃってね』
えへへと困ったように笑う未来の声を聞いて、俺は盗み聞きするために出していた屋上の炎を消滅させた。
残っていた疑問も解消されて、未来が通常運転に戻ったのが確認できたから、それ以上は聞く必要もない。というか、本来聞くべきではなかったのだから。
「告げ口みたいになるけど……許してくれな」
携帯を手に取った俺は、登録された電話帳の中から凪さんの名前をタップする。
もしかしたら忙しくて出られないかもしれないなと考えながら、電話の呼出音を鳴らした。
プルルル、プツッ。
『はーいもしもーし。なあーぎぃーさあーんだよ〜』
「ぶふっ!?」
つい噴き出して笑ってしまった。
ワンコール目すら最後まで鳴らなかったほどすぐに応答した、凪さんの異様に高いテンション。重たい話をしようとしてたのに緊張が一気に緩む。
「ちょ、なにっ。ぶふ、なんですかそれっ?」
『ふふふふふ。この間さ、本部のお手伝いに行くって言ったの覚えてる?』
「あ、はい。今回は都外だって」
『そうそう、今は千葉にいるんだけどね。数日に渡って作業してるんだけどね、今は最後の追い込み中のはずなんだけどねー。かれこれもう十八時間はぶっ通しで作業してるんだけどね、ぜーんぜん終わりが見えないんだよねーはははは』
疲れてる。言い方でわかる。めちゃくちゃ疲れてる凪さん。
「だ、大丈夫ですか? ちょっと休んだほうがいいんじゃ……」
『あははー。大丈夫、大丈夫。もうね、なんだかね? ハイになっちゃってるんだよねーっ! あはははははっ』
ダダダダダとこちらまで聞こえるぐらいキーボードを叩きながら笑い声を上げた凪さんだったが、そのあとすぐに『でもね』とトーンを落として言った。
『そろそろ地獄のように思えてきたよ。これなら遠征に行ってるほうが体は楽だね、うん』
「あっ……え、と、そっすか……」
嘘だろと突っ込みたくなった。
だけど電話の向こう側であのにこにこ顔がスンッと真顔に変わったような気がして、さすがに言葉に出すのは控えた。控えさせられた。
そんなお疲れ状態の凪さんにこれ以上負担をかけたくはないんだけど、未来が漏らしたあの言葉だけは、絶対知っていてもらわないといけない。
心の底から申し訳なく思いながら、「大変なときにすみません」と前置きをして俺は本題に踏み切った。
「未来が……あの言葉を。『人間でないモノとしてひとりで生きていかないといけない』って、また……」
俺がそこまで言うと、凪さんは今までの高揚したテンションがまるで嘘だったかのように静かになった。
そして、『そう……』と小さな声で理解を示した。
『その言葉、かなり引きずってるみたいだね』
「はい……。本当なら、あいつが口に出す前に俺が止めてやらなきゃいけなかったんですけど」
『仕方ないよ。あの子は隠すのが上手だから』
仕方ないよと念押しのように言われ、俺は「はい」とだけ返事をしてから報告を再開する。
「呼吸をしないはずの死人が息を乱すなんて、初めてだなとは思ってたんです。でも……まさか未来だとは思わなくて」
今日の放課後学校で何があったのかを簡単に説明。それから未来と斎の会話内容を要約して話した。
未来が死人のフリをして俺と秀を仲直りさせてくれたこと。自分は化け物だと言い聞かせていたこと。身の回りの全部に本当は酷く怯えているのだという、斎が気付いてくれた心中の全てを。
『谷川氏は……勘が鋭いね』
「ええ。どちらかというと、推理に近いようにも思いますけど」
観察眼が鋭いのは前々から知ってはいたのだが、今回ほど異次元だと痛感したためしはない。逆に言えば、そんな常人離れした目と思考の持ち主でないと、未来の真意を洗い出せないって話なんだろう。
「未来にはまだ会えてなくて。多分泣き腫らした顔をどうにかしてから戻ってくるつもりだと思うんですが」
『うん、恐らくそうだろうね。あの子が帰ってきたら、とにかくいつも通りに接してあげて。できるだけそばを離れないで』
助言する凪さんの声は、さらに深みを増した。
『最近は以前の面影を感じられないくらいすごく明るいけど、あの事件からはまだ半年程度しか経ってないんだ。傷が癒えるには……まだまだ時間が足りないよ』
凪さんが心を痛めているのを敏感にとらえ、俺は小さく頷いた。電話なんだから声に出して返事をするべきだったけど、できなかった。
何か言ってしまえば、絶対に泣き顔を見せない凪さんの代わりに俺のほうが泣いてしまいそうだったから。
『ところでさあ、りゅーちゃん?』
深刻から一変、おどけた声。
『その場にいないのによく二人の会話内容を知れたね?』
「え……あっ!」
『ダメじゃないの〜盗聴器なんて仕掛けちゃ』
「とうちょ……って、いや、ちがっ!」
急に調子が戻ってらしくなった凪さんは、うきうきとした顔が目に浮かぶほど楽しそうにねぇねぇねぇと俺を突っついてくる。
知ってるぞこの感じ。呪いの件で頼まれたあともそうだった。
話はもう終わりにしようって言いたいときの凪さん必殺ゴリ押しモード!!
「んなもん持ってないですよ! キューブですよキューブ! 【不知火】です!!」
『不知火?』
「はいっ! 一つ一つ漢字を分解して、『不可能を知る火』って解釈で!!」
まんまと乗せられた俺はどうやってあの二人の会話を知ったか慌てて説明した。
透視、盗聴の効果が得られる技【不知火】。
これは俺が見たいと思った場所の光景と音、人がいるなら心の中を覗いたりできる、いわゆる俺が知るはずのないものを知れるという技。
淡く光る炎を見たい場所に一つ出しておけば、そこにある情報をリアルタイムで頭の中に運んでくれる凄まじく便利な代物だ。
「もちろん勝手に覗き込んで申し訳ないとは思ってるんですよ? でもっ……!」
だって、電話最中の未来なんか変だったし。斎もなかなか帰ってこないし。心配になって使ってみたら丁度見つけたころだったらしく安心したのもつかの間、腹の探り合いみたいな会話が始まったもんだからついそのまま……。
『盗聴器よりも危険だね』
「うっ!!」
『今回の件についてはありがとう。でもあんまり使っちゃダメだよ? 心を読まれるなんて、誰だっていい気はしないだろうからね』
「あっ、は……はい! もちろんです!」
俺の反応を面白がりながら優しく注意する凪さん。
他にも報告があればと聞く姿勢をとってくれる彼に感謝して、俺は以前凪さんにぶつけた疑問の答えを述べた。
人を守るために仲間を犠牲にするのが、本来在るべきマダーの形。それをきちんと頭に刻み込んだ上で結論を出した、俺は目の前の仲間を見捨てないという選択を。
【第六十一回 豆知識の彼女】
『人間でないモノとしてひとりで生きていかないといけない』は、誰かに言われた言葉。
少し長くなったので、凪さんとの電話は二話分割して書かせていただきました。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 重なる思考》
電話後半です。凪さんの文字が明らかに。
またお読みいただけると嬉しいです。