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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第五十八話 決意

前回、【明治】の説明と秀への指摘をしました。

 挿絵(By みてみん)


 反省したのかしてないのか変わらない秀の口調。

 だけど俺の指摘にごめんとだけ謝った秀は、音を立てずにガラスを床へ置いた。


「長谷川さんは、痛くなかったかな。苦しかったりとかさ。ちゃんと、上に――」


 言葉が途切れ、無力さを悔いるように唇が一直線に結ばれる。

 秀はそれ以上何も言わなかった。その続きを言ってしまえば、今は信じたくないあいつが死んでしまったという事実を完全に理解してしまうからだろう。


 俺もまだ信じられない。長谷川が死ぬなんてきっと誰も予想していなかった。

 怖かっただろうか。痛かっただろうか。それとも唐突すぎて何もわからなかっただろうか。

 俺たちには知る由もない。亡き者が最期に何を思っていたかなんて、残された側にはわかりっこないんだ。


「守ってやりたかったな」


「うん……長谷川さんの分もさ、これから僕ら二人で頑張っていこうね。チームとしても、もっと……」


「いや、いやいや。ねーちょっとー。勝手に殺さないでくれる? ねぇ?」


 静かな会話の流れに聞き慣れた声が混じり込む。


「あ……俺ダメみたいだ。幻聴が聞こえてくる」

「おーい」

「僕もだよ。どうしよう、幻覚まで見えてきた」

「おーいっ」

「俺も見えるぞ秀。まるで本物がいるんじゃねーかって思うぐらい、頻りに手を振ってるやつがすぐ目の前にはっきりと……」

「だぁーかぁーらぁー」


 顔と声にこれでもかと不満を漏らしながら俺たちの前に仁王立ちする黒髪の女は、両腕の先をぐっと握りしめた。

 そして――ゴッ!! 


「いたっ!」 

「いった……っ! は!?」


 頭、殴られた。幻覚が触れてきた。

 いや違う、本物か!? 


「は、長谷川お前、生きてんのか!? もしかして存在ありか!?」


「あん?」


「平気なの長谷川!? なんでっ? 食べられて死んだんじゃっ」


「はああー? アンタたちが勝手に死んだと思い込んでただけでしょう!? このとおりピンピンよ、ピーンーピーン!!」


 顔を反らしてふんっと鼻を鳴らす長谷川凛子は、うざいほど元気な姿で俺たちの前に立っていた。


「いや、普通はそう思うから仕方ないって」


 困惑する俺たちに、長谷川の後ろからひょっこりと顔を出した斎が「なー」と共感してくれた。

 聞けば戦闘が終わったかどうかを長谷川のキューブで確認して、先生にもう安心だと伝えたのち助けが必要かもしれないからといち早く様子を見に来てくれたんだそうだ。素直にありがてぇ。


「まったく、ちょーっと食べられたくらいで死者扱いして! アタシが簡単に()られるわけないでしょうが!」


「いや、だってそのあと全然帰ってこなかったろ!?」


「しょうがないじゃん、あのヘビ子ちゃんアタシと戦う気がなかったんだから! ならこっちから手ぇ出したらわるいもん!」


「こいつ、こっちの気も知らないでっ……」


 キューブで確認しなかった俺もわるいけど、とりあえず連絡ぐらいは入れてくれ。マジで死んだと思っただろうが。


「まあでも。ちゃんといい形で終わったみたいだから、良かったわ」


 横髪を耳にかけながら安堵の息を漏らした長谷川は、キョロキョロと周囲を確認した。

 そして口から出したのは、おっきなおっきな、すっげー大きなため息。はあー……。


「しっかし派手にやったねー。ここ来る前に校内くるっと見て回ったけどさあ、こーんなに酷いの本館(ここ)くらいよ?」


「「うっ」」


 俺と秀の声が重なった。

 そりゃボロボロにもなるだろう。水を蒸発させるにも【回禄(かいろく)】を使うにも、最後の秀との連携だって全部『火』が必要だったんだから。

 元々あの少女に荒らされていたとはいえ、こんなにも悲惨にしてしまったのは紛れもない俺たちだった。


「崩れてないのが不思議なくらい。あんなにもうダメだろうと思ってたのに、さすがマテリアル」


「でも谷川哲郎(おやじ)が創ったのは爆破しても壊れないってコンセプトの素材だぞ。なのに結構危なかったよな」


「仕方ないよ。奴ら、それ以上の強さで襲ってくるんだからさ」


「……なあ。そんなやつにぶっ飛ばされて、マテリアルに穴ぶちあけて生きてた俺、凄くね?」


 ニンマリと笑う斎の顔を見て、俺は改めてキューブの恩恵のありがたみを知る。でもってそんなすげー物体を作り上げちまった斎もやっぱり凄いやつだよな。


「まっ、どんなにボロボロでも直るだろうけどねー、この学校」

「へ?」

「我らが女神が頑張ってくれてんの。アンタら感謝しなさいよ?」


 どういうことかと、俺と秀は顔を見合わせる。重だるい体に力を入れて立ち上がり、長谷川に促されるまま窓から顔を出した。

 地面が遠い。俺たちがいるのは三階だった。


「……神秘的だね」


 俺の隣で秀が呟いた。

 見下ろした中庭の真ん中には、さっきまではなかったはずの巨大な木が立っていた。間違いなく、『樹』の文字を持つ未来がキューブで作り出したもの。ここからじゃ何の木かわからないけど、夕焼けを背に自ら光を放つ姿が神々しい。


「あれのおかげでさ。ゆっくりだけど、破壊された校舎が元に戻っていってんの。ほら、今はあそこ」


 長谷川が俺と秀の間に割り込んでくる。窓から身を乗り出して、ある一箇所を指さした。


「おい危ないぞ、ガラス割れてんだから」

「わかってる、わかってる。わかってるからほら、早く見て!」


 わかってると言いつつ長谷川の体勢は変わらない。

 俺みたいに刺さっても知らねーぞと心の中で吐き捨ててから長谷川の指の先に視線を合わせると、今いる本館と向かい合わせになって建つ多目的ルームやら音楽室やらがある二号館の校舎が目に入った。


 壁には驚くほど大きな亀裂が入っていたが、大木の光に照らされた瞬間、それがどうしたと言わんばかりに端っこからどんどん補修が行われていく。丁度パテを埋めていくようなイメージが近いだろうか。


 そんなパテ埋めかっこ(かり)により、裂け目があったなんて信じられないぐらい綺麗に直ってしまったのは、そのわずか数秒後のことだった。


「すげぇ……」

「でしょ? さすが未来ちーだよねー」


 なぜか長谷川がドヤ顔で未来を称えていたが、さすがの文字には俺も激しく同意する。

 やにわに俺はキューブを展開した状態から立方体に戻し、キューブ内の空間に入れていた携帯を転送させて通話履歴の一番上の人物に電話をかけた。

 相手はもちろん未来。

 無機質なプルルルル、という呼出音が鳴り始める。


 あいつが電話を取ったらまずなんて言おう? 

 お前やっぱすげぇわって直接言うか。もしくはあの技何がどうなってんだって聞こうか。

 俺が死人に乗っ取られて炎でボロボロにしちまったときもきっと、あいつはこうして学校を修復してくれたんだろう。

 すげぇ。ほんっとうにすげぇ。

 呼出音は五回目で終わりを迎える。

 電話が取られ、俺の興奮はピークに達した――のだが。


『はい……』


 元気のない疲れた声に驚いた。


「あ……お、おつかれ。大丈夫か?」


 未来が戦闘でクタクタになるイメージは俺にはない。

 修繕の話題を出す前に体の心配をすると、『大丈夫だよ』とかすれ気味の声が返ってきた。本当だろうか。


『隆も大変だったみたいだね。応援行けなくて、ごめんね』


「ああいや、こっちは何とかなったから別に気にすんな。それよりお前、マジで大丈夫か? 何があったんだ」


『大男二人、ちょっと相手にしただけだよ。怪我もないから平気。心配しないで』


「大男二人……そっちも人型だったのか? 一人でもキツイのに二人も?」


『ん……経験に物を言わせてね。私よりも、隆は? 元気そうだけど、怪我してない?』


 疲れのせいか未来は内容を詳しく話したがらない。あとで落ち着いてから聞いてみるかと考えながら、阿部が治してくれてるから問題ないと未来に答えた。あいつのサポート凄かったぞ、とテンションの高い説明もまじえて。

 当の本人は疲れて寝てるらしい。長谷川が壁にもたれかかった阿部を再現してくる。


『そっか……おつかれ』


 少し安心したような未来の声。「ああ」と頬を緩ませて返すと、秀が外の木を指さしてきた。早く聞け、という無言の催促。

 わかってっからちょっと待て。俺だって聞きたいんだよ。


「学校直してくれてんの、未来だよな。すげぇなあれ」


 色々考えてたはずなのに凄いっていう単純なワードが何より先に走り出る。

 未来は小さな笑い声を送話口に漏らした。


『んーん、私じゃないよ。頑張ってくれてるのは、ユーカリの木』

「ユーカリ?」


 それはあの神秘的な巨木の名前。


『花言葉は、【再生(さいせい)】』

「再生……なるほどね。だから元に戻っていってるんだ。凄い力だね」


 耳をそばだてていた秀にも未来の説明が聞こえたらしい。なるほどと指先を数本唇に当てた。


『秋月君? そっか、隆と一緒に戦ってくれてたんだね』

「そそ。おかげで秀と仲直りできたわ、俺」


 みんなで一緒に会話できるよう携帯をスピーカーにして丁度真ん中の位置になる長谷川の前で持ったが、話の腰を折らない配慮なのか長谷川も斎も会話には参加しなかった。長谷川に至っては俺と秀の間を抜けて斎の隣へと移動してしまう。

 話さなくていいのか? と目で聞くと、二人はこくりと一度首を縦に振った。直接顔を見て感想を言いたいらしい。


「仲直りもできたし、チームとしても上手くやっていけそうって思ったよ。土屋強いんだね。僕びっくりした」


「ちょあっ、だから何なんだよさっきから!」


 また性に合わない褒めモードが入って、俺は恥ずかしさから声を張り上げる。ほぼサポートしかしてないし、もうやめろと肘で秀の腕を小突いた。


『良かった。ちょっと安心したよ』


「ごめんな気を遣わせて。もう平気だから」


「今思えば僕もわるいところあったし、これからは気をつけるよ。土屋も、話せない内容じゃなければもう少しちゃんと言うようにしてください」


「うす。善処します」


 秀のお願いに俺は敬礼のポーズを返す。

 少しだけ沈黙が広がって、しかし電話は切らない俺たちに未来は『何か言いたげだね?』と促してくれた。

 ちらりと切れ長の目がこちらに向けられ、俺は一度頷いてから言ってくれと頼んだ。


「ねぇ相沢さん。キクノサワヘビ。知ってる?」


 秀の問いかけに未来は少し空白の時間を作る。そして、『知ってるよ』と肯定で答えた。


『あの子がどうかしたの?』

「死人化してたんだ。俺たちは、恐らく未来の知ってるそのヘビと戦った」


 彼女がどんな容姿をしていたか、どんな思いで死んで戻ってきたのかを事細かに説明する。

 その間、未来は無言で聞いていた。

 顔が見えない俺には今の未来の気持ちは計り知れない。だけど時折聞こえる微かな鼻をすする音が、あいつの感情を届けてくれる。

 死人に対して慈悲の心を忘れない未来らしいなと思いながら、俺は少女とした約束の内容を口にした。


「お礼を伝えたかったって言ってた。看取ってくれたこと。家族をきちんと自然の中にかえせたって」


『うん……そっか。なら、良かった。ありがと。伝えてくれて』


 返ってくる言葉が単調なのは、疲れのせいなのか、それとも……泣いているからだろうか。

 どちらとも言いきれない俺は、未来が無理して返事をしなくていいように電話を切ろうとした。

 未来もまた、俺の申し出を素直に受け入れた。

 あとで合流するねと。


 だけど未来からも言いたい何かがあったらしい。『隆』と、優しい声であだ名を呼ばれた俺は、その次に出てくる言葉を待った。


『ふっ切れたみたいだね』


 呼びかけと同様の心地良い声が形にしたのは、その一言だけだった。

 でもその一言で未来が何を言いたいのかきっちり理解できた俺は、「ああ」と返事をした。


「今回の戦闘を通して、自分の気持ちがはっきりとわかったよ。俺はやっぱり、仲間も守りたい。友だちも、家族も、好きな人も――全部。守るべきものを守るために目の前の大事な人を切り捨てるってのは、俺にはできない」


 呆れられるかもしれないけど、俺にはどうしても守りたい人がいる。

 これから先もしもがあったとして、その人を守らずに、よく知りもしない人間や国を助ける聞き分けのいい子には、残念ながら俺はなれなかった。

 在るべきマダーの形には程遠いけど、それでも俺は、心の赴くままに歩を進めたい。


「強くなるよ。口先だけにならないように」


『うん。それでいいと思うよ。私は隆に、隆なりの答えを出してほしかっただけだから』


 未来の優しい返事を聞いたのち電話を切った俺に、しばらく黙りこくっていた秀が「結局何を考え込んでたのさ」と聞いてきた。

 一度は隠していた手前、今さら感は否めないが、秀と約束したので俺は声を小さくしてキョドりながら理由を晒す。


「その……未来と俺の、マダーとしての力と精神の違い」


「馬鹿なのか。相沢さんと土屋が一緒なわけないでしょう。何年分の差があると思ってるのさ」


「そ、そんなに空いてないから!! たかだか四年だから!!」


「四年って……。そりゃまだ追いつけねーだろ、経験値が足りなすぎる」


「つっちー。意地はらないでゆっくり強くなんな。ね」


「くっ……この……ッ!」


 俺と未来の会話を聞きながら空気になっていた斎と長谷川は、慰めるように俺の頭を撫でた。

 さらに仕方ないなあと顔に書いた秀の手も頭に伸びてくる。

 だから俺は、キレた。


「やめろクソがああああ!!」


 ガラスのない窓から俺の声は遠くへと消えていく。

 俺はいつになったら、からかわれなくなるのか。来年ぐらいには逆にからかう側になれてるんだろうか? 

 ……んなもん、知るかよ。くそ食らえ。

【第五十八回 豆知識の彼女】

ユーカリの花言葉:再生、新生、思い出など。


実際ユーカリの木は70センチ以上の大きさになったりするそうなのですが、未来さんは技として使ってるので更に上の大きさになっています。巨木です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 捜索》

斎視点で、彼女を捜しに行きます。

よろしくお願いいたします。

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