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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五十九話 捜索

前回、未来に電話をかけました。

 挿絵(By みてみん)


 隆一郎と秀がへろへろの状態で体育館に顔を出すと、彼らの帰還を待ち焦がれていた世紀末先生は、感極まってガバッと覆い被さるように二人を抱きしめた。


「よく帰ってきた……!」


 目に涙を湛え眉を八の字にひん曲げた、いっぱいいっぱいの表情の先生は、一人に対し片手であるのにぎゅうっと音が鳴るほどに力を込めている。


 心身ともに痛いほど彼の気持ちがわかる隆一郎と秀はしばらく我慢していたが、さすがにしんどかったのだろう。同時に「苦しいわ!」と「放してください……」とそれぞれの言葉でギブアップを言い放つ。


 腕から解放されゼーハーゼーハーと全力で息をする二人。これまた全力で先生が謝るまでの全てのやり取りを、斎は温かい眼差しで見ていた。

 しかし隆一郎が急に素っ頓狂な声を上げ、「今どこにいるんだって聞けばよかった」と額に手を当てて言うので、これはチャンスだと目を見開いた。


「電話の感じちょっと心配だったし、修繕の様子ももう一回見に行きたいからさ。俺、捜してくるよ」


 後者の理由は嘘だったがクタクタな隆一郎は気付く様子もなく、ありがたくその役目を斎に託した。

 そんなやり取りがあったのが十五分ほど前。

 現在斎は、未だに話の主を捜して校内をぐるぐると巡回していた。あの惨劇の中、誰よりも早く駆け付けてきそうなのに影ひとつ見せなかった、青い瞳の女の子を。


 二人きりで話せるのは今しかない。秀と隆一郎が動けるようになる前に見つけないと。

 あいつらは知らないほうがいいだろうし――そう彼らの心情を量る斎は、焦りを落ち着けるべく前髪に付けている星のゴムを取っては括るを繰り返した。


 しかしどこを捜しても彼女の姿はない。

 教室も、図書室も、音楽室や物置になっている多目的ルームにも。

 生徒が下校している姿を視界の端で捉え始める。

 隆一郎たちの戦闘が終わったと知り集会が行われ、校長から安全の話をされたあと、すぐに下校の用意をしていた彼ら。


 怖かったとか、死ぬかと思ったなんて口々に言っていたが、本心では微塵も思っていないだろう。

 嫌な気持ちを吐き出しそうになった斎は頭を何度も左右に振った。

 自分のクラスの人があんなふうに言っていただけ。ほかのクラスが未来に対してどう思ってるはわからない。決めつけてはいけない。


 ドス黒い思考を振り切った斎は一度足を止め、見に行っていないところがないか頭の中で確認する。

 校舎内は全部回ったはず。グラウンドや中庭ならいればその時点で気付く。転校してきてまだあまり日は経ってないから隠れられるような場所は多分知らないだろう。

 なら、ほかにどこがあるかと考えを巡らせた。


「――もしかして」


 つと顔を上げる。

 彼女が一度だけ行っていた、本来昼休みしか開いてない場所。でもキューブを使えば鍵なんて簡単に開けられる。

 まだ教師が誰も帰ってきていない職員室へと向かい、ごめんなさいと思いながら入室して、鍵を入れている保管庫の蓋を開ける。違う場所に保管されていたらどうしようかと思ったが、生徒の出し入れがある教室の鍵などと一緒にかけられていて助かった。


 鍵の札に書かれた『屋上』の文字を確認してポケットに入れ、職員室から一番近い階段を駆け上がる。三階に到着して少し離れたところにある五段の階段を一段飛ばしで上ると、外に繋がる扉と対面した。

 鍵を差し込み、静かに解錠して、音を立てないように扉を開き覗いてみると。


「……やっぱり、ここにいた」


 扉を静かに閉める。邪魔が入らぬよう鍵をかけて。

 フェンスに全体重を預けて座り、しんどそうにしている彼女に向き直った斎はゆっくりと歩み寄る。

 残り三メートルほどの位置になってようやく斎に気付いた碧眼の女の子は、目を大きく見開いてガシャン! と大きな音を立てた。

 後ろ手に殴るような勢いでフェンスを掴み、荒い呼吸をしながら必死に立ち上がろうとする。

 だけどそこまでできる体力はもう残されていないのだろう。


 硬直したまま苦しそうに呼吸をする彼女が着ている服は、ボロボロだった。

 燃えたような跡。

 右腹部には異様なほどに綺麗な丸い破れ。

 まるで幼子の服を無理やり着たような印象を受ける小さなその服の生地は、葉っぱ。

 斎はもう少しだけ近寄ってから時間をかけてしゃがみ、彼女と視線を合わせた。


「……相沢さん」


 小さな声で呼びかけるが、返答は無い。

 斎を見る未来の目は白目部分が少し赤らんでいて、睨んでいるようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。色んな思いが頭の中を交差しているんだろう。

 だけどおそらく、この言葉が一番しっくりくる。

 彼女は――怯えているのだ。


「怖がらないで。何もしないから」


 聞きたいことも、言いたいことも、本当に色々あるけれど。こんな状態の未来に今すぐ暴力的な言葉を言えるほど、斎は鬼にはなれなかった。

 威圧感を与えないように視線を外すと、未来の右腕にあるケガかくしが少しずれているのが目に入る。

 もちろん意図的ではなかったが、中身を見てしまった上に本人が隠そうとしている傷痕(もの)を「見えてるよ」なんて指摘はしたくない。


 斎は自分の腰に巻いていた夏用のカーディガンを代わりにかけるべく立ち上がり、結び目を解いた。

 腕を見ないように気をつけながら強ばった肩へ慎重にカーディガンを羽織らせ、自分にできる精一杯の優しい声をかける。


「綺麗なネックレスだね。誰かからの贈り物?」


 彼女の首から下げられた水晶のネックレスを話題に空気を和ませ、離れたほうが落ち着いてくれるかもしれないと思った斎は未来から距離を置いて腰を下ろした。


「……ありがとう。凪さんがね、遠征から帰ってきたときにくれたの。会うたびに加護の力を注いで、何かあったらこの力が私を守ってくれるようにって」


 小声で答える彼女は、左手で右腕をそっと覆った。


「へぇ。弥重先輩、やっぱりカッコイイなあ……」


 ジーンときて天を仰ぐ斎を見た未来は、ほんの少しだけ笑った。

【第五十九回 豆知識の彼女】

斎は真夏でもカーディガンを持ち歩く。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 答え合わせ》

斎視点で全ての答え合わせです。

よろしくお願いいたします。

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